2.運命とは程遠い出会い
クローブ王国騎士団長のシークレットSランククエストを(極秘に)受注した俺は、クエスト依頼に示されていた”チーリン山脈中腹の小屋”へと向かっていた。
「寒いな……」
今の季節は激しい吹雪などが吹き荒れる過酷なチーリン山脈。
登山を始めてからはずっと、顔に細かい雪が当たり続けている。
それはさておき……確か依頼内容は”刀剣の素材回収”だったよな?
という事は、この山のどこかに獲物がいるって事なのかな。
なにはともあれ、指定された場所に到着するまでに凍死しないようにしないとな。
——————なんて気を引き締めた直後だった。
「あそこか……!」
俺の視線の先に映ったのは、小さな木造の小屋だった。
こんな過酷な環境で過ごすにはあまりに古く、今にも吹き飛ばされてしまうそうな小屋だ。
「あそこ……だよな?他にそれらしい小屋なんてなさそうだし」
俺は大きな不安を抱えていたが、正直寒さを凌げるならあの古い小屋でも良かった。とにかく一旦体を温めたかったのだ。
おそらくあの中には依頼主の騎士団長が待っているのだろう。
冷静に考えれば、4大陸でも最大のクローブ王国騎士団団長が、そこら辺をフラフラ歩くはずもないからね。
こんな人気のない所に呼び出したのも納得がいく。
【ギ、ギギィィ……】
そして俺は王都ギルドよりも遥かに軋む音を鳴らすドアを開き、冷えた体をさすりながら小屋へと入っていた。
するとそこには……。
【カンッ、カンッ、カンッ】
赤く光る刀をひらすらに叩き続ける人物が俺の視界に入っていた。
どうやらパッと見た感じ、小屋の中は鍛冶工房のようだ。
……だが正直今はそんな事どうでもいい。
なぜならその刀を叩き続ける人物は騎士団長などではなく、全く知らない赤髪の美人な女性だったのだから!
「えっと~。来る場所間違えた感じかな?」
俺は小屋に入ってから扉を閉め、ボソリと1人呟く。
だが刀を打つ女性に一切の反応はない。ただひたすらに刀を見つめ、機械のように腕を上げては下ろすを繰り返していたのだ。
ていうかこんな過酷な山の中腹で刀を打つ女性、さすがに一般人とは思えないよな。
ちょっと話しかけてみるか……?
「あの、すいません。刀の素材回収クエストで来たんですけど、なんか騎士団長から聞いてます?」
「……………」
「え、完全無視?」
まるで俺を空気のように扱うその女は、相変わらず刀を打ち続ける。
そんな彼女の目からは、もはや刀以外の情報を入れたくない強い意志を感じた。
【カンッ、カンッ、カンッ】
小屋に淡々と響き続ける、刀を叩く音。
そして特にする事のない俺は、ひたすらその場に立ち尽くしている。
「……いやコレ何の時間!?」
何も変わらない状況にシビれを切らした俺は、とうとう1人で叫んでしまっていた。
だが相変わらず女はこちらの声には一切の反応を示さない。
それにしてもこの女、顔はシュッとして凄く綺麗だし、束ねられた赤い長髪も魅力的だな。
一体前世でどんな徳を積んだのだろう。
でもね、少しぐらいこっちに反応示してくれてもよくないですか!?
そんな態度してたら友人の1人も出来ないですよ!?
ましてやこの人、年上っぽいよな。
今年で20歳を迎える俺だが、おそらく最低でも5歳、下手したら10歳弱は上かもしれない。
念の為言っておくが、別に老けているわけではない。
ていうか、さっき言ったように凄く綺麗だし美人だ。王都にいたらナンパするぐらいにはね。
なによりその……胸もデカい。鍛冶用エプロンのようなモノでは隠しきれていないほどにデカい。
だけどなんか、内側から出ている雰囲気というかオーラが、20年程度で出せるようなモノには感じられなかったのだ。
もっと長く長く、苦しい時間を乗り越えてきたような、そんな重みのあるオーラだ。
でも……。
「話してくれないんじゃ、ねぇ?」
とうとう限界を迎えた俺は、再びドアに手をかけて外に出ていた。
さすがに正体の分からない刀鍛冶の女と共に、狭い小屋に居続けられるほど俺も変人ではないからね!
でも”騎士団長のクエスト”ってのも気になるし、結局俺は手がかりを握っていそうな刀鍛冶の女が作業を終えるまで、外で時間を潰す事にしたのだ。
「ここに来るまでに結構珍しいモンスターがいたよな。とりあえず……狩って食ってみるか!!」
実を言うと俺は、悪鬼討伐戦で気絶した後に前世の記憶を取り戻していた。
それは”日本の料理人”として働いていた時の記憶だ!
まぁ全てを完全に思い出した訳ではないけどね。
それに記憶が増えたからと言って、俺という人間の人格は変わらなかった。そもそも周りの人にも前世の事は話していない。
これまで【サン・ベネット】として生きてきた俺は、これからもサン・ベネットとして生きていくだけなんだ。
……だけど前世の”料理の記憶”だけは最大限利用させてもらいますけどね!
◇
こうして再び極寒の雪山に足を踏み出した俺は、危険度Bランク以上のモンスター狩りに意気揚々と出ていくのだった。
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