雷霆のサン・ベネット 〜強すぎるクーデレ妻は魔王討伐の英雄でした〜

成瀬リヅ

第1章 出会い

1.冒険者終了のお知らせ

 5秒立ち止まれば体が凍ってしまいそうな極寒の雪山。

 魔獣の数も極端に減り、目に入るのは全て危険度Bランク以上の魔獣ばかりだ。


「……寒いな」


 俺は白い息を吐きながら呟く。

 先ほどまで【クローブ王国】の王都にいたはずの俺が、今はなぜ国境沿いのチーリン山脈をひたすら登っているのか。


 時は2時間前に遡る————————



「では判決通り、サン・ベネットの冒険者ランクを完全剥奪し、各国のギルドへの立ち入り及びクエスト受注を無期限で禁止する!

 そしてクローブ王国の王都、ランドーンへの立ち入りも無期限で禁止する!!」


「はは、マジか……」


 たった今、クローブ王国の王都で行われた上級裁判において判決が出た。


 つまりそれは”元”冒険者である俺、サン・ベネットが有罪になったという事だ。


 そもそもこの裁判はなぜ行われたのか?

 それはさらに1週間前に行われた”悪鬼族あっきぞく討伐遠征”にまで遡る。


 悪鬼族あっきぞくとは文字通り”鬼の一族”であり、クローブ王国からは大きな山と川を挟んだ国【セイリュウ国】で勢力を広げている魔者だ。


 実を言うと俺はその討伐遠征に”Sランクパーティの一員”として招集され、クローブ王国の騎士団と共に悪鬼討伐の最前線で戦っていたのだ。


 戦っていたのだが……。

 

「悪鬼頭領の討伐を目の前にして、まさか仲間を守るとはな……。これでまた何万人もの人たちが恐怖で苦しむ事になる」


「仲間を助けて、気持ち良くなりたかったのでしょうな。まったく、ヤツの招集を提言した者は何を考えておるのだ……」


 裁判所の至る所から、俺に対する失望や嫌悪の声が聞こえてくる。


 俺は意外と地獄耳だからな、言った奴ら全員の顔もシッカリ覚えておいてやる!


 ……だけどまぁ、実際彼らの言っている事は間違いでは無い。

 事実俺は鬼の頭領を目の前にして、剣が折れたパーティメンバーを助けてしまったのだ。


 結果的に悪鬼族には討伐寸前で逃げられ、俺も敵の最後の攻撃を喰らって”右目を失明”する最悪のオマケつき。

 眼帯はまだまだ慣れないし、とにかく歩きにくいのがネックだ。


 ……とまぁ文字通り、俺の最後の判断によって討伐戦の結果は180度変わってしまったという事なのだ。


「それが国王様の逆鱗に触れたって訳ね~」


 俺は誰にも聞こえない声量でそう言い残すと、ランドーン中央裁判所をゆっくり後にした。


 ちなみに俺が守ったパーティーメンバーは、今も元気に生きている。


 だけど自分のせいで俺が有罪になったと知ってしまったら、ここから落ち込んでしまわないかだけが心配だ。



 と言う事で、クローブ王国の王都立ち入り禁止になった俺は、屈強な騎士団員と共に王都の外へと向かっていた!


 だが幸い騎士団員達は俺に対して嫌悪感は持ってはいない。

 それもそのはず、一緒に悪鬼討伐に向かって遠征をして、死線をくぐり抜けてきた仲間なのだ。


 最後に仲間を守った俺のことを尊敬する団員も少なくはなかった。


 あくまで討伐失敗の結果だけにいきどおりを感じたクローブ国王・及び側近達の怒りが、俺にピンポイントで向いたってだけの話なんだよなぁ~……。


「サン・ベネット、これからどうするんだ?」


 だがそんな事を考えていると、隣の騎士団員が俺の名を呼んで、これからの生活の展望を問いかけてきた。


「うーん、まぁ冒険者時代に稼いだ財産は腐るほどあるからな。辺境でスローライフでもして余生を過ごそうかな!」


「……お前ほどの実力者が埋もれていってしまうのは、同じ戦士としてとても悲しいよ」


「もう俺は戦士なんかじゃないよ。ギリギリで死罪を免れただけの、ただの戦犯だって!」


「そんな事を言わせてしまってすまない。あの最終局面において我ら多数の騎士団員は、敵の幻術で身動きすら取れずに……」


「もう済んだ話はいいって!生き残れたんだから100点満点だろ?お前みたいな強くて正義感のあるヤツが、これからもっと強くなってこの国を守っていけばいいんだよ」


「……本当にすまなかった…………」


 そう言って彼は目頭を指で押さえ、騎士団としてではなく1人の男として俺との別れを惜しんでくれていた。


 そういえば昔、彼のような家柄に恵まれた騎士団員達の事を憎んでた時期もあったな。


 でも俺が強くなって貧困から抜け出し、彼らのことを知れば知るほど色んな苦労をしている事を知った。


 彼らには守るべき家族がいて、守るべき仲間もいる。

 他国で親に見捨てられて育った俺なんかとは、責任の量も質もケタ違いなんだ。



「あっ!最後にギルドに寄ってもいいか?世話になった人たちに挨拶しておきたいんだよ」


「あ、あぁ……、一応ギルドの立ち入りも禁止されたんだろう?バレないよう早めに済ませてくれ」


「任せなさいな!」


 俺はそう言い残すと、王都で世話になった冒険者ギルドへと足を踏み入れていた。


 もうこの場所に来てから何年が経っただろう?俺が駆け出しの頃から色んなクエストを受注して、時には死にかけた事もあったな。


 でもここから俺は強くなって、今やSランク冒険者へと成り上がったんだ。

 ……まぁランク剥奪されたばっかりなんだけど。


【キイイィィィ】


 いつものように軋む音を鳴らす木のドアを開けると、そこには自宅よりも見慣れた光景が広がる。


 この酒や血や汗の入り混じった独特の匂いと、一攫千金を夢見るギラギラした目の若い冒険者達。

 いいね、やっぱりここは落ち着くよ。



 でも、これも今日で見納めだ。



「ホーネットちゃん、お疲れ様!」


「え、ベネットさんじゃないですか!?今日裁判でしたよね?」


 俺は1番世話になった受付嬢に最後の挨拶を始めていた。


「もう終わったよ。見事に有罪、王都とギルド完全追放だって!!まじでウケる!」


「いや笑い事じゃないですよ!!ギルドも追放って、正規の冒険者としてはもう働けないって事ですか?」


「そうだね。ていうかランクも剥奪されたんだった。だから今日でお別れっすね」


「そ、そんな……」


 そう言って彼女は悲しそうに肩を落としていた。

 金色の髪を後ろで結び、小柄でいつも笑顔を振りまいてくれる王都ギルドの看板娘的な存在の彼女。


 そんな可愛い笑顔が見られなくなるのも結構寂しい。


「と言う訳で、あんまりここには長くいられないからさ。他のみんなにもヨロシク言っといてくれる?」


「も、もちろんです。きっとみんなも悲しむと思います……」


「死んだ訳じゃないし、そんな悲しまなくてもいいよ!またどっかで会えたらいいね」


「はい、そうですね……。あっ!じゃあ最後に1つだけいいですか?ちょっと大きな声では話せないんですけど……」


 すると彼女はポケットに手を入れ、何かゴソゴソとし始めた。

 ……あー、はいはい。連絡先ね。手紙を送ってくださいとか、そういうヤツでしょ?


 やっぱり俺、惚れられてたかー。

 まぁ全冒険者において0.04%しかいないSランクの冒険者に惚れない方が難しいよね。

 大丈夫、俺が幸せにして……。


「ベネットさん、コレ見て欲しいんですけど……」


「え?あぁ、コレを読むのね。どれどれ……」


 するとそこには彼女の住所……ではなく、本来はギルドの壁に貼ってあるはずのクエスト依頼書があった。


 内容は【Sランククエスト・刀剣の素材回収への同行】と書かれている。


 タテ読みか?タテ読みで住所書いてるのか?

 それともナナメ読み……逆読み……1文字ずつ飛ばして読み……。


 ダメだ!どう見ても普通のクエスト依頼書だった!!クソがっ!!


「べ、ベネットさん?大丈夫ですか?」


「あ、あぁ……全然大丈夫だよ」


「それでこのクエストなんですけど、実は……騎士団長からの直々の依頼でして、Sランク冒険者以外には絶対に渡すなと言われていたんです。

 でも現在この国にいるSランク冒険者なんて、ベネットさんのパーティぐらいしかいないんですよね」


「騎士団長が直々に……!?」


 俺の脳裏には、悪鬼討伐戦で活躍した騎士団長の姿が浮かんでいた。

 何百体にもなる鬼達を一振りで切り倒し、勇敢に騎士団員達を率いたあの姿。


 意外にも熱血すぎる性格が面倒臭そうではあったが、あの泥臭さは割と嫌いじゃない。


 でもそんなヤツがわざわざ冒険者ギルドに依頼を……?



「へぇー、ちょっと面白そうじゃん」



 消えかけていた冒険者としてのワクワクが、奇しくも俺の胸に広がり始めていた。


————————

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