第350話 魔天統べし邪王グリモワール・ペンテレジア④
邪王グリモワールの意識が賢王グシャへの反撃に向いた時、魔人ルシアは一人静かに立ち上がっていた。
「ちょっとルシア、何してるの!? 貴方もう動ける身体じゃないでしょ!」
そんなルシアをアルトは慌てて引き留める。
「十分休めた。アイツらが負けたら次はオレたちの番だ。どっちにしろ寝てるわけにはいかねえだろ」
「それはそうだけど、だからってルシアが戦える状態じゃないのは私にだってわかる。貴方が行くくらいなら私がっ」
「それこそ寝ぼけたセリフだろアルト。お前は戦いに向いてない。格下との戯れ事ならともかく、本当の意味での戦いが、お前は致命的にダメだろ?」
ルシアの言葉には非難して責めるようなニュアンスはなく、ただ相手を理解して愛おしむような優しさがあった。
「っ、でも!」
「お前はそれでいい。そんなヤツがいたっていい。自分じゃ戦えなくて、それを誰かに任せるしかなくて、だから戦えないヤツらの気持ちがわかる。お前はそんな王様になったらいい」
食い下がるアルトの頭を、ルシアはそっと抱き寄せる。
「ルシア、でも貴方だって、とても戦える状態じゃない。いいえ、そもそも貴方だってあんな怪物たちと戦うにはか弱すぎるじゃないっ」
アルトの瞳から涙が流れる。それを知りながらも彼をこの場へ連れて来た自身の弱さを自覚して。
「知ってる。オレが弱いのは知ってる。でもなアルト、弱いから勝てないわけでも、弱いから負けていいわけでもねえんだよ」
ルシアはアルトの両肩をつかんで、真正面から彼女と向き合う。
「負けたくないなら、自分の全部を使わなきゃいけない時だってある。経験も力も技術も、自分の命だって。……でも、それだけじゃダメなんだってさっき気づいた」
「ルシ、ア?」
「
「っ、違うでしょ。ルシア、貴方には」
「ああ、わかってる。あの男を倒すにはオレの全部じゃ足りなかった。だからアルト、お前の全部をオレにくれ」
蒼い瞳が、アルトの美しい顔をとらえて離さない。
「私の、全部って、ルシアまさか」
アルトはルシアの言葉の意味するところに気づく。
「だから全部だ。お前の魔剣グラニアならそれができるだろ?」
「だ、だめっ。今の身体でそんなことしたら、いいえもし貴方の身体が万全の状態だとしてもっ」
「ああ、死ぬだろうな。凡人の身体に怪物の心臓を入れるんだ、耐えられずに死んで当然だ」
本当に当たり前のようにルシアはアルトの言葉を継ぐ。
「だったらなんでっ」
「オレにとっては今さらそんなの目新しいことじゃない。人間と魔族の継ぎ接ぎの身体を誤魔化して、付け焼刃を何度も研いで、あげく毒竜の角まで心臓に突っ込んだ。そこまでしといて、お前の力を受け入れることをオレが怖がるかよ」
「怖がってよお願いだから。本当は、私はルシアを戦わせるためにここに連れてきたんじゃない。私が、怖いから。負けるかもしれない戦いが怖い私の側にいて欲しいからってわがままで連れてきたの。貴方の身体は、この世界で息をすることだってつらいはずなのに」
「そうだな、お前はとんでもなくワガママでどこまでも身勝手な女だ。だけどそのワガママが今のオレを支えてくれてる、その身勝手な想いに応えたくてオレの足は前に進みたがる」
「馬鹿なの貴方、相当悪い女に引っかかってるわよ」
ルシアの言葉を聞いて、涙を流すアルトに微かな笑みが浮かぶ。
「かもな。だが結局何もしなければ全員死んでゼロになる。でもオレの全部とお前の全部を使って何か一つ残るなら計算は合ってるだろ?」
「本当に馬鹿、まともな足し算の仕方くらい習っておきなさいよ」
アルトは小さくつぶやいて流れる涙を拭き、自身の魔剣グラニアを逆手に握る。
「すまないな」
ルシアも魔剣の柄を握るアルトの手に自身の手を重ね、切っ先を自身の心臓へと向ける。その罪を、その業を二人で分かち合うために。
その手の熱を感じながら、アルトは強く叫ぶ。
「呼応せよ魔剣グラニア! 我が命運、我が全霊をもってこの者に律を下す。逆らうこと叶わじ、抗うこと叶わじ。我が身を捧げ、彼の身を喰らう。魂の盟約、ここに結び果たされん」
隷属と強制の魔剣グラニアがルシアの心臓に突き刺さる。
覇国の武王ファーヴニル・ディストピアの支配の魔剣にも似た力がルシアの肉体の隅々にまで広がっていく。
自身より下位の対象者の魂を束縛し、あらゆる尊厳と自由を奪う忌避すべき魔剣の力。
ただ一つ、アルトの魔剣グラニアがファーヴニルの魔剣と違ったのは、
「我が命に殉じよ魔人ルシア。──────お願い、あいつに勝って!」
彼女のワガママと対象の思いが一致するのなら、この魔剣の力は彼女の願いを叶えるための純粋なブーストになること。
「聞いてやるよワガママ姫。その代わりお前の力、
魔剣グラニアを通じてアルトの魔素がルシアへと流れ込む。
魔王アゼルの娘、次代の魔王となる素養を持つアルトの力が、全てルシアの脆弱な器へと送り込まれる。
「ぐっ」
全身を駆け巡る激痛にルシアは顔に苦痛を走らせるが、そんな彼の表情を心配そうにみつめるアルトに気づいて痛みを全力で無視し、彼女に強く口づけをした。
「ちょっ、ルシア」
突然の行為から離れようとするアルトを逃がさないように腰へと手を回して彼女を自身へと寄せる。
不思議と、彼が彼女に強く触れる箇所だけは、死に至る痛みが和らぐ。
本来であれば器がひび割れ、もれ溢れるはずのアルトの力、
「──────っ。ひどい拷問みたいな力だな、お前らしい」
それをルシアはあますことなく全て飲み干した。
「っ、勝手にキスしておいて人聞きが悪いこと言わないでよっ、もう。──────ルシア、行ってきなさい。私も、力が溢れないように全力でコントロールするからっ」
額に汗を流しながらアルトは告げる。
今の彼女は能力だけでみれば完全に抜け殻、ひと欠片の魔素すら生み出せない。しかしアルトはその状態でルシアの中を暴れ狂う力を制御しようとしていた。それはひとえに、彼のことを守るために。
「時間は、あまりないよな。すぐに終わらせる」
アルトの必死な顔を目に焼き付け、ルシアは自身の戦うべき相手へと専心する。
邪王グリモワールはとっておきの奥義を賢王グシャに放ち、結果防がれていた。
どういう因果か、グリモワールが一回り弱体化したようにルシアの蒼い瞳は捉える。
続けて、聞こえもしないはずの男の言葉が何故か
『……その程度の存在規模なら、
どうやら、血縁だけの関係のイケ好かない男に、目の前の邪王を
「今の言葉だけはオレにも聴こえたよ
不覚にも口にした言葉をルシアは後悔する。罵倒とセットとはいえ、あの賢王をまがりなりにも父と認める発言をしたことが彼は悔しかった。
しかしその思考も一瞬で切り替える。
彼のすべきことはたったひとつ。アルトの力と思いを引き受けたその身で、目の前の邪王グリモワールを倒すこと。
「少しはマシないでたちになったようだが、それで余を倒せると本当に思っているのか少年」
邪王グリモワールは冷静な言葉をルシアへと投げかける。
一度は賢王グシャを相手に激昂した感情は、ルシアの姿を見て落ち着きを取り戻していた。
目の前の少年は明らかな死に体。一時的な強化は目に取れるが、それ以上に死の気配の方がグリモワールには強く感じ取れた。
「思ってる思ってないでいえば、オレは最初からお前を殺す気でいる。だが今はそれ以上に重いモノを背負ってるからな。だから確実に、今ここでお前を殺す!!」
魔聖剣オルタグラム、魔銃ブラックスミスを携えてルシアは一歩前に踏み出す。
アルトの力を取り込んだことで彼の魔奏紋も紫色の魔力光を放ち始める。
「その力、アルト・ヴァーミリオンの力を譲渡されたな。これは少し困ったことになった、貴様を相手にするのはよいが勢い余って殺してしまえば彼女の魔素炉心としての機能ごと破壊しかねない」
「そうかよ、別にオレにとって不都合はねえなっ。テメエのその余裕、その油断すらも全部使わせてもらう!!」
ルシアは両足に魔力を流して爆発的に加速、グリモワールとの距離を一気に詰める。
「ブラックスミス魔弾装填、
剣の間合いの一歩手前でルシアは魔銃の機能をフル回転させた。
「エレメンタル・フルバースト!!」
秒間10発を超える炎、風、雷、水、土、光、闇の7属性の魔弾が間断なくグリモワールを攻め始める。
「ぬぅっ、先ほどまでとは一発一発の重みが違うな。魔王の系譜の力を取り入れたことだけが原因ではない。ちっ、あの男の言葉どおり
先ほどまでとは違い、ルシアの放つ一撃一撃にグリモワールは確実なダメージを重ねていた。
「だが、この程度で魔天統べし者の玉座が揺らぐと思うな!」
続いて振るわれたルシアの魔聖剣の一撃を、グリモワールは魔素を固めた五爪で受け止める。
「テメエの玉座に興味もねえ。オレはお前の命が砕けりゃ十分だよ!!」
ルシアはさらに魔聖剣オルタグラムを握る右腕に魔力を流し込み、爆発的な膂力を発揮する。
「くっ」
瞬間的な出力が上回ったことでグリモワールを吹き飛ばすが、同時に傷ついた右腕に魔力を通したことで再び激しい出血がルシアを襲う。
「忌々しい、力の格はいまだ余が上だというのに、捨て身の一撃は別か。だが今の攻防でさえ余の負ったダメージよりも少年の傷の方がはるかに深い」
グリモワールはルシアに斬りつけられたことでついた手の平の傷を瞬く間に癒しながらも、我が身を顧みずに果敢に挑んでくるルシアに大きな疑問を抱く。
「何故だ、何故そうも死に挑む。敗北のわかった戦い、進めば自身の死しかない戦いだ。お前は己の命が惜しくないのか!?」
そう、グリモワールにとっての根源的な問い。自らを至上とする彼にとって、自身を無価値同然に扱うルシアの姿こそがまったく理解の外だった。
ルシアは出血する右腕に構うことなく強く魔聖剣を握りこみ、アルトから受け取った力で魔素の足場を築いて再びグリモワールへと跳躍する。
「自分の価値は預けるべきとこに預けてきた。だから今さらオレの命を勘定に入れようなんて思わねえよ。今はただ、お前を殺して何か一つ残るならそれでいい。オレが死んで何か一つ残るならそれでいい!!」
ルシアの咆哮とともに魔聖剣がグリモワールへと迫る。
「やはり不理解だ。自分だけは、己自身だけはどうあがいても捨てられぬモノだろう! ぬっ!?」
ルシアがグリモワールへと斬りつける直前、一瞬グリモワールは何かに気を取られたのかそのままルシアの一撃を袈裟切りに受ける。
「っなんだ?」
戦いの最中にあるまじき明らかな油断に、ルシアは逆に警戒を高めて攻撃の手が止まる。
「すまないな少年、少し気がそれた。なるほど、ファーヴニルもアーデンも敗北したのか。その展開は余にも読めなかった」
斬りつけられた胸から血を流しながら、グリモワールは薄い笑みを浮かべる。
「喜ばしい、ならば今ここで余が魔神と同化すればあの肉体は余だけのモノ。残念だったな少年、お前たちを生かす理由はなくなった。ここでお前たち二人を殺し、余が魔神グリモワールとなったのちにあの丘にいる愚者どもを殺そう」
グリモワールの漆黒の瞳がほの暗く光り、
「がっ、クソッ動けねえ」
ただそれだけでルシアの身体は固定されたように身動きがとれなくなった。
「業腹だがお前自身の魔素を支配できないことは理解したからな。此度は貴様の周囲の魔素を固めたまで。理解したか? 余は貴様たちに勝とうと思えばいつでも勝利できたことを」
ゆっくりとグリモワールがルシアに近づき、彼の鋭い爪がルシアの胸をめがけて伸びていく。
「雑多な命の中で貴様はよく戦った部類だ魔人ルシア。余の記憶の片隅くらいには置いておく」
その言葉を最大の賛辞として、グリモワールはルシアへとトドメを刺す。
「だから、よぉ。勝手に勝った気でいるんじゃねえよ唐変木!」
だがルシアの魔聖剣がグリモワールの爪を阻んでいた。
「っ!? 何故だ? 何故お前はまだ動ける」
「身体の外を魔素で固められるなら、体内の魔力を外に吐き出すまで。爪が甘すぎるだろうよグリモワール・ペンテレジア!!」
ルシアの魔銃が至近距離にてグリモワールへと向けられる。
「エレメンタル・フルバースト!!」
再び七色の光とともに魔銃ブラックスミスの銃口が激しい魔力の火を吹いた。
「ぐあぁっ! ちっ、何故だ。多少の抵抗はもちろん余とて想定していた。だが何故こうも容易く余の束縛を抜け出せるのだっ!?」
グリモワールはルシアが放った魔光に身体を焼かれ、身を守ろうとした右腕の一部が爛れていた。
「まあ、お前としては十分にやったんだろうよ。だがグリモワール、テメエの魔素の支配は強力だが限定的だ。だから他の大魔王二人を同時に相手取ることができなかったんだろ? そして1対1だろうと、お前の支配にはいつも隙間がある」
「なん、だと? 貴様の戯れ事の一つは認めてやろうルシア。確かに戦いにおいて二人以上を同時に支配することは余でも困難だ。だがもう一つは頷けん。余の支配に隙間がある? ふざけたことを言うでないっ」
「そうか、テメエにも
「は? な、何故そのようなことがわかるっ? それにどんなに余の力を把握したところで、ディスコルドの魔素と余の魔素の違いをどうして貴様に理解できるのだっ」
グリモワールの疑問はもっともだった。魔族が生み出す魔素と自然界に存在する魔素、その違いを感覚的に把握できるのは魔素の支配を感知できる本人以外にあるはずがない。
「さっきからな、目の調子がおかしいんだ。いろんなことが解かりすぎて視えすぎる。あまりの情報に頭が破裂しそうなくらいだ」
ルシアは本当につらそうに頭を押さえながら、彼の髪をかき上げる。その先では、今までは片目のみだった彼の蒼い瞳が両目ともにその光を宿していた。
「ああ、コレが
未来すら容易く正確に視えてしまう瞳、それを生まれた時から持ち続けた男の苦悩を思い、ルシアはそれをすぐに忘れることにした。
「なんなのだお前は」
「なんでもねえよ」
グリモワールが思わず発した問いに、間髪入れずにルシアは返す。まるでグリモワールの言葉が事前にわかっていたかのように。
「終わりにしようグリモワール・ペンテレジア。この目のせいで余計に時間がなくなった。オレの身体が壊れきるのが先か、お前が魔素を使い切るのが先か。──────まあ、もう視えてるけどな」
ルシアはその言葉とともに最後の戦いの口火を切る。
彼の振るう魔聖剣がグリモワールの展開する魔素の結合の弱い箇所を容易く切り裂いていく。
「ぬぅ、まさかこのような小さき者に余の弱さを指摘されるなど実に不快っ。よいだろう余の全霊をもって貴様を殺そう魔人ルシア!」
グリモワールは自身の保身のために背後に広げていた魔素をルシアへの攻撃に使用するためだけに自身の眼前に収束していく。
「絶望して死ぬがいい。
グリモワールの両手の内に収束した魔光が、極小から極大に向けて加速していく。賢王グシャが数多の兵力を使いつぶしてようやく止めた一撃。
しかし、
「それはさっき見ただろうが。破壊物を吸収して進む魔光体、逆に壊せない物があればずっとそこで止まってるんだろ?」
ルシアは至近距離で放たれたグリモワールの極技を前に一切怯むことなく、自身の魔聖剣オルタグラムの切っ先を突き出した。
オルタグラムの先端が
「天才的な発想だなっ! だがその行為、無限の再生を補填する貴様自身もただではすむまい!?」
「別に、心が少し削られる程度だよ。……好きな女にフラれた痛みに比べりゃ大したことねえ。ありきたりだがテメエの力を利用するぞグリモワール!」
「グリモワール、テメエを根源とした力なら流石に通じるだろ? まあ、魔力に変えちまった以上は再利用不可だがな」
ルシアは魔銃ブラックスミスの銃口をグリモワールへと向ける。自身の肉体すら変換機構の一部とした彼の最後の力が魔銃へと収束していく。
「まさ、か。その一撃は余を殺すのか? 余を死に至らしめるのに足るのか? 認めん、認めんぞっ! 余は魔天統べし邪王、敗北などあってはならぬ。死した未来などあってはならぬ!」
自身の最大の技である
だからグリモワールは作り出した。
彼のプライド、誇り、矜持、全てを投げ捨てて、その両手が握り締めたのは一振りの名もなき魔剣。
「おおぉ!!」
なんの飾りもない一斬がルシアの首元へと走っていく。
その、自分の首を撥ねるであろう魔剣を静かに見据え、ルシアは魔銃の引き金に指をかける。
「……ここまで視えた通りとか、ホント笑っちまうな」
ルシアは確信する。グリモワールの魔剣は確実に己の首を飛ばす。だがそれでも彼が魔銃の引き金を引くことは止められない。
結果相打ち。その光景を予見し、受け入れてルシアはここまでの攻防を重ねた。
だから、彼には何の悔いもない。
なんの、未練も。
彼の人生を清算させるかのように、邪王の魔剣が首に迫る。
しかし、それよりも早く。
「何っ!?」
グリモワールの魔剣は、飛来した一本の剣によって防がれた。
眼前を通り抜け、ルシアを救った剣に彼は見覚えがあった。
王剣グロリア。ハルジアの国王に代々受け継がれる、歴史ある名剣。
それを誰が放ったか、その答えに辿り着くよりも早く、ルシアは魔銃ブラックスミスの引き金を引いた。
「くたばりやがれっ!! エレメンタル・ゼロバースト!!」
ゼロ距離から、邪王グリモワールの心臓、疑似的な魔素炉心に向けて原色の魔力の収束砲が放たれる。
ルシアがアルトから借り受けた力、グリモワールの
「ぬおぉぉぉっ!!!!」
魔天を統べたはずの邪王が宙に舞い、無残にも地上へと墜落していく。彼の胴体はルシアの魔砲により打ち抜かれ、大きな空洞となっていた。
「くっ」
落ちゆくグリモワールを見届けることなく、ルシアも全身の力が抜けて地面に落下する。彼の魔銃ブラックスミスはその役目を果たしたかのように、粉々に砕け果てていた。
「ルシアッ」
アルトは力尽き落ちるルシアへと駆け寄り抱き止める。
「────ああ、お前か。ありがとな、アルト」
ルシアは意識朦朧とするなか、薄っすらと目を開ける。
「素直にお礼なんてらしくないでしょっ。アンタらしく悪態付きなさいよっ」
「うるせえよ。ワガママ王女がいっちょ前に他人を心配してんじゃねえ。アルト、オレの身体を起こせ。ヤツにトドメを刺す」
「え? だってもうアイツは」
「だからお前は戦いに向いてねえんだ。相手の命をこの手で奪うまでが戦いだろ」
ルシアは彼を抱きかかえるアルトを頼りにどうにか身体を起こす。だがそこから立ち上がろうにも上手く力が入らない。
「ちょっとルシア、もう無理よ。アイツのトドメなら私がやるから」
「黙ってろ。お前が綺麗な王様でいるために、オレがいるんだ。仕事を取るな」
ルシアは辺りを見渡して杖替わりになるモノを探す。だが彼にとっては不幸にも、近くに都合よくたった一本の剣が突き刺さるのみだった。
王剣グロリア、本来彼に渡るはずのない王権が引き継がれる。
「ちっ、ないよりはマシか」
ルシアは剣に手を伸ばし、それを杖にして地面に横たわる邪王グリモワールのもとへと歩いていく。
「……なんとも、儚くも勇ましい姿か、弱者の王」
近づいてきたルシアに視線だけを向け、グリモワールはルシアをそう評した。
「テメエを殺す。一応聞くが、残す言葉はあるか?」
ルシアはグリモワールの評価を無視して、杖替わりにしていた王剣グロリアを断頭台の刃のように彼の首に添える。
「教えるがいい、余の敗因はいったい何だったのだ?」
グリモワールの口から出たのは単純な疑問。彼にとっては最初から最後まで理解のできないことだった。
何故弱者が勝てるはずのない戦いに挑んだのか。
何故強者である自分と弱者である彼が戦いになったのか。
何故、自分は負けたのか。
絶対的強者であったはずのグリモワールにとって何一つ理解できることではなかった。
その問いに、ルシアは鬱陶しそうに髪をかき上げ、
「お前はずっと相手を下に見てた。オレはずっと前を見てた。下を向きながら戦うヤツなんざ、オレから言わせればド素人だよ」
心底つまらない顔で、彼なりの答えを示した。
「なるほど、それはわかりやすい。魔人ルシア、随分と見上げた男だったな」
魔天統べし邪王グリモワールはルシアの答えに満足そうにうなずく。
同時に、刃は振り下ろされ、グリモワールの首は地面を転がっていく。
数秒後に彼の肉体も離れた首も消滅して、ルシアとアルトは生じた空間のゆがみに飲み込まれて元の、イリアたちが今なお戦い続ける場所へと戻っていった。
その光景を遠くより見届ける者がいた。
「よろしかったのですか我が王。王剣グロリアは王の象徴、それをあのように投げ放って。聖剣クロノスであれば、王があの魔王を討ち取ることもできたでしょうに」
「お前の言う通りだカイナス。王剣などただの象徴、しるしで民を導くわけではないのだ。それにこの聖剣クロノスを失えば、この世界でお前たちを加護する力もなくなる。帰還して我が兵士たちを家に届けるまでが遠征であるからな」
賢王グシャは左手で聖剣クロノスを持ち、彼の兵士たちに向けて振り返る。グシャの右腕は力なく垂れさがっていた。
「それよりも王よ、先ほどの投擲、右腕は大丈夫なのですか?」
「…………」
心配して駆け寄る黒騎士アベリアの問いに、珍しくグシャは答えない。
特殊砲台を使用した砲撃でようやく聖剣が届くほどの距離、それなのに賢王グシャは生身で王剣グロリアを投擲した。
グシャは表情ひとつ変えないが、彼の右肩は数多くの毛細血管と筋肉が千切れ、腱が断裂したことで今もなお赤黒くはれ上がっており、彼の右腕が肩より高く挙がることは今後一生ない。
「ただの
賢王グシャはハルジアへの帰還のため、ディスコルドへの移動に使用したゲートへと歩み始める。
彼は、ハルジアに帰り着くまでこれ以上口を開くことはなかった。
それは、彼にも視えなかった未来を想ってのことか、それとも彼が視たくない未来から目を逸らしたがゆえのことだったのか、誰も知らない。
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