第345話 勇者・魔王VS魔神②
「響け冥府の黒雷、ディアエクレール!!」
アゼルの伸ばした右腕、彼の魔積回路を魔素が駆け巡り、魔法が生まれる前の魔法、原初の魔導が起動する。
数多の黒いいかずちが魔神アーシェ・アートグラフの周囲に降り注いで彼女の動きを封じ、ついには極大の黒雷が中心へと落ちた。
「すごいアゼルっ。こんなこともできたんだ」
「前に魔人の小僧にも同じ技使ったことあっただろうが。まああの時はかなり手加減はしたけどよ」
イリアの声に応えながらもアゼルは黒雷の落ちた先から目を離さない。
「ふん、一丁前に魔積回路の起動ができることはわかったが、それでも児戯同然だな。先ほどまでの熱烈な演奏とは比べるにも値しない。どうした、もう死にたくなったか?」
激しい黒雷の中から、当然のようにまったくダメージのない魔神アーシェが出てくる。
「別に死ぬ気はねえよ。最近使ってなかったからな、今のはただの試運転だ。本当に試したいのはここからだよ」
再びアゼルは右腕の魔積回路に莫大な魔素を流し、今度はそれを天へと向ける。
すると先ほどと同様の黒雷がアゼル自身へと集中して落ちていく。
「アゼル!? 何してるの!?」
自分の攻撃を自身に向けるという奇行にイリアも当然驚く。
「なんだ、本当に自殺だったか? つまらんな」
「ぐ、だから、よ。死ぬ気はねえって言ってんだろ。イリア、俺を信じて黙ってみてろ」
アゼルは天に伸ばした腕を自身に降り注ぐ雷を集めるように胸もとへともってくる。
「エミルは本当、頭おかしいよな。普通こんなのを身に纏う発想なんて出てこねえっての」
雷鳴は止み、次の瞬間には激しい音をたてながら黒雷が鎧のようにアゼルの身体をまとわりついていた。
「あのバカの風を鎧にする魔法が
「ほう、雷を鎧として纏ったか。だがなんの意味がある? 我はその程度の黒雷など意にも介さんないが」
「少しは嫌がって欲しいがな、だけどただ雷を防具にしただけじゃねえ、よ!」
アゼルがその言葉を言い終わった時には、彼は魔神アーシェの背後へと瞬く間に移動していた。
「!?」
魔神アーシェが振り向く間もなく、アゼルの持つ二振りの魔剣が彼女の無防備な背中を打ち抜き、アーシェは激しい音とともに吹き飛ばされていく。
「っ、なんだ今のは。ただの魔積回路の発露ではないな」
ダメージこそはたいして受けてない様子だが、アゼルの予想外の攻撃に魔神アーシェもやや困惑する。
「発想の転換ってやつだよ。あっちの世界ハルモニアにはな、人智を越える魔法って技術を放つんじゃなくて身に纏おうってした馬鹿がいた。これはただそれをパクっただけ、だ!」
再びアゼルは魔神アーシェの背後へと瞬間的に移動して彼女に攻撃を加える。
「ぐっ、ならばこれはさしずめ雷の速度ということか? さすがに、速いなっ」
魔神アーシェの背中を攻撃したアゼルに彼女が反撃を加えようとした時には、すでにアゼルは間合いの外へと離れていた。
「そりゃどうも。俺のはちょっと工夫も加えてるからな。人間のアイツにはできないこと、魔素で肉体が構成された俺でしかダメなこと。……つまりは、俺自身が疑似的な魔法になることだ!」
アゼルは再び右腕の魔積回路を起動させ、そこから発動する黒雷を自身の内側へと直接流し込む。
「え、アゼルそれって身体大丈夫なの!?」
「大丈夫じゃ、ねえけどよ。この魔神に殴られるよりは百倍マシだ。それにこんなの、お前が感じてる痛みに比べれば、なんてことねえよ」
自身の内を走る莫大な電荷による痛みを歯を食いしばって耐え、アゼルは黒い閃光となって魔神アーシェへと加速する。
目にも止まらぬどころか知覚すら困難なアゼルの連撃。アゼルはエミルを真似た疑似的な魔法による速度とシロナを真似た付け焼き刃の剣技をもって魔神アーシェをその場に釘付けにしていた。
「楓三連! 椿四連! 葵八連! ええい、もうめんどくせえっ。シロナ、エミル、お前たちの技を合わせてやるよっ。
黒い雷が幾万にも折り重なって、明滅する剣撃が虹のように輝き始める。
偽物と偽物、仲間の技を借り受けただけの真似事が、今まさに真物を越えようとしていた。
逃げ場などない全方位からの飽和的かつ断続的な攻撃。
「…………ぐっ、これは想像以上であった。よもや貴様のような駄楽の音色が、ここまで美しく響くとはな」
それをあますことなく全身で受けながら、魔神アーシェはある意味で満足したようにつぶやく。
「お前の感想なんて知るかよ。いつまでも音楽評論家ぶってんじゃねえ!」
アゼルは自身の内を文字通り走る痛みをこらえながら、限界を超えて加速する己の知覚に集中する。
「…………確かにな、言の葉なき音階を再び言葉に戻すことこそ無粋であった。では我も言葉ではなく純粋な音塊にて返礼しよう」
間断なきアゼルの雷纏万虹をその身に受けながら、魔神アーシェは静かに自身を抱くようにその身を丸くする。
「!?」
まるで子供がなすすべもなく身を守るような姿にアゼルはほんの一瞬だけ戸惑うが、すぐに思考を切り替えて攻撃を継続する。
しかし次の瞬間、
「
魔神アーシェを中心とした爆裂的な衝撃が生まれる。
「ぐぁっ!!」
その衝撃によってアゼルはものすごい速度で吹き飛ばされ、彼が展開していた雷纏も解けてしまう。
「アゼル! 大丈夫!?」
飛ばされたアゼルにイリアが駆け寄る。
「大丈夫、って言いたいがな。なんだ今のは、正直外側よりも内側のダメージの方がヤベエ」
アゼルは苦しそうに口を押えてせき込み、その手には血がついていた。
「何、気に病むことはない
謎の技を放った魔神アーシェはゆっくりと立ち上がり、初めてアゼルのことを魔王と呼んだ。
「不純って、あんまりいい響きじゃねえな」
アゼルは強がりながら、イリアを守るように前に出る。
「始まりから遠のけば遠のくほど余計なモノが増えるのは世界の必定。それは善でも悪でもないが、ただ自身の始まりの音に触れるだけで苦しいのだとしたら、その余分なお前自身の重さがそう感じさせているにすぎない」
魔神アーシェは語る、お前が苦しいのはお前自身がこれまで背負ってきた数多の余分のせいであり、彼女の放った原初の音はただそれに気づかせただけだと。
「ハッ、解説聞いても意味がわかんねえよ。本当はもっと身軽だったとか、お前はもっと単純でよかったとか余計なお世話だ。その余分な重さが俺をここまで連れてきた、その重さが俺をアゼル・ヴァーミリオンにしてくれている。何ひとつ、俺は手放したりなんかしねえ!!」
アゼルは吐血しながらも立ち上がり、一切恥じることなく自分自身に見栄を張った。
「理解、したくはないな。その重さのためにお前はここで死に、身軽気ままな夢さえ失うというのに」
魔神アーシェはアゼルの覚悟を悲しそうに受け止め、彼に死の断罪を下そうとする。だが、
「そんなことないっ! アゼルは死なないし、アゼルはアゼルのままどんな夢だって見ていい。何も背負ったことのない貴女が、何も夢見たことのない貴女が否定していいことじゃないから!!」
イリアの強く、優しい声が響く。魔神アーシェのアゼルへの言葉が譲れない一線に触れたのか、彼女は聖剣を手に前に出た。聖剣を握りしめる手は目に見えて結晶化が始まっている。
「イリア、やめろ! それ以上戦えば本当に死ぬぞっ。いや、それどころか死ねなくなる!」
アゼルは賢者リノンの言葉を思い出す。イリアが完全に無垢結晶と化してしまえば、彼女は死ぬことすらできなくなると言われたことを。
「なるほど、勇者の演目もじき終わりか。だが安心するがいい、勇者に魔王。死ねなくなるという前に我が殺す。貴様たちの奏でた曲は悪くはなかったが、我もいい加減に眠りたい。安寧なる眠りの前では、雑音も名曲もただ耳障りなだけだからな」
魔神アーシェはゆっくりと空へ上昇していく。
もう余興は終わりだと、文字通り遊びなく二人の命を消し去るために。
イリアは覚悟を決めて聖剣の柄を握りしめる。これで自分が終わってもいいと、自らの天命を受け入れて。
だが、
「っ! ぐっ、なんだ、コレは!?」
空に上がった魔神アーシェが突然胸を押さえて苦しみだした。
「え、なんで? 私まだ何もしてないよ?」
その様子にイリアも困惑する。
「……まさか、負けた、だと? あの魔国が、落ちたのか? 覇国の武王、ファーヴニル・ディストピアが、死んだのか」
何事か呟きながら苦しみを増す魔神を前に、アゼルたちは判断に迷う。
そこに、突如空間の歪曲が発生して何者かが飛び出てきた。
「ふゅ~、戻ってこれた~。あ、アゼルくんにイリアちゃん、ただいま~。二人とも結構ボロボロだねぇ、ま、私もだけどさ。とりあえず二人が生きてて良かったぁ」
現れたのは英雄ラクス・ハーネット。ラクスのシンボルともいえる紅い鎧は見る影もなくボロボロで、その手にはかつてイリアたちを苦しめた星剣アトラスが握られている。
「ラクスさん! 無事だったんですね?」
「いやさぁイリアちゃん、この格好の私を見て無事とかよく言えるよね」
「そりゃな、お前はその状態からでも俺らじゃ倒しきれないんだから手足がついてりゃ無事って言っていいだろよ」
「あ、アゼルくんもひどい」
「ですがラクスさん、三大魔王が相手だったんじゃないですか?」
「うん。だからその大魔王は倒してきたよ、ファーヴニル・ディストピアってヤツ」
「しれっと倒したとか言ってんじゃねえよ! 親父だって手も足も出ない化け物のはずなんだぞ。それに、戻ってきたのがお前だけってことは、大魔王倒すの一人でやってんじゃねえか!」
本来であれば恐ろしいほどの偉業をなんでもないことのように語るラクスにアゼルは当然驚愕する。
「苦労したよ~、手持ちの装備とアイテムほとんど使っちゃったし。───それで、魔神は今どうなってんの?」
ラクスもこれ以上はのんびり話している場合ではないと、核心の話題へと触れる。
「あそこだが、お前が戻ってくる直前に苦しみだしてな」
「お、そうなんだ。ならチャンスじゃん、攻撃しないの?」
「いやまあ、した方がいいんだろうけど、なんかな」
「もう、変なところで律儀というか甘いよね。強敵があからさまに隙を見せたってことはここで畳みかけなさいって合図なんだから。違ったら違ったで攻撃すればわかるでしょ」
そう言ってラクスは手にした星剣アトラスを構える。
「ラクスお姉さんの勘だと多分だけど三大魔王の一角が落ちて弱体化したとかそういう感じでしょ? ダメージは与えられる時に与えておくのがお姉さん賢いと思う。 “たとえ私は愚かでも、その高見に手を伸ばさずにはいられない”」
ラクスはためらうことなく星剣アトラスの起動キーを口にして、同時に開放された星剣が天にも届かんと巨大化する。
「魔神、討ち取ったりぃ!!」
掛け声とともに振り下ろされる大質量の剣塊、それが轟音を響かせながら無防備な魔神へと直撃した。
「マジか、本当にやりがったよコイツ」
英雄の所業にドン引きしながらも、これで魔神が倒せるのならと内心アゼルも期待する。
「でも、これで。ラクスさんだったら、本当に」
イリアもアゼルと同様に、苦しい戦いが終わるのならと、思わず願ってしまった。だが、
「手応え、あり。…………でもこの手応えって」
巨大なアトラスを振りぬきながら、ラクスの額に冷や汗が走る。
重量感のある音が響く、まるで山脈を持ち上げるような力強さでラクスの星剣アトラスが片腕で止められている。
「うむ、気分は、悪くない。余計な思考エンジンが減ったおかげか。
次の瞬間、ラクスが振りぬいたはずの大質量の星剣アトラスが小石のように簡単に跳ね上げられた。
「ちょ、え、やばっ。元に戻れアトラス!」
反動で大きく飛ばされたかけたラクスは、急いで星剣アトラスを元のサイズに戻すことで押しとどまる。
「まさかな、ファーヴニル・ディストピアが倒れるとは想定の外だった。だが礼を言おう、見知らぬ英雄よ。おかげで余分がひとつ減り、我様は始まりに近づいた」
アトラスがまき散らした土煙の中から魔神アーシェが歩み出てくる。しかし彼女は先ほどまでとは口調が変わり、さらにその姿は妖艶な女性の姿から幾分若返り、美しい少女の姿へとなっていた。
「あれ、魔神てこんな子だったっけ?」
「いえ、明らかに幼くなってます。ですがそれより」
イリアの緊張した声。それは彼女だけでなく、アゼルも驚愕した瞳で魔神を見ていた。
「おい、ラクス責任とれよ。コイツさっきまでよりも強くなってるぞ」
先ほどまででさえ十分な絶望を抱かせた魔神アーシェ・アートグラフがさらに暴力的な魔素を振りまいて新生していた。
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