第317話 彼の物語

 この、アグニカ・ヴァーミリオンの話を、どうか最後まで聞いて欲しい。


 かつて、魔界ディスコルドは力のみを競い合って支配しあう、まさに群雄割拠の時代だった。

 もともとは多くの小国に分かれていたものが、それぞれの国において頂点の強さを誇る魔族が魔王と名乗って国を支配し、さらには他の隣国を取り込んで巨大になっていく。


 そんな時代において、明らかに強さが他とは一線を画する魔王たちが現れた。あまりにも強大な力を持つ彼らは次第に三大魔王と呼ばれるようになっていった。


 三大魔王の一人は無毀なる巨王アーデン・グラクシア、一人は覇国の武王ファーヴニル・ディストピア、そして最後の一人が魔天統べし邪王グリモワール・ペンテレジアだ。


 ん? 私の名が入っていないだと?


 くく、それは笑ってしまうな。私の強さなど彼らの足元にも及びはしない。私、アグニカ・ヴァーミリオンはしがない小国の王に過ぎなかったよ。


 まあ何はともあれ、彼らはお互いに覇を競い合った。

 だが彼らの実力は拮抗していて、ただの力比べでは勝負はつかない。仮に一対一で戦って消耗すれば、残る一人が漁夫の利を取ることは目に見えていたからだ。


 ゆえに彼らは傘下に収める国の数を競いあった。

 彼らに庇護を求める国も、争いを避けて中立を希望する国も関係なく、力づくで脅し、壊し、自らの勢力をこれでもかと広げていったのだ。


 かくしてディスコルドに存在した国々の8割は三大魔王のいずれかの勢力に吸収され、そしてついに3つの勢力は世界を揺るがすほどの大戦争を開始した。


 なんとも愚かな話だが、結局彼らは三つ巴の戦いを選んでしまった。

 自らを最強と確信するがゆえに、他の大魔王などとるに足らぬと3人全員が思ったのだろう。


 幸いながらこの時点では我が国アグニカルカはかろうじて彼らからの吸収を免れていた。

 これは彼らの国との位置関係が遠く離れていたことと、比較的ではあるが国の規模が大きかったがゆえの偶然にすぎない。


 何故なら、その大戦争が開始されて数年後には我が国へ傘下に入るようにと要求が届き始めたからだ。


 三大魔王の国、3つ全てからな。


 彼らからすればアグニカルカを吸収することでお互いの力の均衡を崩せると思ったのだろう。だが私たちからすればそれはもはや死刑宣告に等しかった。

 

 いずれかの勢力に与したことが分かれば、残りの勢力は迷うことなくこのアグニカルカを攻め落とすだろう。そうしなければ彼らの敗北は必至となるからな。


 我らに生き残る選択肢などどこにもない中で、それでも私は選ばなければならなかった。



 結局、私は彼らの要求を飲むことにしたよ。


 彼ら全ての国の要求をな。


 3つの国全てに傘下につくと返答した。

 その証に、私の腹心の騎士4人の内3人をそれぞれの国に出してな。


 つまりは人質であり、裏切ることを前提とした生贄でもある。

 その内の一人はそこにいる私の騎士セスナ・アルビオンの父親だった。


 私には、過ぎた騎士たちであった。


 しかし、その選択をもってしても稼げる時間はそう多くない。


 私はわずかな希望にかけて、周辺の諸国をまとめてディスコルドからの脱出を試みた。


 ディスコルドの東の最果て、その封印の先には力のみによって争うことのない清浄な土地があるという伝説にすがってな。


 だがその無謀な試みすら、彼らは許してくれることはなかった。

 私に騙されたことに気付いた三大魔王は怒りに狂いながらも我らを皆殺しにしようとしていたのだ。


 ただ結果として、そうはならなかった。


 彼らが引き起こした大戦争、それがあるモノの目覚めを呼び起こしたからだ。


 目を覚ました者とは『魔神』、それ以外に形容のしようがない神だった。


 三大魔王は魔神との戦いを余儀なくされ、その間に私たちはディスコルドの最果ての門を渡り、このハルモニアへと辿りついた。


 ん、三大魔王や魔神たちはどうなったかだと。

 それはあの時の私たちにとってはどうでもいいことだった。それどころではなくなってしまったからだ。


 伝説の通り、ハルモニアは緑美しく清浄な土地だった。

 我々が、扉さえ開かなければ。


 私がハルモニアとディスコルドを繋いだことにより大量の魔素がこの世界に流れ込んだのだ。


 魔素への耐性などあるはずもないハルモニアの動植物は瞬く間に苦しみ、変質していった。


 そして当然のように私たちを外敵とみなした人間たちは我々に襲い掛かってきた。


 私は選択を、迫られた。


 今からでもディスコルドに引き返して門を閉じるべきではないのか。


 そうすればハルモニアの生命に与える被害も最小限で済むのではないか。


 では私が率いてきた民はどうする。もはや逃げ場もなく、戻ってしまえば三大魔王によって間違いなく殺されるであろう我が民は。


 私は永遠に渡る拷問のような自問自答を繰り返し、しかして迷ったのは現実においての一瞬だけだった。


 何故なら、泣き声が聞こえたからだ。


 私に届いた報告は二つ、臨月を迎えていた妻が赤子を産んだこと。そしてもう一つは妻が死んだことだった。


 その時に私の中で答えは決まった。


 この世界全ての命に頭を下げ、私たちはここに足を踏み入れると。


 あらゆる呪いがこの身を侵すことになっても構わないから、今まさに生まれた命がこの世界で生きていくことを許して欲しいと。


 そうして我々魔族は、このハルモニアを蹂躙したのだ。多くの人間たちが命を落とし、広大な大地が魔素に侵された。


 その侵食がハルモニアの大地の半分で止まって良かったと思うのは、私の傲慢だろう。奪われた者たちからすれば、我々はただの悪魔だ。


 我々が目指した約束の大地、理想郷は我々によって踏みにじられた。


 私が、踏みにじったのだ。


 

 ─────少し、疲れた。

 皆に語るのはここまでとしよう。


 セスナよ、この後の出来事をアゼルに語ることを許す。


 そしてアゼルよ、明日聞かせて欲しい。


 お前が全てを知った上で、何を選ぶのかを。

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