第226話 アゼルの城にて
時は少し遡る。
ユリウスとカタリナを見送り、アルトと別れたイリアたちはアゼルの城にてそれぞれの夜を過ごしていた。
ちなみにリノンの『
「さてさて、せっかく屋根のある場所で休むことができるかと思えば、エミルくんとシロナはやっぱり修行か。まったくあの二人はどれだけ戦いが好きなんだか」
アゼルに城の一室を与えられたリノンは、やれやれといった様子で呟いた。
現在エミルとシロナは一階の開けたフロアで修行とは名ばかりの本気の戦闘を激しく繰り広げていた。
エミルはアルトとの戦いで魔法の調子も取り戻してきており、他人の城の中でバンバンと大魔法を展開していた。その上、魔城の中は魔素で充満しているので、彼女の魔力が尽きることもない。
そんなエミルを相手にシロナも真剣に技を揮う。『星を斬る』という気概のもとで放たれる斬撃は、悉くエミルの魔法を無に帰していった。
これによりアゼルの城は奇跡的に甚大な被害を被ることなく、彼女らの遊び場と化していたのだった。
「あの子たちはもう手の付けようのない戦闘バカだからもういいですけど、それよりリノン様どうしてまたイリアと私を引き離すんですか!?」
リノンの手元の聖剣から響く抗議の声。
現在アミスアテナは再びイリアから引き離されてしまっていた。
「そりゃそうだろ? だって彼らはこれから真剣な話し合いをするんだ。そこに君の横やりならぬ横聖剣が入ったらまとまるものもまとまらないじゃないか」
リノンはアミスアテナの不満の声にも平気な顔をしている。
「まとまってどうするんですか! だってあの魔王は妻子持ちだったんですよ。そんな浮気男とイリアがくっついたら大変じゃないですか」
アミスアテナの抗議の声はさらに強くなる。
「えぇ~、いいじゃないか妻子持ちだって。キミだって人の事は言えないだろ?」
ニタリと意地悪な笑みをリノンはアミスアテナに向ける。
「うぐぅ、今は関係ないでしょ」
そのリノンの言葉にアミスアテナは何故か小さく唸ってしまう。
「まあ、キミの話は今日はいいか。だけどそれにしたって僕は別に妻子持ちだろうと構わないと思うけどね。問題は当人同士の気持ちじゃないか」
「そんなこと言って、リノン様は魔王が結婚していること知っていたんですよね」
ジト目のオーラを漂わせてアミスアテナはリノンに糾弾する。
「知っていたよ。だけどそれで何が変わるのさ? 僕が知った時点でイリアは確実に魔王アゼルに気持ちが向いていた。そこで彼女にこのことを伝えて諦めろって言えば良かったのかい?」
「だって、諦めるしか、ないじゃ、ないですか」
アミスアテナはどこか苦しそうにその言葉を吐きだす。
「
「─────」
リノンの同意を求める声に、アミスアテナは無言で返す。
「フフ、それに極論を言えばイリアが幸せならそれでいい。たとえ心から笑うことができなくても、それでも好きな人の側にいることをあの子は幸せに感じるんだから」
「このまえ魔王を殺しかけてた人が良く言いますね」
アミスアテナの軽蔑オーラが一段階増してリノンに飛んでいく。
「あは、気付いてたんだ? まあいいじゃないか、結果として彼は生きてイリアの側にいるんだから。それにアミスアテナは彼が悪いような口ぶりだけど、僕はそう思ってはいないよ」
「そりゃリノン様は浮気する側の立場なんだから当然じゃないですか」
「いやいや心外だな、僕は浮気とは無縁の男だよ」
「…………どうせ、『僕はみんなに本気なんだから浮気じゃない』とか、『本命の相手が一人もいないんだから、これは浮気に該当しない』とかそんな話ですよね」
「おやおや、理解が過ぎるというのも考えものだね。だけど魔王アゼルはどちらにも該当しないだろ? 彼は妻子がいることを隠していたわけじゃない、言わなかっただけなんだ」
「それも浮気男の常套句じゃないですか」
「いやいや、だってわざわざそれを口にする方がどうかしてるだろ? 会って間もない相手に『僕は実は結婚して子供もいるから、好きになったりしないでくれよ』なんて言う奴はどれだけ自意識過剰なんだって話だよ」
「……それって言い方の問題じゃ」
「一緒だよ。そもそも魔王アゼルにとってイリアは恋愛対象じゃなかったんだ、だから彼はわざわざそんなことを言わなかった。そしてそれはイリアも同じ、だから彼女もわざわざそんな確認をしなかった」
「それは、そうなんでしょうけど、でも──」
「多分魔王アゼルは今までもそんな素振りを見せていたんじゃないかな。誰かと
「まあ、そんなことも、あったような?」
アミスアテナは納得いかないながらも、リノンの言葉に頷いていく。
「だから彼にとっても想定外だったんだよ。彼はまさか自分がイリアに恋愛感情を抱くなんて思っていなかった。まさか、自分の心が救われる日が来るなんて思っていなかった」
「救い?」
「そう救い。キミは間近で見ていたんじゃないのかい? イリアが彼を救うところを。彼が妻を
その語る言葉とは裏腹にリノンは実に嬉しそうな口振りだった。
「…………」
「そうして彼はイリアに惚れた。まあイリアの方はキミには言わずもがなだろう。だから何が言いたいかと言うと僕は二人にはくっついて欲しい。倫理的にダメだろうと僕は気にしない。彼らにはぜひ茨の道を進んで欲しい。痛いかもしれない、苦しいかもしれない。────でも、その果てに彼女が笑えるなら、僕はそれでいいんだ」
リノンはそういって
まるでそこに、彼だけに見える二つの星があるとでもいうかのように。
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