第120話 仲間の証

 アゼルに炸裂したシロナの絶技、その衝撃波で誰もが一瞬目を眩ませる。


「最後の詰めが甘いでござるよ、魔王殿」


「返す言葉もねぇ。ああ───また負けた」

 地面に仰向けに倒れたまま、アゼルはシロナに言葉を返す。


 そこで、ふと気づく。

 胴を両断されたはずなのに、当たり前のように会話ができていることに。

 アゼルが自身の腹に手を触れると、そこには傷ひとつなかった。


「おい、お前。もしかして、」


「ああ、そうでござるな。もしかすると至れたのかもしれない」

 シロナがそう言うやいなや、彼の刀が数瞬煌めく。


 アゼルの四肢に走る刃の感触、そしてその後に残る肉体の確かな実感。


 それはシロナが魔族であるアゼルに対しても非殺傷性を獲得したことの証明だった。


「っておい、今俺で試し切りしたろ」

 完璧なカウンターを喰らって精神的に起き上がる気力がないアゼルは、大地に寝たまま文句を言う。


「あ、すまない。つい刀が滑ったでござる」


「そんな危険な滑り方があるか!」



「アゼル! シロナ! 大丈夫ですか!?」

 戦いの終わりを確信してイリアたちが駆け寄ってくる。


「アゼルぅ、最後の詰めが甘いよ」

 エミルは意地悪い笑顔でアゼルを見下ろす。


「それはさっき言われたよ。くそっ、戦いの変態たちはどうしてこうなんだ。いつかお前にも絶対勝つからな」


「お、それは楽しみ。期待して待ってるからね。───それで、シロナはついに会得したの? その殺さずの太刀みたいなの」

 

「ああ、どうやら大丈夫みたいだ。心配かけたでござる」


「良かった、良かったねシロナ」

 イリアは涙を浮かべながら彼を抱きしめる。


「苦しいぞ、担い手イリア。だが、───ああ、良かった」

 シロナはふと安堵の声をもらす。


「身体は大丈夫、シロナ? かなりムリしてたでしょ。」


「エミルにはバレていたでござるか。……まあ大丈夫そうだ。あれ以上長引けば危なかったかもしれないが」


「さて、これにて一件落着でいいのかしら? シロナの気持ちの問題も解決したんだから、これからは一緒に来てくれるんでしょ?」


「ああ、アミスアテナ、問題ない。今後はまた同伴させてもらうでござる」


「良かったわ。これで安定した戦力が入って一安心よ。そこの爆弾娘はいつ暴発するかわからないしね。『斬る』と『斬らない』のオンオフができるようになったシロナがいればこの先も心配ないわ」

 アミスアテナが、ああ安心した、と話していると。


「ん? 何を言っているアミスアテナ。もう命あるものを斬ることはできないぞ。ああ、魔法などはいくらでも斬れるでござるが」


「へ? それってどういうことなの?」

 アミスアテナの間の抜けた声。


「だからアミスアテナ、『星を斬る』というただ一点を目指すことで今の境地を獲得している。だから貴女の言うような器用にオンオフをつけることなどできないということでござる」


「───────────」

 絶句するアミスアテナ。


「アハハハハハハ、最高だな。これでそいつは今後魔族を斬ることはできなくなったわけだ。死合に負けて勝負に勝つとはこのことだな。アハハハハハ!」

 アゼルは愉快愉快と大笑いしている。


「っこの、死合に負けたんだから素直に死んでおきなさいよ。このへっぽこ魔王」


「うわっ、アミスアテナの封印のせいで死ねないのにヒドイ言い草。ま、別にいいじゃん。シロナほどの剣技があれば困ることないでしょ。それに、一緒にいたらいつでもリターンマッチできるしね」

 エミルはエミルで既にシロナとの再戦を心に決めているようだった。


「そうです、シロナを連れていくのはもう決定事項なんだから。ほらアゼルも立って。改めて仲間としての挨拶をしましょ」

 イリアはアゼルの手を引っ張って彼を立たせる。


 今度は仲間として改めて向き合うアゼルとシロナ。


「ああー、まあなんだ。お前との戦いは勉強になった。あの爆弾娘エミルみたいにガサツじゃないし、お前みたいな奴は正直嫌いじゃない。……よろしくな」

 気恥ずかしいのか、アゼルは少し目を逸らして片手を出す。


「貴殿、アゼル殿のおかげで一歩前に進めそうでござる。感謝する。ああ、仲間の挨拶であったな───」

 シロナはアゼルの手を握り返し、引き寄せた───


「何!?」

 驚くアゼル。

 目を逸らしていたが故に反応が遅れる。


 シロナのような手練れを前に、視線を外すことの危険性をまだアゼルは理解していなかった。


 シロナに腕を引かれたことでアゼルの頭は少し下がり、視線が急激に近づく、


 そして、


 唇と唇が、触れ合った。


「──────んっ!? はぁぁぁぁ!? お前何してくれんだよ」

 アゼルはすぐさま唇を離して抗議の声を挙げる。


「??? 何とはどういうことだ。最近はこれが仲間の証なのではないのでござるか?」


「シロナ、どこでそんなこと覚えてきたの?」

 久々に帰省してきた息子が危ない遊びを覚えていたのを心配する母親のようにイリアは問いかける。


「どこでも何も、さっきからアンタ達が魔王にポンポンとキスしてるから勘違いしちゃったんじゃないの? そしてシロナ、その勘違いは正しいわ。これからも魔王限定でいくらでもしていいからね」

 アミスアテナは慈愛をもって全てを許す母親のように、シロナを肯定した。


「お前の私情入りまくりだろ! いいかシロナ、そういうのは仲間の証ではない。金輪際するなよ」


「そうか違ったのか。ではこれは何の証なのでござるか?」

 純粋無垢な瞳でシロナは問う。


「こういうのはお互い好き合っている者同士がするんだよ…………本来はな。イリアとは形式上仕方なくだし、エミルのはほとんどセクハラだ」


「形式上仕方なくとか、そういう言い方されると傷つきますね」

 イリアは少しだけしょぼ~んとする。


「ホントホント、ああいう言い方されると乙女心が傷つく~」


「イリアそんな顔するな、罪悪感が刺激される。そしてエミル、お前は絶対に傷ついてないだろが!」


「唇のひとつやふたつ奪われたくらいでみみっちいわね。魔王なら堂々と受け止めなさいよ。あ、美少年限定だけど」


「お前の趣味丸出しだろうが。そんなことで魔王の器量が問われてたまるかよ」


 アゼルはツッコミで右に左にと忙しい。


 ひとつの戦いが終わったばかりだというのに、喧しいことこの上ない。


 そしてそれは、以前の旅では見られなかった光景だった。


 長時間に渡る戦いを経て空は既に白んでおり、朝焼けがワイワイと騒ぐ彼らを照らし始める。


 そんな賑やかな様子を見て、


「ふっ、あはははは」


 少年のようにシロナは笑っていた。

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