第100話 エミル先生の魔石講座
「それじゃあいい? まず魔石ってのは魔素が高濃度に存在する地域で自然発生する黒石のことだけどそれはOK?」
エミルは教師のように人差し指を立てて確認する。
「本当に基本的なとこからだな」
「あ、でも、人間側の居住領域には魔素が存在しないのにどうして魔石が流通してるんですか?」
イリアは真面目に手を挙げてもっともな質問をする。
「ああそれね。それはもちろん魔石ハンターたちが命懸けで探し出してるからだよ」
キラーンと目を光らせ、あごに手を添えたポーズでエミルは決める。
「魔石ハンター?」
「ああいや名前は適当に言っただけ。冒険者たちの中には魔石を回収してくることを専門にしている連中がいるんだよ」
「ほう、そいつらは魔素領域に踏み込んでも平気なのか?」
「平気なわけないでしょ、命懸けだって言ったじゃん。そいつらは聖別された装備を身に着けて、浄水をがぶ飲みしながら探索しているの。もちろん魔素領域に踏み込めば危険な魔獣や魔物も劇的に増えるし、相当の手練れじゃないとただ死ぬだけだね」
「ああそれで、たまに人間の骨とかが落ちてるのか」
納得がいったとアゼルは手を打つ。
「ちょっと魔王、そういう話はやめてよ」
「あはは、まあそれくらい危険な仕事なんだよ。だからこそリターンも大きい。強い魔獣の中からも魔石は採れたりするし、高純度の魔石を一袋分持ち帰るだけでも数年は遊んで暮らせるからね」
「へえ、そう言えばその純度って何だ?」
「純度ってのは魔石の体積に対する魔素の濃度のこと。この純度が50%を超えるかどうかが魔石の価値を大きく左右するの」
「ああ、確かその純度が低い魔石からは魔素が漏れ出すんだったか?」
「そういうこと。それじゃあ危な過ぎて日常生活に利用できるわけがない。まあ軍事的には使い道はあるらしいけど。ってなわけで純度の高い魔石は高く売れる。ちょっと実際に売ってみようか」
そう言ってエミルは懐からこぶし大の魔石を取り出して、近くの露天商に持っていく。
「ん、そんなものどこで、って。それはこないだアスキルドでお前に撃ちこんだ魔石だろ!?」
「そだよ~。まだ換金してなかったんだよね。あ、おじちゃ~ん、アタシの魔石買って欲しいんだけど」
エミルは露天商の男に話しかける。
だが男は子供の集団に見えるエミルたちを一瞥してため息をつく。
「はあ、なんだなんだ? どっかでクズ石でも拾ってきたのかよ。おじさんは子供の相手してる暇はないんだぞ」
さあ散った散ったと、真剣に取り合う様子はない。
「まあまあ、そんなこと言わずに。はいこれ、どう?」
しかしエミルはそんなことでは引かずに手にした魔石を男に押し付けた。
「んぁ? たく、確かに魔石の原石だな。どれどれ。っ!?」
男は懐から拡大鏡を取り出し、エミルが見せた魔石を凝視して驚く。
「あの道具はなんだ?」
「魔素の濃度が測定できる簡易魔法が掛かってるやつ。うちの里の特産品だね」
「おいっ、純度が90%を越えてるぞ! おい嬢ちゃん一体これをどこで? まさか盗んできたんじゃねえだろうな」
よほどのことだったのか、店の男は気が動転している。
「どこで手に入れたかは教えてもいいけど、ヒミツ。それとおっちゃん、アタシはこれでも成人してんだから、口の利き方には気をつけな」
ドスの効いた声でエミルは男に忠告する。
「ヒッ、すいません。──────────もしかしてその黒金のローブで子供っぽい魔法使いって、アンタはもしかして」
エミルのただならぬ気配に男は冷や汗をダラダラ流し始める。
「ピキッ、その噂を流したヤツを連れて来て欲しいとこだけど、いいや。それよりおっちゃん、まだアタシの質問に答えてもらってないよ。これいくら?」
「ヒェッ、これならハルジア大金貨1枚、ひっ、いえ大金貨2枚にはなるかと。しかし、うちの店じゃあそんな大金扱えませんよ」
エミル相手に一度は少ない金額を提示しようとした男だが、エミルの威圧に負けて適正な額を伝える。
「あぁっ、そりゃそっか。それじゃおっちゃん普通金貨10枚と交換でいいや」
「え? それじゃそっちが大損ですが」
「いいよ、拾ったもんだし。それにまだいくつかコレ持ってるしね」
エミルはローブの内側をちらりと見せ、そこの内ポケットには複数の鉱石のようなものが入れてあった。
「まだ持ってたのかよ。あのドサクサの中でよくもまあ。そしてだんだんと恐喝じみてきたな」
呆れるアゼル。
「お、お客様がそれでよろしいなら。は、はい金貨10枚になります」
男はオドオドとエミルへ金貨を差し出す。
「はい、おっちゃん。あ、あとアタシがここに来たことはナイショだよ」
エミルは魔石と代金の引き換えの際に男の耳に顔を近づけて、コソッと囁く。
「ヒッ、それはもうもちろん。私は何も見てませんとも」
「あ、いやそこまで怖がんなくても。アタシは騒がれるのが迷惑なだけだから」
最後に一言添えて、エミルとイリアたちは露店の前から去っていく。
「いや最後のなんだよ。なんで普通の取引が脅迫っぽくなるんだ」
アゼルは呆れたようにエミルに突っ込む。
「あれぇ、そんな風だった? いつものことなんだけど」
当のエミルはあっけらかんとした様子である。
「──あぁ、エミルさんってそれで毎度トラブルになるんですね」
そこにイリアの悪意のない言葉が刺さる。
「イリア、何を今さら。前一緒に旅した時だってこんな感じだったじゃない」
「みんな言うなぁ。ま、いいや。これで魔石の価値は分かったでしょ?」
「まあ、価値があるのは分かった。それで、何で価値があるんだ?」
「あ、そこの説明をするんだったね。それじゃ例えば、」
エミルは適当な店を見つけて、そこで薪を買ってくる。
「エミルさん、薪を持ってきてどうするんですか?」
「もちろん燃やすんだよ。あ、あそこの空き地がいいね」
路地の片隅の人気のない空き地にエミルはイリアたちを呼び寄せた。
そして彼女は薪を適当に地面に設置する。
「あ、エミルさん。種火用意しますね」
イリアはそそくさと袋の中から種火セットを用意しようとするが、
「ううん、いらないよ」
エミルは人差し指で自身のローブを軽く擦り、指先に小さな火を灯す。
「べ、便利すぎる」
アゼルは唖然として口を開く。
「あら、魔王様のご自宅にもお届けしましょうか?」
アミスアテナが意地悪気に言うと、
「いらん。その他の付随機能が危険すぎるわ」
「ちょっとー、ここからが本番なんだから見ててよね」
エミルは薪に火をつけて焚き火とする。
しかし、まだ火力が弱いためか、薪の一部がチロチロと燃えるのみである。
「はい、ここへ魔王産の魔石を放り込みます」
エミルが懐から取り出した魔石を、焚き火の中央に放り込む。
すると、
ボオォ!!
先ほどまで弱々しかった火が、煌々と燃え上がった。
「すごい! すごいですエミルさん」
「確かにすごいな。つまりは魔石は燃料になるってことか」
「そんな限定的な用途じゃないよ」
エミルが焚き火へと軽く手をかざすと火は一層激しく燃え上り、しばらくすると消えてしまう。
残ったのは、完全に炭化した薪と放り込む前と変わらない魔石だった。
「ん、魔石自体が燃えていたわけじゃなかったのか?」
「そ、一番大事なのはそこ。この魔石は焚き火の『燃える』って事象を強化してただけなんだよ。つまりは火のジンに作用することで火を強くしてたってわけ」
「ああ、魔法使いが良く言う『ジン』ってやつか。正直俺はよく感じ取れないから苦手なんだよな」
「私もです。前に魔法について勉強したいってエミルさんに言ったら、才能がないってすぐ諦められちゃいましたし」
「二人とも魔法とは対極にいるような存在だしね。ま、つまりはこの魔石は何度でも使えて、そして
「何にでも? 火を強くするだけじゃないのか?」
「もちろん、その用途で使う家庭は多いけどね。例えば水瓶の中に魔石を入れたら、水のジンが強化されて水が腐らなくなり冷たさも保たれる。灯りの中に入れて家中を明るくするほど光を強くしたり、冷気の魔工具と併用して冷蔵庫にしたりね。まあ、後者はよっぽど裕福でないとムリだけど」
「なるほどな。人間は色々と考える。道理で人間の文明は多種多様なわけだ」
感慨深くアゼルは呟く。
「にしても、この辺りの解説はさすがね。普段の振る舞いを見てるとただの脳筋に見えるのに」
「誰が脳筋か。ったく、この辺の仕組みは魔法と似てるからね。実際にこの分野を切り開いたのは各国お抱えの魔法使いたちだって話だし」
「でもすごい分かりやすかったです。確かにこれなら、家庭に一個あるだけで生活はとても楽になりますね。高値で取引されるのも納得です」
「さてと、解説も済んだし、もうちょっと店を見て回ろうか。この手の場所はたまに掘り出し物があるから面白いんだよね。さっき軍資金も手に入ったし、好きなモノ奢ってあげるよ」
エミルは上機嫌で再び市場へと向かう。
「ん、まて元々その魔石は俺が出したのをくすねたモノだろうが」
「アハハ、知ーらない」
先ほどまでの教師然とした態度がウソのように、無邪気な子供みたいに微笑んでエミルは駆けていった。
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