第54話 羅針盤、再び

 アスキルドの軍勢を振り切ったイリアたちは、見晴らしの良い平原で小休止をとっていた。

 イリアたちを逃がしてくれた運び屋の一団は、頭領のオヤジを御者台に残して、周囲の警戒に当たっている。


 荷馬車の荷台の中では、緊張の糸が切れたのか魔法使いの姉妹が寄り添って眠ってしまっていた。

 イリアたちは彼女らに気を遣って、荷馬車から降りて手頃な場所で円になって座っている。



「いやぁ、さらわれたウチの里の子を取り返しにきたら魔王と戦うわ、勇者と戦うわ、アスキルドの軍勢と戦うわで散々だったな~」


 発言とは裏腹にエミルはニコニコと背伸びをしている。



「いやいやふざけるな。その中でお前が一番無傷じゃねえかよ。まったくさすがにヘコむぞ。魔法使い一人がこの強さって異常だろ」

 アゼルは辟易へきえきとした顔をしている。



「しっつれいな。あんたたちと違って地道な努力と研鑽の賜物でしょ。ま、魔法の扱いに関しては少しは才能もあるかもだけど。──で、イリアはなんでアスキルドまで、足を伸ばしてきたんだっけ?」


 ふと思いいたったのかエミルはイリアへと話を振る。


「あ、そうでした。私たちはエミルさんを探してきたんですよ。アスキルドにくればエミルさんの情報が手に入ると思ったんですけど、まさか本人に会えるなんて」



「アタシに? ────なんで?」

 勘のいい彼女はその答えに気づいていながらも、イリアに問いかける。


「実はアゼル、魔王を封印する時に私もレベル1になってしまったんです。───今は一時的に解除できてますけど。さすがにこれからの旅に不安を感じたので、以前のパーティーのエミルさんたちを探すことにしたんです」



「ふーん、それってまたアタシとパーティー組みたいってこと?」



「もちろんそうです。…………ダメ、ですか?」


 断られる。

 そんな不安を抱きながらイリアはエミルを見つめている。



「そだね~、アタシが前にイリアから離れたのは、魔王とサシでやりたかったってのと、もうひとつは…………」


 エミルは何か思うように空を見上げ、


「ま、今のイリアとならいいかな。少し見ない間にイリアも変わったみたいだしね、いいよ」

 ごく自然に、そうであるのが当然のように答えを出した。



「本当ですか!? 良かった! ありがとうございます」


 心から嬉しかったのだろう。

 イリアは勢いよくエミルを抱きしめる。



 しかし、異議があるのか、イリアの腰元の剣から声があがる。


「んー、イリア本当にいいの? こんな歩くトラブルメーカーを仲間にしたら絶対これからロクなことないわよー」



「何よナマクラ。アンタよりはアタシの方がイリアの役に立つよーだ」

 エミルはアミスアテナにむけてあっかんべーをした。



「また私のことナマクラって言ったわね、災害娘。あんたには由緒正しい聖剣に対する敬意ってものがないのよ」



「はん、敬意とか自分で言い出したらおしまいでしょ。イリア、こんなのとよく付き合ってられるよね。尊敬するわ」



「こんなのって言われた~。イリアー」


 普段は口達者なアミスアテナもエミルとはよっぽど相性が悪いのだろう、珍しくイリアに泣きついている。……剣だから涙は出ていないが。



「も~、アミスアテナもエミルさんも仲良くしてください。私はもちろん歓迎ですから、エミルさん今後ともよろしくお願いします」


 そう言ってイリアは深々と頭を下げた。



「いーよ~。なんたってイリアのとこには便利な魔素タンクが常備してあるし。いや~助かる助かる。これがあれば魔素がない場所でも魔法撃ち放題だもんね」

 エミルはバンバンとアゼルの肩を叩く。



「ん? まさかとは思うがその魔素タンクとは俺のことじゃないだろうな?」



「ハハ、アゼルのことに決まってんじゃん。アンタいい男だからアタシ好きだよ」


 そんな告白をキラキラした瞳でエミルは口にする。


 ……いや、どちからと言えばギラギラと、獲物を前にして舌舐めずりをするかのような目だった。



「やっぱり俺の身体狙いじゃねえかよ。コワイわ!」


 自分の身を守るように自身を抱きしめるアゼル。



「怖くない怖くない。大丈夫、優しくするから。…………ってね。ま、冗談冗談。でもまた足りなくなったら頂戴。強引にはしないから」


 エミルは冗談半分でウィンクをする。



「で? イリア、これからどうする予定?」


 唐突にエミルはイリアに向けて建設的な話題を振る。

 


「えーと、そうですね。ハルジア、アスキルドときましたから、次はアニマカルマに情報集めに行くのがいいかと思ってます」


 アニマカルマは人間領の北部、アスキルドとは真逆にある商業連合国である。



「あ、そうなんだ。それならその前にウチの里の近くの森に寄ってもらっていい? あの子たちをこのまま連れてくわけにはいかないから、先に里に帰したげないとね」


 エミルは魔法使いの姉妹が眠っている荷馬車へと目配せをする。



「それもそうですね。わかりました。それでは一度そちらに寄って行きましょうか。案内はお願いしますね。…………それとアゼル、その子たちは、どうしますか?」


 イリアの視線は魔族の子供、ユリウスとカナリナへと向けられる。彼らも長い投獄生活により衰弱が著しく、現在は気を失いアゼルの膝で眠っている。


 現在はアゼルが直接魔素を与えて回復を図っているところである。



「どうするも何も、一緒に連れてくしかないだろうな。国に送り返せればそれが一番いいんだろうが、今はそのツテもないしな。……反対か?」


 少し憂い気な視線でアゼルは問う。



「いいえ、とんでもないです。ユリウス、カナリナにとって一番良い手段をとって下さい」



「まあ、助け出しておいて放り出すなんて流石に私もできないわね。その子たちの保護に反対しないわよ」


 珍しくアミスアテナも人情的な意見を述べる。

 


「おーい、勇者様方。それでこれからどっちに向かえばいいんでい。金は前払いで受けとっちまったからな。貰った分はどこにでも運んでやるさ」

 荷馬車の御者台の方からオヤジの声がする。



「ほーい、おっちゃん、それじゃねぇ…………」



 黒金のローブをはためかせて、何者にも縛られない、灼銀無双の少女が案内をするために御者台へと走っていく。



 大きな風を受けて、壊れかけていた世界の羅針盤コンパスが今大きく回り出した。

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