第45話 イリアの決意

 眼前で繰り広げられる魔王と最強の魔法使いの戦い。



 人間のカテゴリーにおいて、勇者すら凌駕する最強の存在。

 おそらく彼女の今のレベルは私と同じ99のはずなのに、とてもじゃないけど彼女に勝てるイメージは湧かない。


 アゼルも十分に善戦しているけど、やはり能力に制限が掛かっている状態で戦上手の彼女の相手は分が悪いみたいだ。



「相変わらず楽しそうに戦ってるね、エミルさん」

 ふと、私の口からこぼれ落ちた言葉、



「だから私はあの子が嫌いよ。自分の行動に何の責任も負わずにただやりたい放題に振る舞ってるだけじゃない。なのに結局最後はなんやかんやで上手くまとまるところまで含めてキライー」


 最後はまるで子供のようにアミスアテナは悪態をつく。



 アミスアテナは前々からエミルさんのことを嫌い嫌いと言っているのだが、きっと本当のところは悔しいのだと思う。



 私は、彼女が羨ましい。


 風のように自由で、しがらみに捉われず、自分のやりたいことしかやらない人。


 自分の心に素直に従える人。


 きっと彼女が勇者だったら、私よりもずっと良い結末に導けるんじゃないだろうか。


 今の自分には余計にそう思えてしまう。



「イリア? 何か変なこと考えてるんじゃない? あの魔族の子供は魔王が責任を持って助けるでしょ。……もしそれが駄目だったなら、諦めなさい」


 冷たく、鋭く、銀晶の聖剣は言い捨てる。


「あなたの使命はを救うこと。私の仕事は魔のことごとくを殺すこと。あなたにはあの子たちを助ける権利はないわ。──資格もね。何せあの子らの親を殺したのは私たちなんですもの」



「っ!」


 為すべきことを為した。


 果たすべき使命を果たした。


 定められた敵を討ち滅ぼした。




 間違いなんてなにもなかった。


 正しいことをしたはずだった。


 なのにどうして、


 今はこの胸が締め付けられるように苦しいのか。



「あの子たちだって、親の仇に救われたくはないでしょう。……少なくとも、そんな風に迷ってる人間の手は、誰も握り返さないわよ」




 迷い。


 そう、私は迷っている。


 魔族に苦しむ人々を救うことと、


 目の前で苦しむ魔族の子供を助ける、その矛盾に。




 顔を上げる。


 本当に楽しそうに戦っているかつての仲間。


 彼女の方も魔法使いの子供たちを助けようと必死のはずなのに、何の気負いも見せていない。




 ん?




 んん~?




 ……………………………………………いや、あれは心の底から魔王と戦えることを喜んでいる顔だ。





 今の彼女に背負っているものなど何一つない。




 子供たちの命も、魔法使いとしての矜持も、アスキルドと魔法使いたちとの過去の因縁も、全て余計なモノだと置き去りにしている。






 ……………あんなんでいいんだろうか?


 あまりにも価値観が違いすぎる。



 人命が掛かっているこの場面で、本当に自分が戦いたいから戦うだなんて真似できない。


 いや、真似しちゃいけないと思う。






 でも理解できたこともひとつある。


 自分の心に従うこと。


 人間と魔族、どちらの味方をするとか難しい話じゃない。



 守りたいモノがひとつ増えた。


 ただそれだけなんだ。


 

「イリア?」



 しっかりと前を見据える。


 強く地面を蹴って、今まさに街ごと破壊してしまいそうな自由人に向けて走り出した。

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