67.関所
「この間お話ししたように、私は行商人として、ソーコさんたちが付き人として行動する流れじゃありませんの?」
「もちろんその流れになりますけど、もう少し詳細に詰めようかなと思います」
役割を明確にし、フランさんやアリシアさんに危険が及ばないように細心の注意を払わなければいけない。
そのためにも、僕はもう少し確認と調整を行いたかった。
「まず、アヤメとクイナに関しては怪しまれないように先に戻ってもらおうと思います。もちろんボロン王国で得た情報に関しては秘匿し、代わりに欺瞞情報を報告してもらうことにします」
「ということは……チヨメさんも戻ってしまうの!? そんなの嫌ですわ!」
「と、言うと思ったので、ここでも『チヨメは対象の暗殺に失敗し、アルゴン帝国との繋がりを隠すために自害した』という嘘の報告をしてもらおうかと思います」
「そうですのね。でも、それだと任務失敗ということで人質に危険はないかしら?」
「チヨメに聞いた話だと、ミーンという宰相はかなり短気な人物らしいので、その可能性もなくはないです。ただ軍事情報は持ち帰ってますし、彼女の腹心の部下である『ラン』という子がいますので、上手いことチヨメの跡を継ぐようにアヤメとクイナの2人には話してもらうつもりです。そうすればミーンもまだ利用価値はあると判断するのではと」
少し危険な賭けでもあるが、テッドさんたちに約束した手前、フランさんの護衛を解いてチヨメを戻すということは避けたかった。
「ミーンは短期だけれど狡猾な人間……くノ一にまだ利用価値があるとするなら、怒りを更なる厳しい命令に変えると思います」
「ん、今回はその狡猾さを利用させてもらおう」
「私たちは具体的にどうしますか?」
「とりあえず入国後は帝都を目指します。帝都にはモーリブ商会の取引相手であるローレン商会がいるので、普段通りに取り引きをフランさんにはお願いします。アリシアさんですが……ボロン王国に来たときのように、皇帝に面会を求めるのはどうでしょうか?」
僕は疑問に思うアリシアさんに、今回の計画の肝となる提案をした。
彼女が皇帝と面会する際、もちろん僕や他のサポーターも付き人として一緒に行くつもりだ。
「その際には僕も一緒に行きます。フランさん、一応当初の条件としてはチヨメが護衛につくことだったんですけど、一時的にとはいえ僕が離れるのはダメですか?」
テッドさんが心配していたことから僕も一緒に護衛することになったけど、元々はチヨメ1人の指名だったはずだ。
「そうですわねぇ、ソーコさんも側にいて欲しいですけど……他でもないアリシアのためですもの。オッケーですわ!」
「ありがとうございます」
フランさんは快く受け入れてくれた。
「リリスとその眷属たちにはチヨメの配下の者を探させますので、アリシアさんには僕とセラフィが同行しますね」
セラフィであれば、純粋な強さならこの中では1番だろうし、何かあっても対応できるだろう。
「宰相なら同席することもありそうですし、ミーンがどんな人物かこの目で見ておきたいところもあります。リリスたち捜索組が見つけてくれれば1番いいんですけど、見つからなかった時には別の対応も考えなければいけません」
「別の対応、ですか」
「はい。まだはっきりとは決まっていませんが、間違いなく危険度は増すので、慎重に考える必要はありますね。とりあえずはこんなところでしょうか。フランさんには、解決までの間を普通に過ごしてもらえればと……」
「わかりましたわ! いつも通り、チヨメさんと一緒にいますわ!」
「あ、はい、それでお願いします」
チヨメが少し高い強張った顔を浮かべたような気もしたけど、そこは見なかったことにしておこう。
◆◇◆
2日後、僕たちはアルゴン帝国へ入る関所付近まで来ていた。
「もう、あと少しですね」
「ええ、そうですわね……」
少し緊張したようなアリシアさんに、フランさんは珍しく少し表情を硬くして頷いた。
2人とも関所が近づくにつれて不安が大きくなってるみたいだ。
「大丈夫ですよ。万が一何かあったとしても、お2人のことは必ず守りますから。ねっ、チヨメ?」
「はい、必ずや守り抜きます」
チヨメは力強く頷いた。
そうは言ったものの、関所が視界に入ると僕も緊張してきた。
なんとか穏便にことが済めばいいけど……と思っていると、
「止まれ!!」
かなり厳しい口調で馬車を止められた。
「行商か? 国と名前、目的を述べよ」
「ボロン王国のモーリブ商会です。アルゴン帝国への定期的な行商で参りました」
外からは、アメリシアさんが関所の兵士に受け答えする声が聞こえてきた。
「モーリブ商会だと……? そこで少し待っていろ!」
馬車の窓から顔を出すと、アメリシアさんと話していた兵士は奥に行って別の兵士たちと何かを話していた。
――まぁただの職務上の会話かもしれないけど、なんだか嫌な予感がするんだよなぁ、あの視線。
チラチラと見ながら話す兵士たちに、僕は彼らの対応次第での出方を頭の中で考える。
「待たせたな。モーリブ商会で間違いないのだな?」
「はい、そうです」
「ふむ、ちょっと伺いたいことがあるから、あっちへ行ってくれるか?」
「……いつもは特に調べられるようなこともありませんが、どうしてでしょうか?」
「なんだその態度は! ここはすでにアルゴン帝国管轄だぞ! 逆らうのなら捕縛しても構わんのだぞ!」
明らかに雲行きが怪しくなってきたので、僕はアリシアさんと一緒に馬車を降りた。
「すみません、どうかなさいましたか?」
「なんだお前たちは!? ぞろぞろと出てきおって、我らアルゴン帝国兵に逆らうつもりか!」
「決してそのようなことはありません。ただ、エイスフル教国の聖女として、友人が心配なだけです」
アリシアさんは当初の予定通り、自らを聖女であると明かした。
「はぁ? 聖女だぁ? たかが商隊の中になんで聖女が――」
兵士は突然の聖女というワードに怪訝そうな顔をしたが、アリシアさんの手に持つ十字架を見て固まる。
「え……え? それは……」
「おい、どうした? さっさと連れてこんか」
離れて待っていた兵士が、いつまでたっても僕たちを連れてこないことを不思議に思い近づいてきた。
「た、隊長……あれって、本物でしょうか?」
「あぁん? お前は何を言って――っ!?」
隊長と呼ばれた男も、アリシアさんの十字架を見て言葉を失ってしまった。
アリシアさんはそんな彼らを、ニコニコと慈愛に満ちた笑顔で見つめていた。
「あ、あ……せ、聖女……様?」
「はい、聖女のアリシアです!」
兵隊長の問い掛けに、アリシアさんは元気よくハキハキと答えた。
そしてその後――、
「――か、開門っ」
僕たちは計画通りに関所を通り、それを見届ける兵士たちの顔は実に間の抜けたものだった。
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