66.順調な旅路

「お父様、お母様、いってきますわ!」


「フラン、くれぐれも気をつけるんだよ。ソーコ殿たちの指示にもしっかり従うんだぞ」


「そうよ。ちゃんと、無事に帰ってくるのよ」


「わかってますわ。私だって、まだやりたいことたくさんあるんですもの!」


 フランさんは、テッドさんやリリアンさんの心配をウキウキした顔で軽く受け流していた。


「ソーコ殿、フランのこと頼みましたぞ」


「はい、任せてください。必ずお守りします」


 僕はテッドさんとリリアンさんを安心させるように、自信満々に言い切った。

 不安にさせるようなことを言う必要もないしね。


「それでは出発しましょう!」


 フランさんの声で、僕たちの旅路が始まった。

 この数日、僕たち……といっても主にモーリブ商会とアリシアさんはアルゴン帝国に行くための準備に追われていた。

 モーリブ商会は商材の用意と商会の人間の選定、アリシアさんは今回の件について王城へ報告に行ったようだ。


『エイスフル教国も戦争の芽を摘むことができるのなら、私の行動にも賛同してくれるはずです』


 アリシアさんはそう言って、王都にある教会の人に本国への伝言を頼んだみたいだけど、僕からするとそんなこともないんじゃないかなって気もする。

 だってアリシアさんは唯一無二の聖女なわけで替えがきく存在じゃないし、きっとその報告を聞いた本国の人は、気が気じゃなくなるんじゃないかなぁ。


「はぁ~、楽しみですわぁ。これまでお父様の行商の旅にいろいろ付いていきましたけど、こんなにわくわくするのも子供のとき以来ですわね」


「私も各地に赴くことは多いけれど、こうやってワイワイすることなんてなかったから新鮮な感じがするわ。ソーコさんたちは冒険者もやってるということは、色々なところに行ったりされるのですか?」


「そうですね、旅といったら冒険者の醍醐味ですし、僕も好きですね。冒険者としてダンジョンだったり強い魔物と戦ったり珍しい素材を手に入れたりすることもいいですけど、ただ単純にきれいな景色やその国々の街に行ったりするのも楽しいですね」


「わかりますわぁ。私もそれぞれの郷土料理というものが好きで、必ずその地に根付いたものを口にしますの。商人の性かもしれないですわね。チヨメさんはソーコさんと出会うまでの間はどうされてたんですの?」


 フランさんが隣に座るチヨメに話を振った。

 この数日間で2人の……フランさんの一方的な感じもするけど、結構仲良くなったみたいで護衛という間柄のおかげかよく一緒にいる。

 意外な組み合わせだなって思ったけど、フランさんがチヨメのことを結構気に入ったみたいで、チヨメもフランさんに慣れてきたのかたまに抱きつかれたりしてもされるがままだ。

 ……まぁ、無表情なので内心では嫌がってるのかもしれないけど、そこは我慢してもらおう。


「私は……お館様を探すために色々な国に潜入してました。なので、観光したりとか楽しいとかは特に……」


「まぁ、それはかわいそうですわ。せっかく普段とは違うところへ行けたのに楽しめないだなんてもったいないですもの。この旅では楽しい思い出をたくさん作りましょうね!」


 フランさんはそう言ってチヨメを抱きしめて頭を撫でた。

 若干フランさんの口元がニヤついてるのが気になるけど、こうやってチヨメに優しく接してくれて本当に助かっているのだ。

 やはりあんなことがあったので、チヨメがあまりよく思われていないという感じはしていた。

 でも、そんな中でもフランさんが率先して仲良くしてくれるので、周りの人々も少しずつ普通に接してくれていた。


 ――ま、感謝の気持ちとしてチヨメにはフランさんに旅の間だけでもこうして尽くしてもらおうか。



 ◆◇◆



「ここまでは順調ですね」


 僕は馬車の外の景色を眺めながら言った。

 実際ここまでの旅は順調で、魔物にすら出会ってない。

 もちろん、盗賊の類にもだ。

 途中寄った街ではフランさんおすすめの料理を食べ、ゆっくり休むことができた。

 これで目的が違えばな……と思ってしまうところだ。


「ええ、本当にそうですわ。これが普通の行商の旅だったら良かったんですのに……」


「そうね。でも、今回のことが無事に終わったら、またこうやってみんなで旅行しましょ」


 どうやら2人も僕と同じことを考えていたようだ。


「では、そのためにもまずは今回の計画をおさらいしておきましょうか」


「そうですわね。抜かりがないようにしませんと」


「もう一度しっかり確認しておきましょう」


 失敗しないためにも、今後の計画の確認を2人に提案した。


「まずは、アルゴン帝国への入国ですわね」


 アルゴン帝国へは通常の手順で入国するつもりだ。

 ただ1つ違うとすれば、この行商隊には聖女がいるということだ。


「自慢じゃないですが、モーリブ商会はボロン王国お抱えともいえますから、平時でしたら何の問題もありませんわ。平時でしたら、ですけど」


「そうですね。でも今回は非常に危ういですから、最悪捕まる恐れがあります」


「そこで私の出番ですね」


 アリシアさんが胸にある少し豪華な十字架のネックレスに触れる。

 それは聖女と教皇しか持つことを許されないもので、彼女が聖女であるという証明になる。


「アリシアさんがいれば、無事通り抜けられるという算段ですね。チヨメはこのまま乗ってても大丈夫なんだよね?」


「はい。アルゴン帝国の『影』は一部の者にしか顔が割れていないので、アヤメとクイナの2人も問題ないかと思います」


「オッケー、それなら安心だね。とりあえず、入国に関してはこれでいけそうですかね」


 フランさん、アリシアさん、チヨメの3人が頷く。


「それじゃあ、次は――入国してからですね」

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