63.今後の計画

「そ、それはいささか危険ではありませんかな?」


「僕の知っていることわざで『虎穴に入らずんば虎子を得ず』という言葉があります。それは、『危険を冒さねば結果を得られない』という意味です。これは、今の懸念点をいろいろ解決できるかもしれません」


 僕の提案に難色を示すテッドさんに、日本のことわざに例えて必要性を説明した。

 昨日はあれから夜中だったこともあり、いったん休息を取って、再度集まって今後の計画をしていた。

 その中で僕が提案したのは、このタイミングでアルゴン帝国に乗り込もうということだった。

 乗り込むといっても、体裁は『フランさんの行商』ということにしてアルゴン帝国に入り、チヨメの仲間の救出、そして問題の宰相をどうにかするというものだった。


 ――どうにか、か……。自分で言ってて少しあやふやだなぁ。


 できれば穏便に解決したいところだけど、今の情勢やチヨメの話を聞く限りそうもいかない気もしている。

 でも、できる限りには対話でなんとか……って感じで僕は考えていた。



「それはそうかもしれませんが、フランが危険な目に遭うかもしれないのは……」


 テッドさんの答えに、正直、まぁそうだよねって感じだ。

 ただでさえ昨日恐い目にあってるんだから、それが大切にしている自分の娘に起きると考えたら、安心なんてできるわけがないよなぁ。

 僕が「しかたない、他の手を考えよう」と思っていると、


「待ってください、お父様」


 フランさんがテッドさんに待ったを掛けた。

 昨日のこともあってか、テッドさんが「……どうした、フラン」と少し困ったように返すと、


「私なら大丈夫ですわ! こんなにたくさんの方々が一緒についてきてくれるんですもの。これ以上の安全な行商なんてきっとありませんわ」


 目を爛々と輝かせながら言うフランさんに、テッドさんは大きくため息をついた。


「はぁ……。フラン、お前の言ってる意味は私にもわかるよ? でも考えてごらん? アルゴン帝国は我が国と戦争を起こすつもりなんだ。ソーコ殿たちがいくら強くても、それは国を相手にできるわけではない。相手が本気を出してきたら、お前を人質……こんなこと言いたくはないが、最悪見せしめに処刑されることも考えられるじゃないか」


 テッドさんの意見はもっともな話で、僕が想像できていない部分をきっちり説明してくれた。

 たしかに、このままモーリブ商会として行けば、そのまま拘束されてしまうかもしれない。

 それを抜け出したとしても、本来の目的はきっと達成できなくなってしまうだろう。


「テッドさんの言う通りですね。少し浅はかな考えでした」


「ソーコさん……」


 フランさんが残念そうにしていた。

 変に期待させちゃって、申し訳ないことしちゃったな。


「気にしないでください。色々な意見をこうやって全員で吟味することに意味がありますからな。フランの行商についてはまた別の機会に――」


「あの――」


 テッドさんが次に進めようとすると、アリシアさんが控えめに声を上げた。


「おぉ、聖女様。どうなされました?」


「もうっ、昔みたいに名前で呼んでください、おじ様」


「ははっ、それは恐れ多いですなぁ。まあしかし、ここには近しい者しかいないからね。そう呼ばせていただこうか、アリシア」


 アリシアさんは孤児だったらしく、実の親はすでに他界しているらしい。

 だから彼女にとってテッドさんやリリアンさんは本当の両親のように慕っているらしく、テッドさんとリリアンさんも、もう1人の娘のように思っているそうだ。


「それで、何かいい考えでもあるのかい?」


「いい考えかはわからないですけど……私が一緒に行ったら大丈夫なんじゃないでしょうか?」


「な――っ!?」


「「え!?」」


 アリシアさんの提案に、僕たちは驚きの声を上げた。


「ア、アリシア、何を言ってるんだ……。君がここに来た目的を忘れてしまったのかい? アルゴン帝国に行ったら、それこそエイスフル教国も黙っていないだろう」


「もちろん、ここにいて平和に解決できるのならばそうします。ですが、このままでは戦争は起き、多くの人が死ぬことになります。それを避けることができるのなら、私が与えられたこの『聖女』という役目はどんな危険をも顧みないことだと思います」


 覚悟を持った強い口調で、アリシアさんはまっすぐテッドさんを見つめた。


 ――まだ少女なのに、こんな考え方をするなんて……。


 僕は、改めてこの世界の人の意識に感心した。


「――それに、聖女という肩書があれば、さすがにアルゴン帝国も手を出してくることはないと思います。アルゴン帝国にも信者の方もおおいですし、なにより私に何かあればエイスフル教国と争うことになってしまいます。それは避けたいでしょう」


「それはそうだが……うーむ」


「アリシアも一緒に行ってくれるなら、こんなに嬉しいことはないですわ! こんな楽しそうな行商、2度とありませんもの。お父様、戻ってきたらちゃんと言うことを聞きますから、今回だけはフランのわがままを聞いてほしいですの」


「あなた、アリシアの言う通り、アルゴン帝国も手を出すことはないんじゃないかしら。危険な旅もフランを成長させるためには必要よ?」


「『かわいい子には旅をさせよ』ですね。もちろん、危険が及ばないようにするのが僕たちの役目ですが、フランさんの商人としての成長にももちろん繋がるとは思います。お約束した通り、フランさんとアリシアさんは何があっても僕たちが守ります」


 僕は自分にプレッシャーを掛けたくないのであまり強い言葉を言うほうではないけど、今回ばかりは自分への戒めとしても、全員に宣言するように伝えた。


「……わかりました。フラン、くれぐれも無茶はしないで、しっかりとソーコ殿たちの指示に従うのだぞ?」


「お父様……!」


 フランさんはパアッっと顔を輝かせ、テッドさんに抱きつくのだった。

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