62.ケジメ

「テッドさん」


「はい?」


 僕はテッドさんに向かって深く頭を下げた。


「この度は自分の従者が大変な事をしでかしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」


「ソーコ殿……」


「お、お館様……」


 チヨメのしたことの責任は、彼女の主である僕が責任を負わなければいけないと考えていた。

 実害が僕に起きただけだったけど、テッドさん一家を不安にさせてしまったこともあるし、許してもらえないことも覚悟の上だった。


「申し訳ありませんでした……すべて私の不甲斐なさ故、どうか罰を与えるのはこの私に」


 チヨメも誠意を込めてテッドさんに謝罪した。


「お父様、確かに1つ間違っていれば取り返しのつかない事態に陥っていたとは思いますけど、ソーコさんのおかげで帝国から守っていただいたのは事実ですわ。行商の帰り道も助けていただきましたし、どうか穏便にお願いしたいですわ」


「それはそうだが……」


「まぁまぁ、あなた。チヨメさんと言ったわね? きっとあなたはソーコさんがいなくなって、さらには自分を慕う部下まで捕らわれ、どうしようもなくなっちゃったんじゃないのかしら?」


「はい……」


 リリアンさんの優しい問いかけに、チヨメは消え入りそうな小さな声で返事をする。


「ねぇあなた……私だってフランがそうなってしまったら、どんな誹りを受けようとも、どんな手を使ってでも取り戻す方法を探すわ。あなたもそうでしょう? ましてまだこんな小さな女の子なのよ。正しい判断を下すほうが難しいわ」


 フランさんとリリアンさんが助け舟を出してくれた。

 彼女たちもきっと恐い思いを抱いただろうに、チヨメに寄り添ってくれるだなんて、感謝の気持ちでいっぱいだ。


「……わかったよ、2人とも。だが、さすがにまったく何もなしというわけにはいかんだろう?」


「それに関しては僕もそう思っています。何かケジメをつけるべきかと……」


 ただ、そのケジメをつける方法が僕には思い浮かばないし、こちらから提案するのも違う気がする。


「でしたら、チヨメさんには私専属の護衛になってもらいましょう!」


「「「え?」」」


 フランさんの予想外の提案に、その場にいた者が疑問の声を上げる。


「フ、フランよ、いったい何を言ってるのだ? ソーコ殿の従者であるとはいえ、1度は暗殺を企てた者を護衛にするというのは……」


「僕もさすがにそれは……。チヨメがもう2度とそんなことはしないって僕は確約できるけど、テッドさんやリリアンさんは不安になってしまうかと……」


「あら、だったらソーコさんも一緒にいてくれれば問題ないですわ! それならいいでしょう? お父様、お母様」


「ふむむ……」


「そうねぇ、たしかにそれならあなたも安心できるんじゃなくて?」


「まぁそうだな……よし、ではフランの護衛として職務をまっとうしてくれたのならこの件については不問としよう。ただしそれにはソーコ殿も行動をともにするというもの。それでいかがですかな?」


 フランさんの条件に、リリアンさんの後押しもあってテッドさんが認めてくれた。

 これで今回のことを不問としてくれるなら、こんなありがたいことはない。


「わかりました。そんなことでよろしければ、誠心誠意フランさんをお守りすることをお約束します。チヨメもそれでいいね?」


「はい、もちろんです。命に代えてもフラン殿をお守りすると誓います」


 チヨメの瞳にはようやく色が帯び、力強い意思を表した。

 僕はその様子を見て、ほっと一安心するのだった。



 ◆◇◆



 ――アルゴン帝国 帝城


 この日、アルゴン帝国の帝城ではバタバタと走り回る人影が多く見られた。


「おい、医師はまだか!?」


「今向かっているところです!」


「それよりも薬師を連れてこい! 今すぐに大量のポーションを作らせろ!」


「今あるもっともランクの高いポーションは最上級だけか? それ以上はないのか?」


「宝物庫に特級があると聞いたことがあります。ですが、その鍵は皇帝陛下がお持ちだと……」


「それでは誰も取りに行けないではないか……」


 慌てふためくその理由は、アルゴン帝国のトップである皇帝モスコ・フレロ・アルゴンが倒れたからに他ならなかった。

 国の根幹ともいえるモスコは、50を超える年齢をものともせず、この巨大な国の先頭に立って舵を取っていた。その疲労が蓄積されたせいか、夕食後しばらくしたのち昏倒してしまったのだった。

 当然、お抱えの料理人たちはすべて取り調べを受けているのだが、彼らには罪は一切ない。

 なぜなら――、


「おー、どうやら上手くいったみたいだな。ま、なんたってハイエルフ特製の毒薬だからな。ヒールポーションじゃ無意味だし、唯一効果のあるキュアポーションだって、特級でもなけりゃ治らないだろうしな」


 ゲルマは青白い顔で執務室に戻ってきた真犯人のミーンに笑いかけた。


「うぅ……」


 ミーンは苦しそうに呻く。


「ワシは……役目を果たした……。もう解放してくれ……」


 ミーンは声こそ苦しそうだが、顔は無表情なままゲルマに訴えかける。


「おーい。こう言ってるけど……どうする、ラン?」


 ゲルマが暗闇に向かって呼びかけると、ランが音もなく現れた。


「役目が終わった? ふざけるな。貴様にはまだやってもらうことがあるはずだ。チヨメ様は今この時もきっと苦しまれてるはずだ。お前の苦しみなど大したことではない」


 ランは同情の余地などまったくない冷たい瞳でミーンを突き放した。


「だってさ。ま、全部お仕事終えたら解放してやるからよ。それまでは言うこと聞いてくれよ? って言わなくても、そうなるようになってるか。ハハハッ」


「うぐぅ……」


 ゲルマは心の底から愉しそうに嗤う。

 ランはそんな彼を見て、眉を顰めるのだった。

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