45.『へリニア』

「あー、この街も懐かしいなぁ」


 街の景色はAOL初心者時代を思い起こさせ、ノスタルジーな感情が湧き上がる。

 僕たちは、数日かけてヘリニアの町に到着した。

 ゲーム内ではハイドニアからすぐに来れたけど、実際に歩いてみるとやっぱり時間はかかるね。

 途中、小さな村に寄ったり野宿したり、休み休みここまで来た。


「ここにネオンがいるのかな」


「セバスからの報告ではそうなりますわ。それなりに冒険者として有名になってるらしいので、冒険者ギルドにいるかもしれないですわ」


「そうだね。着いてそうそうだけど、まずは冒険者ギルドに行ってみよう。もし会えなかったとしても、有名になってるみたいだから聞けばわかるでしょ」


 僕たちはアンジェの案内で、さっそく冒険者ギルドに向かった。

 当然、この街にも錬金術師ギルドはないので、そこは商人ギルドになってるみたいだ。

 市場を抜け街の中心へ。

 ハイドニアと違って、ここは街の中央のエリアに位置するみたいだ。


「ここだね。見た目はハイドニアのギルドとそんな変わんないんだね」


「そうですね、冒険者ギルドはだいたいこういった見た目かもしれません。あとは、ギルドのある街によって多少大きさが違うくらいです」


「あー、アンジェは冒険者としていろんな街に行ってたんだもんね。そういえば、ここに来たときにネオンはいなかったの?」


「私がこの街のギルドに訪れたのは、もう数十年前のことですので……その当時にネオンはいなかったですね」


 そうなると、ネオンが冒険者として活動しだしたのも、意外と最近なのかもしれないなぁ。

 彼が今どんな風になっているか、会うのが楽しみだ。


「そっかー、会えるといいんだけどね。中に入ってみようか」


 冒険者ギルドの扉を開けると、


「おお、ハイドニアより賑わってるね!」


 ギルドの中はハイドニアより人も多く、酒場も併設されているせいか、昼間からかなり賑わっていた。

 ハイドニアだと、朝や夕方の時間以外はそんなに混雑はしてないのに、ここは受付もすごい混んでいたので 僕たちは並んで順番を待った。


「次の方〜」


「あ、はい――」


「おい、どけ! 俺たちが先だ!」


 ようやく順番が回ってきたので受付に行こうとすると、数人の獣人の男たちが堂々と割り込んできた。

 まったく……ほんと、どこもこういうのばっかりなんだから。

 僕はちょっと嫌気が差しながらも、


「僕たちのほうが先に並んでましたよ」


「あぁん? そんなのは関係ねぇ。俺たちはBランクのクエストをこなしてきて疲れてるんだよ。先を譲るのは当たり前だろうが! なぁ、マリシアちゃん」


 男はそう言って、受付嬢に話を振った。

 この男はアホなのかな?

 そんなことギルドの受付嬢が許すわけ――、


「たしかにそうですね〜。あなたたちあまり見かけないし、ランクも低いんじゃないの? ここはBランク冒険者のヨークさんに教えてもらったことにお礼を言って、あなたたちは後ろに下がりなさい」


 マリシアと呼ばれた受付嬢のナナメ上の返しに、僕は思わず開いた口が塞がらなくなってしまう。


「ちょっと、アンタ。そこの毛むくじゃらの男がBランクだかなんだか知らないけど、主様より強いわけないんだから言うことなんて聞くんじゃないわよ」


「そもそも、順番待ちをしているのだからそれを守るべきです。そしてあなたは、それを戒めるべき立場の人間でしょう? あなたのやっていることは、ただの職務怠慢てす」


 呆気にとられる僕に代わって、リリスとアンジェが抗議してくれた。

 2人ともかなり抑えめに言ってるみたいだけど、その表情は明らかに怒りを物語ってる。


「この俺より強いだぁ? ……お前たちのランクは?」


「全員Fランクですけど」


「初心者の集まりじゃねーかッ!!」


 そんなこと言ったってしょうがないじゃないか。

 実際4人の内3人はその通りだし、残りの1人にいたってはライセンス1回失効してるし。


「それはそうですけど……でもアンジェ――彼女の言う通り、ギルド的には順番よりランクが優先なんですか? ハイドニアではそんな話聞いたことないですけど」


「めんどくさいな〜……」


 めんどくさい!?

 ふぬぬ……ッ、この受付嬢、ちょっとかわいいからって適当過ぎる!


「あのね、ギルドがーとかの話じゃなくてさぁ、新米のペーペーなんだからBランクを敬って譲りなよって言ってるの〜。ヨークさんたちはあなたたちと違って、とっても大変なBランクの依頼をこなしてきたんだよ? 普通わかるでしょそれくらいさ〜」


「さっすがマリシアちゃん、よくわかってるねぇ。コレでわかったろ、ビギナーども。俺たちに意見すらならネオンの兄貴くらいになってから言えよ。いいな?」


 2人は話は終わったとばかりに受付をしようとするが、


「え、ネオン? 今どこにいるの?」


 目的の名前が思わぬ形で出てきた。

 このヨークに兄貴とまで言わせるってことは、本当にネオンは一目置かれる存在なんだろうなぁ。


「あぁ? なんで俺がそんなことお前に教えなきゃいけねーんだよ。てか、俺の言ってることわかってんのかよ、お前」


「あ〜はいはい、そういうことね」


 受付嬢が僕たち4人を順番に冷たい目で見て、なにかを納得した。


「初心者の女4人組――要するに、ネオンさんの女にでもしてもらおうって魂胆でしょ? いるいる、そういうの。ほんと迷惑だわ〜」


「んなっ!?」


「……はい?」


「……なんですって?」


 受付嬢の勝手な憶測に、僕とアンジェとリリスが一様に反応した。


「だから〜、あなたたちみたいな擦り寄ってくる女はたくさんいるんだって。そんなに男に相手して欲しければ、冒険者なんかやめて娼館にでも行けばいいじゃないの」


「マリシアちゃんエッグいなぁ。でもまあそういうことなら、ネオンの兄貴じゃなくてもBランクの俺たちが相手してやるって。なあ?」


 ヨークがそう言うと、後ろにいた仲間の男たちは下卑た笑みを浮かべ、


「おう、そうだな! いい女ばっかりだし、4人同士で数もちょうどいいぜ。俺はその胸のでかい女がいいなぁ」


「お、じゃあ俺はこっちの獣人の女の子に相手してもらおうかなぁ」


「お前って図体デカいくせに、女はほんと小っさいのが好きだよなぁ。んじゃ、俺っちは銀髪のメイドをもらってくぜ」


 と、次々に僕の仲間たちを勝手に指名していった。

 あまりの展開に脳の処理が追いつかない……一体こいつらはどういうつもりなんだ?

 そして最後は――、


「んだよ、俺もちびっこいのじゃねえか。まあ、育て甲斐はあるか……俺好みにしてやるよ」


 ヨークが舌舐めずりをして僕を見た。


 ――ぁぁあああ、キモいキモいキモいキモいキモい――ッ!!


 女の子になってからというもの こういうのばっかりな気がする!

 いい加減僕もみんなも我慢の限界を迎えたところで、


「――た、大変だ! スタンピードだ――ッ!!」


 1人の冒険者が転がるように飛び込んできて、ギルド中に響き渡る声でそう叫んだのだった。

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