番外編4.深夜のお茶会

「さて、始末はどちらがつけましょうか?」


 ソーコたちがハウスを後にして数日後、掃除をしているカミラにセバスが何気なく問いかけてきた。


『情報だけ手に入ればもう

 用なしよ。主様はお優しいから、代わりにあなたたちがあの男どもを十分に懲らしめて――』


「あの男どもを『消す』ことについてですか?」


「ええ、そうです」


 2人はリリスからそう命令されていた。

 1度だけでなく2度までも主を貶めようとし、さらには大切なものまで傷つけた男たちを許すつもりはなく、優しい主に代わって汚れ役となることをリリスは選んだ。

 ただし、リリスはソーコとともに街を離れてしまうので、セバスとカミラに任せることにした。


「私はどちらでも構いませんが……そうですね、私がやりましょう」


「わかりました。なにか私に手伝うことはありますか?」


「いえ、とくにないです。あ、でも――」


 カミラは思い出したように掌を合わせ、


「きっと夜遅くに帰って来ることになりますから、紅茶の用意をしてもらえると嬉しいです。私よりセバスのほうが紅茶を淹れるのが上手ですから」


「はは、かしこまりました。おいしい紅茶を用意しておきましょう」


 セバスの言葉に、カミラは満足そうに頷いた。



 ◆◇◆



 ――ハイドニア収容所 深夜


 カミラはコウモリに変身し、犯罪者たちを管理する収容所周辺を

 飛び回って警備を確認していた。

 暗闇に紛れた彼女は気づかれることなく、万が一気づかれたとしてもコウモリ姿の彼女を気に留める者などいるわけないので、悠々とした気持ちで飛んでいた。


 ――警備の人数はそんなにいませんね。隙を見て侵入してしまいましょう。


 カミラは警備の視界に入らぬよう気をつけ、一瞬の隙を見て建物内へ入った。

 収容所内は薄暗く、巡回する警備兵も少なかった。


 ――慌てる必要もないので、ゆっくり確実に、見つからないように対象を探し出しましょう。


 コウモリ姿のまま天井スレスレを飛んで探しつつ、警備兵が近付いてきたときは暗い場所に紛れて吊るさって警備の目をすり抜けた。


「――おい、あの房にいるエルフ、まだ正気に戻らないのか?」


「あぁ、ありゃダメだな。完全に狂っちまってるよ」


 カミラが探していると、通路の先からそんな会話が聞こえてきた。

 2人の警備兵が立ち話をしていたので、カミラはその会話を盗み聞きすることにした。


「事情聴取しようとしたけど、こっちの言ってることもわかってないし、あっちの言ってることも意味不明だとよ。あんなんじゃ奴隷にもできないし、死刑にするしかないかもな」


「へー、よっぽど薬師の冒険者たちに痛めつけられたのかね。そういえば、もう1人いたBランク冒険者のやつはどうなんだ?」


「あぁ、アイツはなってないからな、徹底的に拷問と魔道具でもう1人の分まで喋らせてるぜ。にしても、アイツも死ぬまで奴隷か死刑だな。これまで裏で相当酷ぇ事してきたらしいぞ」


「Bランクなら一生安泰だろうし、それを自分から捨てるだなんてバカな奴だなぁ」


 ――どうやら対象の話のようですね。この先にいるかもしれません。移動するまで待ちましょう。


 その後も警備兵はしばらく雑談し、


「お、そろそろ戻ろうぜ。今夜は美味い酒があるらしいからな」


「ほんとかよ!? 先に言ってくれよ、飲まれちまうぞ」


 2人は天井にぶら下がってるカミラに気づくこともなく、早足で行ってしまった。


「……こんな警備で問題ないんですかね。私にとってはありがたいですが」


 カミラは2人がいた先の通路を進んでいく。


「――!」


 周りに警備兵がいないことを確認し、カミラは人型の姿へ戻った。


 ――血の匂い……。


 カミラは警戒度を1段上げた。


 ――この先から強い匂いがしますね。


 吸血鬼である彼女は血の匂いに敏感で、これが出血の匂いとは思えなかった。

 強い血の匂いのする房の前で足を止め中を見てみると、


「――っ!」


 血だらけで絶命している男の姿があった。


 ――この男は、たしか『ダン』とか呼ばれていた男ですね。……表情からして、相当な苦痛を与えられて殺されたようですね。


 カミラは冷静に分析し、


「――うぅ……ぁあぁああ! ぅ……うう……」


 通路の奥のほうから聞いたことのあるうめき声が聞こえた。


 ――リリス様が《悪夢強襲ナイトメア》をかけたエルフの声……こちらはまだ生きてるようですね。


 ゆっくりをとって奥の房に向かって歩く。

 隠す気も一切ない、明確な殺意がそちらから感じられたのだ。


「――あんたはどちらさん?」


 鍵の開いた房の中には、見覚えのあるエルフともう知らない1人エルフがいた。


「とくに名乗るほどの者ではないですが……私はカミラと申します。あなたは?」


「俺は……ま、これから死ぬやつに名乗る必要もないかな」


 男の言動にカミラは眉を顰めた。


 ――礼儀がなってませんね。


「あんた……カミラさんの目的はコイツかい?」


「ええ、まぁそうですが……。もう1人の男はあなたが?」


「ああ、そうだよ。悪いけどコイツも渡せないなぁ。殺さないといけないし、申し訳ないけどあんたにも消えてもらわないといけない」


「困りましたね、あの男は情報源だったんですけどね……。この男を消すことについては同意しますが、私を消すということには同意できませんね」


 ――先手必勝ですね。


 カミラは手を前に突き出し、


「《闇夜の爪ナイトクロウ》」


 爪が剣のように伸びて男を襲った。


「――くっ!」


 だがそれは間一髪で躱され、僅かに男の頬を傷つけるにとどまった。


「おいおい、なんかおかしいと思ったら……カミラさん、あんた人間じゃないのかよ」


「ええ、吸血鬼ですので――」


 カミラは爪を自由に伸び縮みさせ、剣のように振るって攻撃を繰り出した。


 ――軽薄な男……このスキルはリリス様と同じスキル。こんな男に遅れを取るわけがない。


「――シッ!」


「ぐっ――ちょ、ちょっと……待てっ……て! 《――土壁ストーンウォール》!」


 男は土属性の中級魔法で凌ごうとするも、


「――ぐはっ!」


 カミラの《闇夜の爪ナイトクロウ》はそれを切り裂き、男にもダメージを与えた。


「クソがッ、冗談じゃねぇ……! こんなの聞いてねぇぞ!?」


 男が戸惑っているのをチャンスと捉え、カミラは攻撃の手を緩めず続けた。


「ぐあ――ッ! ……はぁ……はぁ……こんなのまともに相手してらんねぇ! ――《閃光フラッシュ》!!」


「――っ!」


 眩い光がカミラの目に飛び込んできた。


 ――しまった!


「さっさと目的だけ達して逃げさせてもらうぜ――フンッ!」


「――ゴフッ……」


 ゴキッと音が鳴ると同時にくぐもった声が聞こえた。

 カミラは未だ視力は回復しないが、恐らく男が同族のエルフの始末をしたのだろうと判断した。


「やられっぱなしってもの癪なんでね――《風斬エアカッター》」


「――!」


 目は見えないがヤバいと思ったカミラは、弾かれたように横っ飛びをした。


「ッ!」


「ちっ……おいおい、まだ目見えてないのにかすり傷だけかよ。まぁいい、俺の役目は終えたしな。あばよ、カミラさん」


「待ちなさい――!」


 カミラは《闇夜の爪ナイトクロウ》で闇雲に腕を振るうも手応えはなく、


「……逃げられましたか」


 ようやく回復した視界に映るのは、もう苦しむことのなくなったヤンと、自分の攻撃によってそこら中についた爪痕だけだった。


「――おい! 奥のほうから聞こえたぞ!」


 警備兵の声が遠くに聞こえた。


 ――情報は引き出せませんでしたか……残念ですがしかたありませんね。


 カミラは傷付いた頬を指で触る。

 指には血がついており――、


「……ふふ、いずれお返ししないといけませんね」


 妖しく微笑み、それを舐めた。


「さて、帰りましょうか」


 カミラは再び闇に溶け込み、ハウスへ戻るのだった。



 ◆◇◆



「おや、お帰りなさいませ。ん? その傷は……」


「ええ、実は――」


 頬の傷からはすでに血は出ていなかったが、セバスにはすぐに気付かれた。

 カミラは隠すことなく、今夜の出来事をセバスに説明した。


「なるほど、そんな事が……」


「ええ。同じ耳長族でしたので、恐らく口封じでしょう。情報を引き出すこともできなかったですし、リリス様からのお叱りは私1人で受けます」


「いえ、リリス様からは私たち2人に命令されたわけですから、カミラだけというわけにもいきません。そもそも、リリス様は許してくれると思いますよ? さすがに死んでいたのならばどうしようもありませんし」


「それは私たちがすぐに行動を起こしていれば回避できたこと。叱責を受けて然るべきことだと考えています。それに、もう1人のエルフに逃げられましたし……」


 カミラは自分を情けなく思う気持ちと、リリスに失望される悲しさで胸が苦しくなる。


「――さ、どうぞ」


「――ぁ」


 セバスが紅茶を目の前に置いた。

 淹れたばかりの紅茶からは、なんとも安らぐ香りが漂っていた。


「叱責を受けるのなら、私も同じですよ。今は考えてもしかたありません。ひとまず、おつかれ様でした。さあ、冷めないうちに」


 セバスに促され、カミラはカップを持ち上げ口をつける。


「……やはり、セバスの淹れる紅茶は美味しいですね。気持ちが落ち着きます。リリス様にお話するときには、この紅茶を淹れてくださいね?」


「ハハハ、わかりました。ええ、そうしましょう」


 カミラがカップを掲げると、セバスは笑いながら紅茶を淹れるのだった。

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