番外編3.ある日の午後
「――なるほどなぁ、そんな事があったのか」
「はい……」
今日、僕は衛兵の詰所でこの間の『リーリ誘拐事件』の事情聴取を受けていた。
担当してくれたのは、女将さんとも話していた衛兵のおっさん――トリルさんだ。
あの時の事情も知っているからか、かなり優しく話を聞いてくれた。
「まあ、大筋の話はわかった。あの時、嬢ちゃんが探しに行くって言って、ほんとに解決しちまうとはなぁ。――あの時はすまなかったな。力になってやれなくて」
トリルさんは自嘲気味に笑った。
「……しかたないですよ。女将さんもわかってくれてるとは思います」
あっちの世界みたいに警察組織が発達してるわけじゃないし、どうしたって平民に人数を割けないのはわかってる。
だからあの時に誰もこのトリルさんを非難しなかったわけだし。
「そう言ってくれると助かるよ。あの子、『笑福亭』の看板娘なんだろ?」
「はい、僕が薬師だったので間違って攫われたみたいですね」
「らしいな。実は昨日、奴等のハウスに踏み込んだんだがな……まあ酷い有り様だったよ。嬢ちゃんもほんとに攫われなくてよかったな」
具体的にはぼかされたけど、要するに薬漬けにしてポーションを作らされていた薬師が数人いたみたいだ。
ほんとに酷い話だ。
「でも、なんでそんな事してたんですか?」
「それに関してはこれからもっと拷問するけどな、どうせ大方金のためだろうよ」
おぅふ……するんだ、拷問。
まあそりゃこんだけの事しでかしてるんだから、全容解明のために何でもするのかな。
「そ、そうなんですね。――あ、そういえば……捕まえた中に脚を失っちゃった人っています……?」
僕が恐る恐る尋ねると、
「あー、そんなやつもいたな。芋虫みたい動いてて傑作だったぞあれは。もしかしてあれも嬢ちゃんがやったのか?」
トリルさんは愉快そうに笑ってるけど、どういう神経してるんだこの人は。
いやまあ、やったのは僕だけどさ!
「うっ……はい……」
「おいおい、なんでそんな落ち込んでるんだ。悪人を返り討ちにしただけだろ? 善人の脚をいきなりぶった斬ったわけでもないし、俺は良くやったなって褒めたいくらいだぞ」
トリルさんがそうは言うけど、それは異世界の感性の違いかねぇ……僕にはちょっと。
「あ、ありがとうございます」
とりあえず、お礼だけは言っておこう。
「ああ。さて、こんなところで十分かな。犯罪組織を壊滅させた英雄をあまり引き留めちゃ悪いしな」
「英雄だなんてそんな……」
「いんや、しっかりと礼を言わせてくれ。――本当にありがとう。衛兵を代表して感謝する」
そう言って、トリルさんは深くお辞儀した。
「あの、顔を上げてください! わかりましたからっ!」
僕よりもずっと年上な人に、ここまでされるのはさすがに居心地が悪い。
あわあわしている僕にトリルさんは顔を上げて、
「いつでも入隊を歓迎するぞ、英雄殿」
満面の笑顔で
◆◇◆
「みんなお待たせ。僕が一番最後だったみたいだね」
一応、あの場にいた者は全員聴き取りするということで、みんなそれぞれ事情聴取されていた。
ダンやゴロツキ共を倒した件もあったから、僕が一番遅くなっちゃったみたいだ。
「それじゃあ、次は商人ギルドのギルド長に会いに行こうか。すっかり後回しになっちゃったけど」
リリスとフェルが初めて依頼をこなした日、今回の事件があったから、結局その日は商人ギルドに行くことはできなかった。
フェルの借金に関することだし、ちゃんとケリを付けなきゃね。
「あの……フェルが1人で行ってきますっ。これ以上みなさんにご迷惑は……ソーコさんたちはハウスで待っていてください」
フェルが申し訳なさそうに言うけど、
「いや、みんなで行こう。迷惑なんてことないよ。今回の事情とかセシールたちのこととか、僕たちも証言できるかもしれないし……ね、フェル」
「あ、ありがとうございます!」
フェル1人だけだと心細いだろうし、お金のこともあるから1人で抱え込まないようにしないとね。
商人ギルドに到着すると、いつものようにアリーさんの受付に並ぶ。
「こんにちは、みなさん」
「こんにちは、アリーさん。ギルド長はいらっしゃいますか?」
「申し訳ありません、今は商談中でして……フェルさんのことですよね?」
アリーさんがフェルに向かって柔らかく微笑む。
「は、はい! フェルの……その、借金のことについてなんです……」
恥ずかしそうに俯くフェル。
僕はフェルの頭をよしよしと撫で、
「ギルド長からお話があると、昨日、冒険者ギルドのマスターから伺いました。時間を改めたほうがいいですかね?」
「そうですね……申し訳ありません、また午後に来ていただけますか? その頃にはもう終わってると思いますので」
「わかりました。では後ほど」
商談中ならしょうがないね。
1度ハウスに戻って、ご飯を済ましてからまた来よっかな。
僕たちは商人ギルドをあとにし、ハウスへ戻った。
「――そうだ、せっかくだしフェルの武器を強化しようか!」
「え!?」
時間もあることだし、今回のようなことがフェルに起きないとも限らないからね。
武器が強い分には問題ないし。
「でも、ソーコさんから譲っていただいたこの『タンタルのダガー』って、
「チッチッチッ、フェルくん、それは違うのだよ。装備というものはね、限界まで強化するのがゲーマーの醍醐味なのさ!」
「げ、げーまぁですか?」
フェルはよくわかってないっぽいけど、未強化の武器なんてダメだよね。
ちゃんと僕が強化してあげなきゃ――!
「大丈夫、僕に任せておいて。最大まで強化してみせるから、フッ……」
僕はフェルからダガーを受け取り、
「えーと、『金鎚』と『魔石』を用意して……魔石は最初は下級でいいね。それじゃ――《
魔石は跡形もなく消え、
「――お、とりあえず1回目は成功っと」
ダガーが1度発光し、それが一段ともう1度大きく輝いた。
これが失敗すると、1度目の発光のあとにそのまま消えていってしまうのだ。
これでこの武器は「+1」となって、強化レベルが上がったのだ。
これを最大「+9」までできるんだけど……。
「ありゃ!?」
2回目はまさかの失敗。
そして強化は
――そう、《
この強化の成功は確率になっていて、「+」が増えれば増えるほどその確率は低くなる。
でも、使用する『金鎚』や『魔石』のランクによって、その確率が上昇する仕組みになってるので、考えて魔石を使っていかなければいけないのだ。
「ぐぬぬ、さすがに『+2』で失敗するとは思わなかったなぁ……。しょうがない、もう1回初めからだ」
でも、僕にはまだまだ大量の魔石がある。
いいさ、僕の圧倒的な
◆◇◆
「では、こちらでお待ちください」
アリーさんはそう言い残し、部屋を出ていった。
「はぁ……」
僕は今、商人ギルドのギルド長室にいた。
ギルド長は少し離席しているようなので、アリーさんが先に部屋に通してくれたのだ。
「ソ、ソーコさん、フェルはすっっごく満足してます! 『+7』でも十分すごいてす!」
「でもなぁ……あとちょっとなんだよなぁ……もう1回だけ――」
「ダメですよ、ソーコ様」
「ダメですわ、主様」
「ダメです、ソーコさん」
「……はい」
あの後「+7」からが鬼門で、必ずそこで強化が剥がれてしまった。
僕が夢中になってやってるのを最初はみんな眺めてるだけだったけど、最終的にはみんなに止められてしまった。
正直あんまり覚えてないけど、なにかに取り憑かれたみたいに『来い来い来い来い来い来い来い』って言いながら魔石をガツガツ割ってたみたいだ。
……うん、反省。
「すまないな、待たせてしまって――ん? どうかしたかね?」
ギルド長が僕たちの様子を見て、不思議そうな顔を浮かべた。
「い、いえ、なんでもありません」
「ん、そうか。ては早速だが――フェル殿」
「ひゃい!」
ギルド長に名前を呼ばれたフェルは、背筋を伸ばして返事をした。
声も裏返ってるし、緊張度マックスって感じだな。
「ハハッ、安心してくれ。借金についてだがね、もう返済する必要はないよ」
「え!? 全部お返しできたんでしょうか!?」
フェルが目をまん丸くして驚いた。
まさか完済してるなんて思わなかったんだろう。
僕も思わなかったし、セシールってもしかして意外とそういうとこは律儀だったとか?
「いや、正確にはだな――」
ギルド長の説明では、そもそも返す先がないということらしい。
なぜなら、借りたところとセシールのホーム、この2つは繋がっていたそうだ。
というか、ほぼ同じといっていいらしい。
セシールの事があって本格的に調査が入り、こうやってフェルみたいに型に嵌められ、こき使われてた人が何人もいたみたいだ。
「そういうわけで、全員奴隷落ちしてしまったからな、フェル殿はもう借金のことを気にする必要はないということだね。おめでとう」
「あ、ありがとうございますっ!!」
「いやいや、私は何もしてないからね。そうだな……礼なら君を救ってくれたソーコ殿に言うのが1番だろう」
「へ?」
今度は僕が裏返ってしまった。
「ソーコさん、本当に……ありがとうございます!!」
「いや、僕は借金については別に何も……」
「そんなことありません! ソーコさんがいなかったら、きっとフェルはまだ苦しくて辛い思いをしていたと思います。それに、他にもフェルみたいに、助けられた人が大勢いるはずです。ソーコさんが何もしてないわけないんです」
フェルが力強い瞳と声で断言した。
最初に出会った頃とはまるで違うなぁ。
そう考えると、少しは僕も彼女にとっていい方向に進めるように、貢献することができたかもしれない。
「だから、フェルはこれからいっぱいソーコさんに恩返ししたいんです! 受け取って……くれますか?」
「フェル……」
上目遣いで不安そうに聞いてくるフェル。
彼女にとって、それがいい方向に進むことなら、僕の答えは決まってる。
「もちろん! これからもよろしく!」
フェルは、花が咲いたように笑った。
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