44.楽しみな旅路

「チヨメが見つかったの!?」


 僕は思わずガタッと音を立てて立ち上がり、セバスに聞き直した。


「はっ、あいえ、噂程度になるのですが……」


 セバスが説明するには、チヨメがというより、アルゴン帝国に『影』なる諜報部隊があるらしい。

 それは最近できたもので、そこにチヨメがいるのではという話だった。


「元より、アルゴン帝国にもこのボロン王国にもそういった諜報活動を行う組織はあるのですが、その『影』なる諜報部隊は既存の組織とは別に創設された、少々謎に包まれた組織なようです」


「うーん……? それだと、そこにチヨメがいるってことにはならない気もするけど……。それに、チヨメってそういう組織に所属するような性格もしてないと思うけど」


 そもそもアンジェの話だと、彼女たちサポーターは僕のことを探しているそうだから、国と国の争いに巻き込まれそうなところにわざわざ行かないと思うんだよねぇ。


「たしかに確固たるものは何もないのですが……。その組織は相当に高い評価を得ているそうでして、噂になるのですが――その組織のトップが少女であるとか……。そういったことがもっとも得意だったのがチヨメ様ということもあり、そういう推測をと愚考いたしました」


 セバスが慇懃に頭を下げる。

 まあ、たしかにチヨメの主戦場はそういうところかもしれないし、少女ってところもたしかに気にはなる。

 でもなあ……。


「うーん、それじゃあ行くだけ行ってみる? もし空振りだったとしても、また探せばいいだけだしね。あーでも、諜報部隊なんてやってたらそう簡単に接触できないかなぁ?」


「いえ、それ以前に今はアルゴン帝国に行くことが難しいかと思われます」


「え、なんで?」


 AOLでは国と国の行き来に制限なんてなかったけど、ここではなにか違うのかな。

 僕がそう考えていると、


「ボロン王国とアルゴン帝国は以前より小競り合いがある国同士だったのですが、最近以前にも増してアルゴン帝国によるが酷くなっているようでして……」


 セバスの言う「ちょっかい」とは、実際のところ結構エグい話だった。

 国境近くの村や商人、旅人など、国の者とバレないように襲ったりしていたらしい。

 結局、野盗にしては手際が良すぎるからボロン王国にはアルゴン帝国の兵士の仕業だってバレバレらしいけど、証拠もないから批判と往来の制限程度しかできないらしい。

 そういった事情もあって、ただの冒険者程度ではアルゴン帝国に行くことも難しいようだ。

 まったくもって迷惑な話だね。


「そう、今はそんなことになってるんだね。じゃあまずはへリニアに行って、ネオンに会おうかな」


 その『影』っていう組織のことは気になるけど、へリニアならすぐだし、まずはネオンに会ってからまた考えてみよう。


「かしこまりました。アルゴン帝国に行ける方法を探ってみます」


 セバスはそう言って下がった。

 そうと決まれば、まずはアリーさんとエリーさんに挨拶をしに行こうかな。

 あっそうだ。どうせなら2人を誘って、旅立つ前にまた『笑福亭』でリーリも一緒にご飯を食べよう。

 朝ごはんを食べ終えると、僕たちはまず商人ギルドへ向かうことにした。

 しばらく帰って来れないかもしれないから、少し多めにポーションを納品しておこうと思う。

  商人ギルドに入り、いつものようにアリーさんのいる受付に並ぶ。


「こんにちは、みなさん」


「こんにちは、アリーさん。今日はちょっとお話があるんですけど……」


「かしこまりました。では個室にご案内しますね。こちらへどうぞ」


 アリーさんに促され、僕たちは応接室に通された。


「それで、どうされたんですか?」


「はい、実は明日この街を立とうと思うんです」


「えっ!?」


 アリーさんが驚いて固まってしまった。

 おっと、この言い方だともう帰ってこないみたいなニュアンスにも聞こえちゃうな。


「あ、すみません。街を立つとは言っても、ちゃんと戻ってきますから安心してください。隣街のへリニアに僕たちの仲間がいるみたいなんです。だからちょっとそこまで迎えに行ってこようかなって」 


 アリーさんはあからさまにほっとした様子で、


「そうだったんですね。よかったです、ほんとに。てっきり、もうこの街が嫌になって、出て行きたくなっちゃったのかなって思いました。正直、心臓が止まっちゃうほど焦りました」


 と、安堵のため息をついて微笑んだ。


「さすがに家も買ったばかりですし、僕はアリーさんやエリーさん、リーリのいるこの街が大好きですからね。だからこれからもここを拠点にするつもりですよ。今日は、しばらくこの街を離れるかもしれないからそのご報告と、ポーションの納品に来ました」


 そう言って、僕はヒールポーションをいくつかテーブルに並べた。

 おまけでエンハンスポーションもつけちゃおう。


「わっ、エンハンスポーションまでありがとうございます」


「最下級ですけどね。しばらくいなくなっちゃうのでおまけです」


 最下級なら市場にもたくさん出回ってるから、変に目立つこともないしね。


「あ、それと、もしよかったら街を出る前にまたみんなでご飯を食べませんか?」


「いいですね! ぜひご一緒させてください。エリーも誘っていいですか?」


「はい、もちろんです。これからエリーさんのところにも行って誘おうかなって」


「それでしたら私が伝えておきますので、あとでお店に一緒に行きますね」


「ありがとうございます。では、お願いします。後ほど『笑福亭』で!」


 僕はエリーさんにそう告げ、商人ギルドを出た。

 しばらくハウスを空けることになるから、みんなでのんびり過ごすことに決め、夕食の時間近くに『笑福亭』へと向かった。


「あっ、ソーコお姉ちゃんたちだ! いらっしゃーい!」


「や、リーリ。また来たよ!」


 今日も元気な看板娘に挨拶をし、美人姉妹が座るテーブルに案内してもらう。

 たくさんのおいしい料理を並べてもらい、時間が許す限りその場を楽しんだ。



 ◆◇◆



「それじゃあ、行ってくるね。セバス、カミラ、悪いけど留守番お願いね」


「ハウスのことはおまかせください、主様」


「かしこまりました、主様。お気をつけていってらっしゃいませ」


 さすがに誰もいないってのはちょっとマズイかもということで、今回はセバスとカミラにハウスのことを任せることにした。

 2人には何かお土産買ってきてあげなきゃね。


「ありがとう。――それじゃあ、へリニアに出発しよう!」


「はい、ソーコ様。道中、身の回りのお世話は私にお任せを」


「雑用はフェルが頑張ります!」


「あら、じゃあ私は主様を癒やすことに努めますわ」


「リリス! あなたはそうやってすぐに――」


「はいはい、行くよー!」


 彼女たちと一緒なら、きっと楽しい旅路になるだろうと期待に胸を膨らませ、僕は頬を緩めた。

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