46.スタンピード

『スタンピード』とは、本来ならダンジョンにいる魔物が外に溢れ出てきてしまうことだ。

 もちろんAOLにもあったけど、AOLの場合はするというものだった。

 そして、それを討伐してクエスト達成になるんだけど、この世界では自然に発生するもののようだ。


 ――まあ、AOLはゲームだったからそれがトリガーになってただけだし、それが当たり前なのかな。


 さっきまで騒々しかったギルドの中は、飛び込んできた男の声ですっかり静まり返っていた。

 その男は息を切らしながら続けて、


「はあ……はあ……とんでもない量の魔物が溢れてきやがった……っ! ゴブリンにオーク……それにオーガなんてものもいやがった! 早くAランク冒険者のネオンを呼んできてくれ!」


 男は一気に捲し立てると、その場にうずくまってしまった。

 危険を知らせるために、よっぽど急いで来たんだろう。

 ていうか、ネオンってAランクなんだ!

 こんな時にも名前が出るくらいだし、よっぽど信頼されてるんだなぁ……うーん、ちょっと嬉しいね。


「ちょちょ、ちょっとそれ本当なんですかぁ? あなたEランク冒険者でしょ? 嘘だったら冗談じゃ済まされませんよ〜?」


 僕がネオンの活躍にしみじみと感動していると、受付嬢のマリシアがうずくまっている男に冗談めかして問いかけた。

  でも、その頬は引き攣っていてうまく笑えていないように見える。


「そ、そうだぞ、お前! スタンピードなんて、この街じゃもう100年以上起きてないんだ。もしそれが本当なら……兄貴のいない俺たちじゃどうしようもできねーんだぞ?」


 ヨークは、さっきまでの威圧感なんてまるで感じられない様子で狼狽えている。

 そういえば、ここのダンジョンって街の中心にあるはずだから、このギルドから近いんじゃない?

 急いで対応しないと、ここもかなり危ないんじゃ――。


「冒険者のみなさん、静粛に!! ギルドマスター不在のため、代わりにサブギルドマスターの私――セレンが指揮を取らせていただきます!」


 凛とした声のほうを見ると、長い金髪をなびかせた碧眼の美人がそこにいた。

 この人がへリニアの冒険者ギルドサブマスターなのか。

 かなり若く見えるけど、相当な実力者かもしれない。

 セレンさんの声に、にわかに騒がしくなったギルドの中が再び静かになった。


「緊急クエストを発令します! 現時点でへリニアにいる全冒険者は、直ちに魔物の討伐に向かってください。報酬は参加報酬として金貨2枚、それとは別に討伐した魔物と数によってもお支払います! これは冒険者資格のある者は全員参加です。街を守るために、今すぐ向かってください!」


 セレンさんが大きな声で呼び掛けても、なぜか誰も動こうとしない。

 金貨2枚なら20万ストだし、結構オイシイと思うんだけどな。

 それにインセンティブまで付けてくれる良心さ、これは僕も参加するべきか。


「さあ、早く! ギルド職員も冒険者資格を持っているものは参加してください。 冒険者資格のないものは、街の住人を安全な場所に誘導してくださ――」


「――ふっっざけんじゃねーよッ!!」


 セレンの発言を遮る声の出処を見ると――そこには恐ろしい剣幕のマリシアがいた。


「私に死ねっていうのかよ!? そんなに戦いたいなら、アンタ1人で戦ってろよバーカ! 私は、こんっなところで命を懸けるためにギルド職員になったんじゃないの。いい優良物件おとこと出会うために、わざわざ厳しい試験を突破したんだから!!」


「なっ……あなたそんなつもりでギルド職員になったの!?」


「はぁ? 当たり前でしょ。そうでもなきゃ、こんなところでうだつの上がらない低ランク冒険者の相手なんてするわけないだろ。私は住民がどうなろうと知ったことじゃないし、逃げるからね」


 マリシアは鬼の形相でそう言い捨てて、ギルドから出て行ってしまった。

 凄まじい豹変ぶりに、残された者たちは一様に呆気に取られた顔をしていた。


「くっ、ギルド職員が我先に逃げ出すだなんてなんたる恥……ッ! ――冒険者の皆さん、今はとにかく時間がありません。魔物の討伐に向かいますので私についてきてください!」


「お、おい、あの受付嬢は逃げたっていうのに、俺たちには戦えって言うのかよ!?」


「彼女は後で罰を受けることになるでしょう。あなたもそうなりたいですか?」


「ぐ……」


 セレンさんの言葉に、男は黙り込んでしまった。


「クソ……ッ! こうなったらやるしかねえ。俺はネオンの兄貴と約束したんだ。留守の間、この街を守ってくれってな。行くぞ お前ら! お前らだってこの街に家族がいるだろうが!」


 腹を決めたのか、ヨークが全員に発破をかけた。

 てか、さっきまで僕たちに対してふざけたことを言ってたやつとは同じに見えないんだけど……。

 だけど効果はあったみたいで、


「……そうだ。俺にはこの街で暮らす家族がいるんだ」


「ああ、俺たちでこの街を守らなくちゃな――!」


 冒険者たちに火がつき、セレンとヨークを筆頭にギルドから飛び出して行った。


「――おっと、こうしちゃいられない。よし、僕たちもお金稼ぎに行こう!」


「そうですね、街を守りに――え? お金稼ぎ?」


 フェルがちょっと戸惑った顔をしてるけど、早く行かないと獲物を全部取られちゃうかもしれない。

 僕たちもギルドを出て、ダンジョンのある方向へ急いで向かった。


「――オラァッ!」


「あ、ありがとうございます!」


 ギルドからダンジョンへ向かう途中、すでに魔物がそこら中にいた。

 冒険者は協力し合って、なんとか住人を守ってるみたいだ。


「僕たちはダンジョンまでこのまま行っちゃおう。きっともっといい獲物がいるだろうしね!」


「いい獲物……ですか?」


「うん! きっといいお金になるんじゃないかなぁ。フェルも経験値稼ぎにたくさん倒そうね!」


「は、はい」


 僕たちはとりあえず途中の魔物は他の冒険者にまかせ、ダンジョンの入口に向かった。

 ダンジョンの近くまで来ると、


「おお! やっぱりここが1番の稼ぎ場だね。うん、狙い通りだ!」


 わさわさとダンジョンの入口から魔物が出てきており、多くの冒険者が対処にあたっていた。

 その中には、セレンさんやヨークのパーティーもいた。

 うーん、みんないい感じに稼いでるな……これは僕たちもうかうかしてられないぞ!


「僕たちもさっそく――」


「グオオォォォォ――――ッッ!!!」


 双剣を手に獲物を狩ろうとすると、ダンジョンの入口からゾロゾロとオーガが溢れ出してきた。


「おい、嘘だろ……」


「多すぎる……こんなの無理だ……」


「ただでさえ疲労の限界だってのに……クソっ!」


 僕が大量のオーガを見て「これもいいお金になるぞ――!」と目を輝かせていると、


「――オラァッ!!」


「あ、兄貴!!」


「おう! 待たせたな!」


 突如現れたネオンが、獲物オーガの1匹を殴り飛ばしたのだった。


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