41.悪夢と永遠に

 このエルフ……名前は忘れたけど、僕とアンジェをホームに勧誘してきたエルフだ。

 AOLのエルフのイメージがあったから嫌な印象だったけど、


「はぁぁ……ダンさん、また失敗ですか? 所詮はスラムの住人ですねぇ。あなたが捕まってどうするんですか、まったく」


 うん、嫌な奴で間違いないね。


「ヤン! テメェ……!」


 ああ、ヤンとかいう名前だったね、そうだったそうだった。

 ヤンとダンか……紛らわしい名前同士、何か惹かれるものでもあるのかね?

 まあこの2人が顔見知りってことは、結託してたってことで間違いなさそうかな。


「あんた確か、『ルーザーズ』? とかいうホームのマスターだっけ」


「……『ルーラーズ』ですよ」


「あ、それそれ! ごめんごめん」


 おっといけない……名前間違いとか一番良くないからね。

 あー、リーリが無事そうなのを確認できたら、少し心に余裕出てきた。

 さっきまでは、自分とは思えないくらい怒りで我を忘れて……あんな経験初めてだ。

 よく考えたら脚斬るとかヤバイよね……僕が捕まるとかないよね?

 ……後で一応ポーション飲ませようかな。

 でもそれよりも、今はまずリーリだ。

 すぐにここから助け出して、女将さんに会わせてあげるからね。


「あんたのホーム、すっごい評判悪いよ?」


「これはこれは、ご忠告ありがとうございます。ですがね、あなたも入るのですよ? 私のホームにね」


「どういう理屈でそうなるの……キモッ」


 僕が心底キモい気持ちを全面に押し出した表情をすると、ヤンのこめかみに青筋が浮かんできた。

 こんな美少女に罵倒されるだなんて、ある界隈ではご褒美のはずなんだけどなぁ。


「理屈……ですか。ええ、いいでしょう。教えて差し上げま――」


「え、いいよキモいし」


「――その言葉遣いをやめろッ!!」


 ヤンがいきなりキレた。

 急に大きい声出すの、ビクッてするからほんとやめて欲しい。


「ガキがッ! ……調子に乗らないでくださいよ。ここに人質がいるのをお忘れですか? あなたのような世間知らずの薬師はね、脅して薬漬けにすれば従順なペットになるんですよ……!」


「うるさいなぁ……急に大きな声出すのやめてよ。リーリがびっくりしちゃうでしょ? まあ、僕もだけどさ」


「ソーコお姉ちゃん! 早く逃げて!」


 叫ぶリーリの声は震えていた。

 こんな状況で自分の身を犠牲にしてでも、僕のことを助けようとするだなんて……マジで天使なんじゃない?

 こんないい子をこんな目に遭わせるなんて、僕にはとても考えられない。

 彼らには絶対に罪を償わせよう。


「リーリ、大丈夫だよ。安心して、僕が必ず助けるからね! まずは、この悪人どもを懲らしめなくちゃいけないから、ちょっと待っててね」


「ソーコお姉ちゃん……」


 リーリが心配そうな顔で僕を見つめた。


 ――大丈夫、だって


「ふぅ、やれやれ……困りましたね。ダンさん、あなたのせいで彼女が調子に乗ってしまってるではないですか。あなたが弱すぎるせいでね」


「テメェ……タダじゃおかねえぞクソが……ッ!」


「はあ、そんな状態で凄まれましてもねぇ」


 憤るダンと呆れるヤンの2人。

 完全に仲間割れだ。


「ねぇ、仲間割れなら牢屋でやってよ。早くリーリを返してくれる?」


「それは出来ませんねぇ。あなたはそこの雑魚よりは強いかもしれませんが……お忘れですか?」


「なにが?」


「私はね、エルフなんですよ」


 そう言って、ヤンはステッキを取り出した。

 ステッキには、魔法の効果を増幅させる効果が付いてるとみて間違いないと思う。

 つまりヤンは――、


「我々耳長族は、特に魔法に長けた種族です。人族のあなたごとき、私の相手になるわけないのですよ」


 やる気満々って感じだなぁ。

 たしかに耳長族は、魔力が高くて扱いが上手いっていうAOL設定はあるけど……無駄なんだよなぁ。


「お、おい、ガキ! さっさとその縄離しやがれ! あのクソ野郎、俺ごと攻撃する気だ……!」


「大丈夫大丈夫、あわてないあわてない」


 僕が菩薩のような優しい笑顔でダンを落ち着かせると――。


「テメェこらクソガキ! いいからさっさと解きやがれッ!! ぶっ殺されてェのか!!」


 なぜだ。

 こんなに優しくしてあげてるのに、この罵詈雑言。

 失礼しちゃうなーもう。


「もー、うるさい黙って。脚ちょん切るよ?」


「テメ、この……」


 不服そうだけど、ようやくダンが大人しくなった。

 まったく。


「ねえ、なかなか話進まないんだけどさ……もう最終勧告ね。大人しく投降してリーリを解放してくれたら、衛兵に引き渡すだけでをしなくて済むよ?」


「は? ――ふふふ、このエルフを脅すとは……実におもしろい方ですね! ですが――」


 ヤンがステッキの先端をこちらに向け、呪文を唱え始めた。


「くく、ふふふ……少しばかり痛い目にあってもらうとしましょうか」


 ヤンが口の端を持ち上げた。

 ああ、最初の貼り付けたような笑顔から、だいぶ悪人らしい顔つきになってきたね。

 そっちのほうが似合ってるなと思ってたよ。


「交渉決裂、だね。じゃあもういいよ――、やっておしまい」


 僕はヤンの後ろにコウモリにそう言った。

 すると――、


「かしこまりましたわ、主様」


 リリスは人型へと変身した。

 突然出現した彼女にヤンが驚いて「ひっ」と小さく悲鳴を上げ、


「くっ……《炎獄ヘルフレイム》!!」


 僕に放とうとしていた上級火属性魔法を、リリスにターゲット変更した。

 部屋の温度が一気に上昇するほどの炎が、リリスを包み込んだ。


「はぁ……はぁ……驚かせやがって……。貴様の仲間か!? ふふ、ハハハハハッ! 不意打ちというのはね、声も出さずにするものなんですよ!」


 勝ち誇ったように笑うヤンだけど、勝利を確信するにはまだ早いってもんだ。


「ま、そうね。でもほら――」


 僕が指を差す。

 そこには、自分にまとわりつく炎を鬱陶しそうにパタパタとするリリスの姿が――!


「ね」


「な、なな、ど、どうなっている……」


 その姿を見たヤンは、明らかに動揺している。

 うん、まあ気持ちはわからんでもないけどね。

 とっておきの上級魔法でそんなことされたら、意味わかんないだろうし。

 まあつまり、リリスとヤンじゃレベル差がありすぎて、お話にならないってことさ。


「レディに対して失礼な男ねぇ、いきなり火魔法を放つだなんて。お返しをしてあげなきゃいけないわね。――《悪夢強襲ナイトメア》」


「や、やめ――ぁ」


 ヤンを漆黒の暗闇が包み込んだ。

 《悪夢強襲ナイトメア》はリリスの『固有能力ユニークスキル』で、様々な状態異常を引き起こすのだ――永続的に。

 まったく治す手立てがないわけじゃないけど、少なくともポーションの価値が高いこの世界では、プレイヤーでもない彼には無理なんじゃないかな?

 だから――、


「あ、ぁあ……ひゃ……あぁ……た、たしけ……ぁぁああッ!!」


 これからは解除できない状態異常を山盛り抱えて、ヤンには強く生きていってもらおう。

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