37.不安な気持ち

 時は少し遡る――。

 貧富の差というものは地球と変わらず、この世界にも存在する。

 むしろ救済の制度が確立されてないため、よりこちらの世界のほうが厳しい環境といえる。

 ここボロン王国にある街の1つ、ハイドニアでもスラム街と呼ばれる場所がある。

 そこは、貴族や裕福な者達が住む場所の反対に位置し、まるで街の汚点を隠すようにひっそりと存在していた。

 そのスラム街にある、今にも倒壊しそうな建物の一室に、2人の蠢く影があった。


「――んで、俺はそのガキを攫ってくりゃいいんだな?」


 1人の男が悪びれることなく犯罪を仄めかすような言葉で、目の前に立っている男に確認する。


「ええ、その宿に子供はその子供しか泊まっていないと聞いています。くれぐれも殺したりしないでくださいね。利用価値が高いので……」


 もう1人の男は、冷え切った声でそう返した。


「へっ、まあ金さえくれりゃあ構わねぇ。俺も今ちっと困ってたからよ、ちょうどいいぜ」


「そうでしたか。Cランク冒険者のあなたにお手伝いしていただけるのなら助かります。これもなにかの縁ですし、今後も我々の依頼を受けていただけるなら嬉しいですね」


 冷え切った声の男は、その声色とは似つかわしくない笑顔を見せた。


「まぁ報酬次第だな。……にしても、エルフってのはお前みたいに何考えてるかわかんねぇ奴ばっかりだな」


「ふふ……よく言われますよ。でも、実のところそんなに大したことは考えていませんよ。今回も我々『』のために利用価値があるだけで……。くれぐれもこの事は内密にお願いしますね、


 月明かりに照らされたダンが口の端を持ち上げ、


「お前も裏切るんじゃねぇぞ、『ルーラーズ』のマスターさんよぉ」


 2人はどちらからともなく手を差し出し、握手を交わしたのだった。



 ◆◇◆



 試験を終えて受付まで戻り、リリスとフェルが作成された冒険者証を受け取った。

 リリスは物珍しそうに、フェルはちょっと感動したように、それぞれ冒険者証をじっくり見ていた。

 せっかくリリスとフェルが冒険者になったなら、なにか依頼をこなしてみようかな。

 簡単な依頼ならそんな時間かからないだろうし、商人ギルドは後で行けば大丈夫だと思うし。


「どうせなら何か依頼受けてみようよ。エリーさん、おすすめの依頼あります?」


「うーん、そうだなぁ……色々あるけど、ソーコちゃんは薬師だし、薬草採取なんてどう?」


「薬草採取かぁ……」


 エリーさんのおすすめは薬草採取か。

 特に材料の薬草に困ってるわけじゃないけど、あって困るわけでもないし、冒険者として初心者の僕達にはちょうどいいかもしれない。

 僕はエリーさんに「では、それでお願いします」と言って、依頼を受注した。

 採取依頼の対象は、ポーション素材の『ニード草』だ。


「それじゃ行こうか。ニード草はハイドニアの森に多くあるはずだから、魔物が出たら討伐しつつ採取しよう。フェル、無理はしないように。でも、実戦で力を付けていこうね」


「ソーコ様と我々がいるので安心してください」


「ええ、そうね。でも、主様の言う通り無茶はしないようにね」


「わ、わかりました。ありがとうございます! 頑張ります!」


 アンジェやリリスはなんの心配もいらないけど、フェルにはこれが初めての依頼だ。

 頑張り屋さんのフェルが無理し過ぎないように、しっかりサポートしなくちゃ。

 ハイドニアの森に移動し、


「――《探索サーチ》"ニード草"」


 僕は、採取クラスのスキル《探索サーチ》を展開した。

 このスキルは素材集めのためのスキルで、指定したものの場所をマップ上に表示してくれるのだ。

 アンジェと歩いた周辺しかマップが更新されてないけど、それでもいくつかはニード草の位置が表示されてるから、闇雲に探すよりは効率的なはずだ。


「よしよし、ニード草の位置がわかったよ。あっちのほうにあるみたいだから行ってみよう」


「はい」


「わかりましたわ」


「え、はい、え?」


 フェルが困惑した顔を浮かべている。


「フェル、どうかした?」


「いえ、その、どうしてニード草の位置がわかったのかなって……」


「え? スキルの《探索サーチ》を使って見つけただけだよ?」


「えと、その名前のスキルは初めて聞きました。今まで聞いたことないです。スキルは攻撃に関するものはありますけど、それ以外では……」


「――あぁ!」


 そうか!

 この世界の人は生産系に関しては、スキルそのものがないのか。

 だからポーション類を作るにしても、僕みたいにスキルが使えるわけじゃないのか。

 そりゃスキルに頼れないなら、上位のポーションが作れないわけだ。


「えーと、これはね……」


 んー、この世界の住人であるフェルには、なんと伝えればいいんだろう?

 僕が言い淀んでいると、


「フェル、ソーコ様には私たちが及ばない特別なスキルがあるのです」


「そうよ。至上のお方である主様のスキルを、凡人である私たちが理解するだなんて到底無理な話なの」


「な、なるほど! たしかにその通りですね! すごいです、ソーコさん!」


 理屈にもなってない理屈でなんか丸め込まれてるし。

 いやフェルちゃんや、それで納得できるのかい。


「あ、うん……ふ、ふっふーん、すごいでしょー! 僕にかかればこんなの余裕さ!」


 やってしまった――キラキラと目を光らせて尊敬の眼差しでフェルが見つめてくるもんだからつい……。

 今後は、彼女の期待を裏切らないように気をつけなきゃな。

 あと近いうちに、レベルとかステータスとか諸々をフェルに一度しっかり説明しなきゃなぁ。

 僕たちはマップに表示された地点に移動してニード草を採取し、マップの踏破エリアを広げるために、少しずつ未踏破エリアで《探索サーチ》を繰り返していった。


「――たぁっ!」


「ウォンッ!?」


「おぉー、順調だね。今のでレベルも上がったみたいだ」


 ニード草を採取していると、たまにウルフが襲ってくるので、フェルに率先して倒してもらっていた。

 そのお陰でレベルも5から8になっている。


「短剣術も様になってきましたね」


「そうね。獣人種ってところもあるんでしょうけど、やっぱり才能かしらね」


「ふぅ……ありがとうございます!」


 アンジェとリリスも、フェルのことを認めるくらいには成長しているようだ。


「ニード草もたくさん採れたし、フェルもレベル上がったし、そろそろ冒険者ギルドに戻ろっか」


 ハイドニアの森は広いからすべてのマップを埋めれてはないけど、それなりに踏破エリアを広げれたので僕としても満足だ。

 4人で雑談しながら街に向かう。


 ――そうだ、今日は『笑福亭』にご飯食べに行こうかな。リーリと約束もしたし。


 そんな事を考えながら街に入ると、


「ん?」


 門の近くにある衛兵の詰所に、『笑福亭』の女将さんの姿があった。


「どうしたんだろう……ねえ、ちょっと行ってみていい?」


「もちろんです、ソーコ様」


「わかりましたわ」


「はい。なにか深刻そうな表情してますね……」


 たしかにフェルの言うように、女将さんが何かを衛兵に訴えているように見える。

 何か良くないことが――。


「ちょっと話を聞いてみよう。なにか力になれるかもしれないし」


 僕は少し不安な気持ちを抱え、足早に詰所に向かった。

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