38.悪者ども

 「あの、お話し中すみません。女将さん、なにかあったんですか?」


 僕がそう問いかけると、


「え? ああ、お嬢ちゃんかい。ええとたしか、ソーコちゃんだったかね?」


「はい、ソーコです。こっちがアンジェで、こっちがリリス。この獣人の子がフェルです」


「おやおや、ずいぶんとお友達が増えたね。新しい家は快適かい?」


「ええ、僕にはもったいないくらいです。それより、なにか困ってるように見えたんですけど、大丈夫ですか?」


 女将さんは思い出したように、再び眉間にシワを寄せた。


「それがね、リーリが買い出しから戻ってこないのよ」


「え!?」


「あの子、普段は寄り道なんかもせずちゃんと帰ってくるから心配でね……ソーコちゃんたち見かけなかったかい?」


「いえ、僕たちは……」


「そうかい……」


 女将さんはがっくりと肩を落とした。

 たしかにリーリはいい子だし、女将さんを心配させるようなことをする子じゃない気がする。

 そうなると、何かに巻き込まれたのか――。


「すまないが、迷い子の捜索に人員を割くことはできない。衛兵全体に伝達して、見回りの際に気をつけるくらいしかできないのだよ」


 衛兵は40代くらいのおっさんだった。

 この人にも子供がいるのかな、女将さんへ申し訳なさそうに優しく説明していた。


「そう……ですか」


「女将さん、僕たちが探します」


 当然、こんな状況で「では僕はこれで」と見捨てるような非情な人間ではないので、リーリ捜索の手伝いを申し出た。


「本当かい!? 助かるよ……宿を閉めるわけにもいかなかったからねぇ。すまないが、お願いしていいかい? お礼は弾むよ!」


「はは、ありがとうございます。でしたら、夕ご飯楽しみにしてますね」


「そんなんで良ければ、いくらでも用意させてもらうよ」


 女将さんと別れ、みんなと相談することにした。


「ねえリリス、眷属達にリーリの捜索お願いできないかな」


「お任せください、主様。すべての者に探させますわ。特徴を教えていただけますか?」


「えーと、僕より少し低いくらいの身長で、髪の色も黒で長さも同じくらいかなあ。黒髪ってあんま見かけないし、すぐ見つかればいいんだけど……」


「わかりましたわ」


 リリスはそう言って、いつの間にか肩に乗っているコウモリに何か呟き、


「――行きなさい」


 空へ羽ばたいていった。

 どうやらあのコウモリには、伝書鳩ような役割を任されたみたいだ。


「僕達も探そう」


「ではご一緒します」


 僕がそう言うと、アンジェがすぐさま反応した。


「いや、それだと効率悪いし、みんなバラバラで探そう」


「で、ですが、お側を離れるのは――」


「そうですわ。アンジェの言う通り、それでは主様になにかあった時にお守りできませんもの」


「アンジェ、リリス、僕のことを考えてくれてるのは嬉しいんだけど、もしかしたらリーリに一刻を争う事が起きてるかもしれない。バラけていたほうが効率いいだろうし、こう見えても僕は強いから大丈夫さ!」


 えっへんと胸を反らす僕に、2人は渋々だけど納得してくれた。


「ああでも、フェルは1人だともし巻き込まれた時に危ないし、僕と一緒に行こうか」


「「え」」


「あ、はい、わかりました!」


 2人と違ってフェルはレベルもまだ低いし、僕と一緒のほうがいいだろう。

 ゴロツキ程度なら僕でもなんとかなるだろうしね。


「……フェル、今度から私が稽古をつけてあげましょう」


「そうね。私も協力するわ、アンジェ」


「え!? はい……」


 なぜかよくわかんないけど、アンジェとリリスがフェルの稽古を申し出てくれた。

 いやーこれならフェルの成長も早まるね!

 僕達は3手に別れ、リーリ捜索を開始した。



 ◆◇◆



「……誰ですかそれは」


「あぁ?」


 ヤンは冷ややかな瞳でを見る。


「てめぇがこの黒髪のガキ攫ってこいっつったんじゃねぇか!」


 ダンは、リスクを犯してまで誘拐した少女――『リーリ』を一瞥して怒鳴り散らす。

「はぁ」と呆れた様子で、


「やれやれ……ダンさん困りますな、まったくの無関係な子供を連れて来られても。ええ、たしかに黒髪ですとも。ですが、彼女は薬師なのですか? いいですか、ダンさん。私はね――『黒髪の薬師の子供』を連れて来いと言ったんですよっ!!」


 ヤンが静かな口調から急に大声を出したため、リーリは「ひっ」とか細い悲鳴を上げた。


「おいおい、急にデケェ声出すんじゃねーよ、うるっせぇなぁ。この嬢ちゃん怖くてビビっちまったじゃねぇか。なぁ? ……おい、コラ。返事しろやァ!!」


「ひぅ――!」


「ちょっとダンさん、やめてくださいよ。とにかく、これでは報酬をお支払いできませんよ。今度こそ連れてきていただきませんと」


「つってもよー、そのガキがどんなガキか、黒髪っつーだけじゃわかんねぇよ。宿にはコイツしかいなかったぞ。もっと何か情報ないのかよ」


「そうですね……」


 ヤンは顎に手を当てて考える。

 そういえば、あの少女は冒険者にもなったと聞いた。

 しかも、Cランク冒険者を倒してだ。

 それに、一緒にいた美しい女も同じようにして、冒険者になったらしい。


「名前はたしか『ソーコ』と『アンジェ』でしたかね。ソーコという少女のほうが薬師で、2人ともCランク冒険者を倒して試験に合格したそうですよ」


「ソーコお姉ちゃんとアンジェお姉ちゃん……?」


「おや、お知り合いでしたか。ああ、あなたは宿屋の娘でしたね。最初からあなたに聞けばよかったですね。これは失敬失敬」


「ソーコとアンジェ……」


 ダンは、つい最近聞いたであろう名前を反芻し、「あ!」と思い出す。


「――あの雌どもかァ……!」


「おやおや、ダンさんもお知り合いでしたか? ……もしかして、その倒された冒険者とはあなたのことではないでしょうね?」


 ヤンは、射抜くような鋭い視線でダンに問いかける。


「ぐっ……あん時ゃ手を抜いてただけだ! 今度はそんなヘマしねぇよ! 俺様の仲間も引き連れてくからよ」


 ニヤリと口の端を持ち上げるダンに不安を感じながらも、


「ふぅ、もう失敗は許されませんよ」


 次に失敗すれば始末してしまえばいいと考え、念を押した。


「へっ、任せとけって。んで――」


「どうしました?」


 ダンとリーリの目が合う。


、どうすんだ?」


「あぁ」


 リーリは、背筋が一瞬で寒くなった。

 子供の自分でも、非常に危険な状況だと理解したのだ。


「まー、処分する前提で名前も隠さずお前と話してたからなぁ。――おい」


 ダンの呼び掛けに、ビクッとリーリの肩が跳ねる。


「こんな話聞かされて、いくらガキだからってテメェの未来が明るくないことくらいはもうわかるだろう? なぁ、おい。テメェの知り合いの『ソーコお姉ちゃん』のせいで殺されるんだぜ。ムカつくよなぁ、許せねぇよなぁ?」


「ふっ……うぅ……っ」


 リーリは肩を震わせて涙を流しながらも、プルプルと頭を振って否定した。

 それが気に障ったダンは、


「チッ! おいおい、今から殺されんだぞ、おい! なにイイコちゃん振ってんだよ、クソが!!」


「ふ、ふ……ふぅ――っ!」


「ちょっとちょっと、ダンさん! 何してるんですか! 殺すだなんてとんでもない、子供は宝ですよ、宝!」


 執拗にリーリを脅すダンから、まるで守るような発言をするヤン。

 しかし実際のところは――、


「あぁん? 宝だぁ?」


「ええ、そうですとも! 子供はね、色々な利用価値があるのです。彼女もきっと役に立ってくれるでしょう――奴隷として、ね」


 さらなる絶望を告げられるのたった。


「ハッ、テメェも趣味の悪りぃ野郎だぜ、クックック」


「いえいえ、私なんてまだまだ小童ですよ、フフフッ」


「い、いや……誰か……ソーコお姉ちゃん……」


 リーリの掠れた声は、悪者どもの笑い声にかき消されるのだった。

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