35.冒険者の心構え

 訓練場は相変わらず閑散としていて、解体場に数人冒険者がいるだけだった。

 いつ来てもこんな感じだけど、ここで訓練する人ってあんまりいないのかな。

 まあ、あまり人目に付きたくないからちょうどいいけど。

 僕は、ふと前回の試験の時を思い出して「あれ?」と首を傾げる。

 そういえば、あの時は試験官にダンが立候補してきたけど、今回はギルマスの部屋から直接ここに来たから誰も選んでない。


 ――リリスとフェルの試験相手は誰がやるんだ?


「ん? どうした?」


 ギルマスが僕の疑問を浮かべた表情に反応した。


「いえ、今日は試験官の方を誰も選んでないので、誰が彼女たちの相手になるのかなーと」


「2人は何の武器を使うんだ?」


「えーと、フェルは短剣で、リリスは……武器というか魔法ですね」


 リリスの魔術のクラスレベルは10で、僕のメインのミストと同じだ。

 体術もアンジェほどではないけど、それなりに高かったはず。

 種族スキルや固有能力ユニークスキルを駆使するから、純粋な魔法使いよりもかなり強いと思う。

 ギルマスはそれを聞いて「そうか」と頷き、


「では――俺とやるか」


 と、フェルを見ながら言った。


「え゙っ」


 それを聞いて硬直するフェル。

 まさかギルマスが相手になるだなんて、想像もしてなかっただろう。

 無論、僕もだ。


「そっちの相手は……エリー、頼んだぞ」


「え゙っ」


 リリスの相手に突然指名されたエリーさんも、フェルと同じような反応をした。


「きき、聞いてないですっ! そんなの無理に決まってるじゃないですかぁ!」


 エリーさんは慌ててギルマスに抗議している。

 ちょっと涙目になっててかわいい……いや、かわいそうだ。


「お前なら魔法も上手くこなせるし、冒険者としてもDランクだ。試験官としては申し分ないだろうが」


「わ、私は『少しだけ』魔法『も』使えるだけで、メインは弓なんですから! それに、あの古城を踏破したソーコちゃんの従者なんですよ!? 勝てるわけないじゃないですかぁ!」


 へぇー、エリーさんも冒険者だったのか……初耳だな。

 Dランク冒険者なら、それなりに強いのかな。

 とはいえ、さすがにリリスの相手はちょっと厳しいと思うけどさ。


「別に勝てとは言ってないだろう。ギルド職員ともあろう者が情けないことを言うな。意地を見せろ、意地を。とにかく、この場に俺とお前しかいないんだからやってもらうぞ。ギルドマスター命令だ」


「えぇ、そんなぁ……」


 がっくりと肩を落としたエリーさんが、なんとも悲しい声を上げた。

 ギルドの受付嬢も大変なんだなぁ……。


「さて、短剣だったな。これでいいか?」


 木製の短剣をフェルに投げ渡し、ギルマスも同じものを持った。

 あー、そういえばこの人も短剣術のクラス持ってたっけ。

 レベルは……確か4くらいだったかな?


「は、はい」


「よし、それじゃあ試験を始めるぞ。一応説明しておくが、あくまでこれは実力を測る試験だからな。負けたからといって、必ずしも不合格というわけでもない。といっても、あまりに酷けりゃ不合格だし、逆に俺を倒せるようなら問答無用で合格だな」


「わ、わかりました。頑張りますっ」


「うむ。エリー、始まりの合図を」


 お互いに少し距離を取って武器を構える。

 2人とも逆手で短剣を持っており、似たようなスタイルだ。

 朝のようにフェルが全力を出せれば、ギルマス相手でもそれなりに格好のつくいい戦いするだろう。

 期待したいところだ。


「はぁ……わかりました。では、これより資格試験を始めます――始め!」


 たぶん、フェルは始まりと同時に突っ込むつもりだったんだろう。

 先手必勝、僕もそれが正解だと思っていた。

 フェルのその身体能力と、素人とは思えないその技量はギルマスでも対応に苦慮するはずだ、と。


 ――でも、それは間違ってた。


「――ッ!」


 ギルマスから発せられる異常なまでの圧。


 ――あ、これは勝てない。


 さすがとしか言いようのない熟練冒険者のオーラに、フェルは一歩も動けずにいた。

 いやあ、実際それで良かったよ。

 もしフェルがお構いなしに突っ込んでいたら、もう勝負がついていてもおかしくないね。

 フェルも、そこら辺を敏感に感じ取ったのかもしれない。


「来ないのか?」


 言葉にまで、その凄みが乗っかってる。

「本当にこれレベル100にも満たない人間か?」と、僕の中で疑問が生まれたほどだ。

 きっと、これまでの経験がレベルを凌駕してるんだろうけど、ここら辺甘く見てると、僕も痛い目見そうだから気をつけなきゃ。


「いき……ますッ!!」


 ギルマスの問い掛けに、フェルはなんとか気力を振り絞って、力強く地面を蹴った。


「たぁ――っ!」


 悪くない速さだ。

 フェルの戦い方は、僕と手合わせしたときと変わらず。

 だけど、そこに少し変則的な動きを取り入れて斬り掛かった。

 正確に首や腹、足首を斬りつける動きで翻弄するように動いている。

 でも――、


「いい動きだ。さすが獣人族といったところか」


 ニヤリと笑うくらいの余裕があるギルマス。

 フェルの攻撃を完璧に躱していく。

 首を狙った動きには首を後退させ、腹を狙えば短剣で受け止め、足首を斬りつけようとしても軽く躱される。

 ちょっとギルマスを見くびっていたかもしれないなぁ……この人マジで強いわ。

 それでもフェルは攻撃の手を緩めることなく、スタミナが続く限り技を繰り出していった。


「ハッ――!」


 だけど、フェルがどんな攻撃を繰り出そうとも、簡単にいなされてしまっている。

 まるで朝の訓練してるときのようで、相手になってないのだ。


「――むん!」


「がっ……は……」


 ギルマスの体当たりで、小さなフェルの身体が後ろに吹っ飛んだ。


「あぐっ……」


 そのまま地面を2回、3回と転がって、訓練用の武器が置いてあった棚に突っ込んだ。

 その勢いで棚が壊れ、棚にあった武器が蹲るフェルに容赦なく降り注ぐ。


「――フェル!」


「そ、そこまで!」


 僕が堪らずフェルの名前を叫ぶと、エリーさんは慌てて試験の終了を宣言した。


「フェル、大丈夫? これ飲んで」


 慌ててフェルの元へ駆け寄り、インベントリからヒールポーションを取り出した。

 フェルの頭を抱きかかえるように持ち上げ、瓶の蓋を開けて口へ近付ける。

 それをフェルが、こくり、こくりとゆっくり飲むと、小さな彼女の身体が淡い光に包まれた。


「ぁ……ソーコ様……フェルは……」


「よく頑張ったね。もう大丈夫だよ」


 フェルはゆっくりと身体は起こした。

 ちょっとぼーっとした様子だけど、外傷はポーションのおかげですっかり治っているはずだ。

 頭を打った衝撃で、少し目眩がしているだけだろう。


「もうっ! やり過ぎですよ! マスターのその体で当たったら、ああなるに決まってるじゃないですか!」


「うむっ……すまん、つい楽しくなっちまってなあ……」


 まったくもってエリーさんに同感だね!

 ……正直、力の差は歴然なんだから、もう少し考えてあげてくれないと。

 うちのフェルが、すっかり元気なくなっちゃったじゃないか。


「ほらっ、ちゃんと謝ってください」


「いやしかしだな、これは試験で冒険者というものはな――」


「マスター?」


「む……わかったわかった。――フェル、すまなかったな。お前が予想以上にいい動きするもんだから、つい……な」


 エリーさんに凄まれたギルマスは、バツが悪そうに頭を掻きながら謝った。


「いえ、フェルが弱かったせいですから……マスターは悪くありません」


 フェルやギルマスが言う通り、これは試験で冒険者になるためのものだから、ギルマスに落ち度はない。

 理屈ではそうわかってはいるけど、傷付いたフェルを見た時はちょっといたたまれない気持ちになった。

 彼女はもう僕の大切な仲間だから。


「フッ……どうやら冒険者としての心構えは問題なさそうだな。――フェル、お前を冒険者試験合格とする!」


 フェルの言葉に持ち直したギルマスは、精一杯格好つけた様子で、そう高らかに告げた。

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