33.死んでたわよ?
新しい家で迎える初めての朝。
窓から差し込む爽やかな光で僕は目が覚めた。
ゆっくりと目を開けると、
「ん……んん!?」
目の前には大きな
「おはようごさいますわ、主様」
「お、おはよう、リリス」
首を少し上げると、リリスが微笑んでいた。
山だと一瞬勘違いしたそれは、リリスの胸だったようだ。
そしてその後ろには、
「おはようございます、ソーコ様。……リリス、邪魔ですよ。その無駄に大きなものをソーコ様の前からどかしてください。目に毒です」
リリスとは対照的な表情のアンジェがこちらを見ていた。
う……なんか怖い。
なんだろう、僕は何も悪いことしてないと思うんだけど、すごく謝らなきゃいけない気になってくる。
……してないよね?
「お、おはよう。僕は気にしてないから、ね? うん、そろそろ起きよっかなー……」
伸びをしながら身体を起こす。
ちょっとわざとらしいかもしれないけど、このまま横になってられるほど僕の神経は図太くないからね。
「あら、起きたばかりですし、もう少しこのままゆっくりしてた方が――」
アンジェの目がキラリと光ったような気がした。
「――いやっ、今日はやることも多いしね! 着替えてないのは僕だけかな? 急いで支度するから下で待ってて!」
僕は慌ててベッドから降りた。
そんな僕達の様子を見て、フェルがあわあわと慌てた顔をしていたのが印象的だった。
◆◇◆
「――よし。それじゃあ、これ、持ってみて」
僕は、インベントリにあった
これはクエスト報酬で、『タンタル』と呼ばれていた盗賊の首領を倒すと手に入れることができるダガーだ。
当時は、めちゃくちゃ強くて苦戦したなあ。
特に使う機会もなく、僕が持ってても宝の持ち腐れだし、フェルが短剣使いをするならちょうどいい。
「えぇっ!? あ、あのっ、ソーコさん、これって相当お高いものな気がするのですが……?」
「んー、値段はちょっとわかんないけど……まあ、安いものではないのかな? でも、どうせ僕は使う予定ないし、フェルにあげるよ」
「ふぇ!?」
フェルの目線が、手渡されたダガーと僕を行ったり来たりしている。
かわいい。
「ソーコ様のものを……う、羨ましい」
「……私も欲しいですわ」
僕の後ろでは、アンジェとリリスが物欲しそうにしてた。
アンジェだっていいグローブを持ってるし、リリスはそもそも武器なんていらないでしょうに。
「こんな凄いもの頂けません! フェルにはもったいないです!」
「いやーもったいなくないと思うよ? フェルなら、そのうち使いこなせるようになるだろうし。それにもしかしたら、その武器じゃ物足りなくなるかもしれないしね」
「で、でも……」
「頂いておきなさいな。主様からの贈り物だなんて……私が欲しいくらいだわ」
「そうですよ、フェル。あなたがその武器に相応しくないと思うのなら、そうなればいいんです。それがソーコ様への1番の恩返しになるんですから」
戸惑うフェルに、リリスとアンジェが後押しする。
獣人で小柄な彼女なら、このダガーとも相性はバッチリだろう。
「……わかりました。ソーコさん、フェルは必ずこのダガーに相応しくなれるよう努力します!」
「うん、楽しみにしてるよ。でも、無理はしないようにね」
やる気になってくれたようで何よりだ。
さて、それじゃあ今のフェルの戦闘能力がどんなもんか見てみようかね。
僕は適当なダガーをインベントリから取り出した。
価値で言えば
装備にはサポーターランクと違って
ちなみに、それを扱う僕の短剣術のクラスレベルは1だけど、パリィもできるし問題ないとは思う。
「まあ『リン』がいてくれれば、ダガーの扱い方を教えるのに一番良かったんだけどなぁ」
「リンさん、ですか?」
聞いたことのない名前に、フェルは小首を傾げた。
「そそ。リンっていう女の子の仲間が短剣使いでね。2本の短剣を両手に持って戦うスタイルで、くるくる回ったりなんかして、曲芸みたいで凄かったなぁ……」
僕はリンが戦っている姿を思い起こした。
彼女は短剣というものをよく理解し、身体の一部のように扱っていて、とても
彼女も、AOLでは僕のサポーターとして『エレメント』にいたので、いずれフェルに紹介できるだろう。
「ソーコさんにそこまで言わせるとは……とても凄いお方だったんですね。是非、フェルも一度お会いしてみたいです」
「今あの子がここにいたら、あなた死んでたわよ」
「なんでですか――っ!?」
唐突なリリスの死の宣告に、フェルがショックを受けた顔をしている。
「あの子は私以上に嫉妬深いところがありますからね。確かにリリスの言う通りかもしれません。そのダガーをソーコ様から頂いたことは、あの子に会っても言わないほうが身のためかもしれないですよ?」
「わ、わかりました……」
「……あなた自身も嫉妬深いところは認めてるのねぇ」
2人とも大袈裟だなぁ。
あーそういえば、リンはアンジェの下に付いて指導を受けてたか。
でも、明るくて元気で、僕にはとてもそんな風に見えなかったけどねぇ。
今の話を聞いたフェルが、なんだかすっかり意気消沈してるように見える。
「ま、まあ、その話は置いといて、そろそろ始めよっか。フェル、まずは僕は攻撃しないから、どこからでも掛かっておいで」
僕は無名のダガーを逆手に握った。
戦い方は人それぞれだけど、僕はダガーで戦うときはこの持ち方が好きだ。
ただかっこいいからってのが理由だけど。
「わかりましたっ。――いきます!」
フェルも僕と同じようにダガーを握り、一直線に向かってきた。
――思ったよりも速い。
もちろん、僕やある程度のレベルの冒険者からしてみたら大したことのない速度だろうけど、フェルのレベルから考えれば明らかに速い。
「――ふっ!」
フェルは、ボクシングのフックのように、僕の首目掛けて正確にダガーを振った。
僕は身体を少し後ろに引いて、それを難なく躱す。
「お?」
フェルは空振った勢いのまま回転しながらしゃがみ込み、今度は僕の脚へ回転斬りを仕掛けた。
面白い攻撃だ。
それを軽く跳んで躱すも、フェルは左足を蹴り付けてきた。
「たぁ!」
蹴りを横にずれて躱しても、フェルは縦にグルっと回転して攻撃の手を緩めない。
はっきり言って、レベル5の戦い方じゃない。
獣人としての素質だけじゃなく、彼女の才能が間違いなくプラス要素になってる。
その後もフェルの攻撃はすべていなし、フェルのスタミナが落ちて動きが悪くなったところで手合わせを終えた。
「あ……ありがとう……ふぅっ……ございまし……た……」
「お疲れさま」
今にも倒れそうなフェル。
大分疲れたようだ。
まあ、あれだけ動き回ってればそうなるだろうね。
フェルはまだ自分の体力の限界がわからないのに、なまじ動けるもんだから、体力に見合わない戦法になってたし。
ま、ここら辺は慣れればそのうち解ってくるかな。
「にしても、これだけ出来れば合格確実だよ。何も心配する必要ないんじゃないかな。ね、アンジェ?」
「はい。試験はDランク以下の冒険者が相手のようですし、今のフェルでも、遜色ないくらいに戦えると思います」
それを聞いて、疲れ切っていたフェルが嬉しそうに顔を綻ばせた。
冒険者ギルドに行っても、きっとまずは昨日の話からだよね。
まったく面倒くさいことしてくれたなあ、もう。
いい汗をかいたフェルに《
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