32.アウレウム

「そ、それは魔物が落としたのではないか……?」


 ダームの話を聞いて、先程とまったく様子が変わってしまったメンデレが、恐る恐る問い掛ける。


「ありえません。私達の管理の網を抜ける魔物など、ありえません」


 平時であれば頼もしい限りの言葉だが、今この時はそうでないほうがいくらか良かったと、メンデレは力なく肩を落とした。

 実際のところ、メンデレもそれはないだろうと内心思いながら聞いていたのだが。

 ハイエルフ達の行う管理の1つに、『魔物を排除する』というものがある。


 ――魔力マナを吸った魔物は、より大きな魔力マナに惹かれる。


 そして、世界樹の実は魔力マナの塊といってもいい。

 つまり、魔物はそれを求めてよじ登るのだ。

 世界樹を万全の状態に保つため、魔物を排除することがハイエルフの仕事だ。

 よって、メンデレの言う『魔物が落とした』とは、ダーム達が魔物を取りこぼし、排除に失敗したと言っているに等しいのだ。


「ではなぜ……」


 すっかり意気消沈したメンデレは、ぽつりと疑問を呟く。


「それは人族のせいです」


 ダームはそれに返答する形で、全員に向かってそう断言した。


「そこまで断言するのなら、何か確証があるんじゃろ?」


 ビスマスが厳しい表情で説明を求めた。


「先ほども申しました通り確定はしておりませんので、あくまで調査した結果、確信しているということです」


 ダームの持って回った言い方に、その場にいるハイエルフ達はやきもきする。

 そんなことはお構いなしとばかりに、ダームは涼しい顔で話を続け、


「世界樹の実は、自然落下によって落ちていました。それがこれです」


 黒みがかった果実を右手に持って、その場にいる全員に見せた。

 その実は、お世辞にも金色には程遠く、腐っているようにさえ見えた。


「皆さんご存じのように、世界樹の実は『黄金のように輝く美しい果実』という意味の『アウレウム』と名付けられました。その美しさは、枝から取っても変わらないと言い伝えにあります。ただ、このアウレウムは我々の届かない高所にあるため、私自身初めて見ましたが、この実は浅黒く変色し、魔力マナも抜け落ちています。つまり、何らかの理由でこの実に魔力マナが送られなくなり、その状態を維持することが難しくなって落下したと考えています」


「なんと……そのみすぼらしいのがアウレウムだと……」


「なぜ……なぜ魔力マナが送られんのだ!?」


「――ダームよ、お主はある程度、なぜそれがそうなったのか検討が付いておるのだろう? なぜアウレウムに魔力マナが送られなくなったのじゃ。それが人族のせいとはどういうことじゃ?」


 ほとんどの者が、初めて見るアウレウムのそのみすぼらしい姿に動揺を隠せない中、ビスマスは冷静に疑問を口にした。


「――人族の争いでは、様々なポーションが消費されます。傷を癒やすためにヒールポーションを、力を得るためにエンハンスポーションを……その材料となる薬草は、世界樹の根から得た魔力マナを吸収して成長します。争いが多く、長くなればなるほどその消費量も高まります。乱獲されると世界樹はその数を維持しようと、魔力マナを際限なく送り込みます。――たとえそれが自分の首を締めることになろうとも……」


 ダームの説明はまるで演説のようで、それは徐々に熱を帯びていく。


「それだけではありません。我々が扱う魔法――これは、世界樹が創り出した魔力マナを体内に取り込んで使用しています。そして、これらは秀でた才能を持つ人族も、程度の差はあれ多少扱うことができます。無論、我々からすれば人族の行使する魔力マナなど知れています。ですが、種族としてみれば、彼等の数がこの世界で最も多いのです」


「確かに、奴等の魔法の腕は大したことではないが、人数が多いからのう……」


「それにダームの言う通り、戦争ばかりして無駄に薬草を採りすぎだ! 人族共の間でも、ポーション類は高価なのだろう? 戦争となれば見境なしじゃないか!」


 ダームの熱がその場にいる者達にも伝わり、次第に全員の言葉が熱くなっていく。

 彼等からすれば、人族同士で勝手に戦争して世界を破滅に導いてるようにしか見えなかったのだ。


「魔法を行使する魔力マナが多ければ多いほど、世界樹から魔力マナは減少していくと思われます。皆さんが考えている通り、人族の自滅行為によって世界が――我々が危険に晒されているのです!」


 ダームは、熱くなった拳をテーブルに叩きつけて訴えた。


「……しかし、あくまで推測の域は出んじゃろう?」


「ビスマスよ、お主は人間の肩を持つのか!」


 すっかりダームの熱に当てられたメンデレが、努めて冷静に返すビスマスに噛み付く。

 ビスマスは「お主はまったく……」と、すぐに感化される友を少し呆れたように見据えた。


「それだけじゃなんとも言えんじゃろうに……」


「しかしながらビスマス様、アウレウムが落下するという異常事態、今すぐにでも対応いたしませんと!」


「お主の言う対応とは何じゃ? 人族を滅ぼせとでも言うのか?」


「必要であれば――」


「馬鹿者ッ!!」


 普段、声を荒げることのないビスマスの怒鳴り声に、全員が驚く。


「それで本当に解決すると思うたか! ……確かに、人族は自分勝手な生き物じゃ。だが、彼等の力なくして現在いまの世界が成り立つとは言えんじゃろう。無論、本当にダームの言う事が正しかったとしたら、何とかせねばならぬ。ただし、それは解決策を模索するという意味じゃ。あくまで共存するためのな」


「……確かにビスマス様の仰る通り、滅ぼすというのは行き過ぎた行為と言えるかもしれません。ですが! だったら我々が管理すればよいのではないでしょうか? 世界樹の守り人である我々ハイエルフこそが、世界の行く末を正しく導くべきではありませんか!」


「おお、それはいい!」と、ダームの突然の提案に驚きつつも好反応を示す者も多く、議事堂内の流れが『世界の管理』に傾きかけるが――、


「それもならん」


「――っ! ……なぜ、でしょうか?」


 もはや怒りを隠すことすらできず、鋭く睨んでくるダームを物ともせず、ビスマスはゆっくりと口を開く。


「それは――我々の行う管理の領域を、大きく超えておるからじゃ。我々が管理するものは世界樹であり、それ以外……生き物や世界ではない。人族と相容れないような管理は、まったくもって見当違いじゃ。そうじゃろう?」


「――ッ!」


 ビスマスの指摘にダームは納得するどころか、より一層怒りの色を濃くした。


「むぅ……」


「確かに、ビスマス様の言うように、我々は我々の為すべきことを為さねばなりませんな」


 一度はダームの意見に傾き掛けた彼等だが、耳長族というのは事を荒立てない性格であるため、ビスマスの言葉の方が受け入れやすかった。


「では、この件に関しては次の集会の議題としよう。ダームよ、報告ご苦労じゃった。引き続き調査を続けるのじゃ」


「……はっ、承知しました」


 ダームは慇懃に頭を下げた。

 腹の中ではどう思っているかわからないが、ビスマスの目には既に普段の彼となんら変わりがなかった。


「では、今回の会議はこれにて解散する。皆、ご苦労じゃった」


 ビスマスの締めの挨拶をもって、ハイエルフ達の会議は終了した。



 ◆◇◆



 箱庭テルルの朝は早く、夜静まるのも早い。

 だが魔物は昼夜を問わず徘徊するため、警備の者が配置され、常に警戒に当たっている。


「――ボーリ」


 警戒中であるハイエルフのボーリが、暗闇が広がる林の中から聞こえる声に引き止められる。


「――駄目……でしたか」


 ボーリはその声の様子から、自分達の作戦が上手くいかなかったとすぐに悟った。


「ああ……だが予想通りだ。問題ない」


 暗闇の中の声は、言葉通りなのか、さして気落ちした風でもなかった。


「これで我々の計画に変更はなくなった。予定通り、このまま計画を進めてくれ」


 暗闇の中の声はそれだけ言い終えると、フッと気配が消えた。

 ボーリは暗闇に向かって頭を下げ、


「承知しました――ダーム様」


 と、誰にも聞こえない声で呟いた。

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