番外編1.アンジェの微笑み
声が聞こえた。
良く聞こえないが、それは何か困ってるような声に思えた。
「どうかしたのでしょうか……一応、様子を見に行ってみましょう」
アンジェは、大昔に主と訪れたことのある森に来ていた。
まだ他のサポーターが加わる前に、主と2人だけで試行錯誤しながら冒険した森……彼女には思い出深い『ハイドニアの森』だ。
「ぅ、ぁ……」
怯えるような声。
これは危険な状況かもしれないと、アンジェは走り出した。
「だ、誰か――」
開けた場所に出ると、少女が今にもウルフに襲われるところだった。
「――っ! 《
もはや一刻の猶予もないと判断したアンジェは、体術スキルの《
《
「ウゥォンッ!?」
アンジェは、少女へ噛み付こうとしていたウルフを蹴りで吹っ飛ばした。
2体のウルフは木へ激突し、見るも無惨な肉塊へと姿を変えた。
心の中で「ふぅ」と安堵のため息をつき、少女へ声をかける。
「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございま――って、アンジェ!」
時が止まった気がした。
その声は、何百年も前に聞いた声だ。
その声は、アンジェがずっと欲していた声だ。
その声は――、
「え……? ――あ、あぁ……あぁっ! ソーコ様っ!!」
何よりも、誰よりも、どんな時も、
「あぁ、ソーコ様……再びお会いできるのを心待ちにしていました――!」
会いたくて、話したくて、触れたかった大切な人だった。
「ア、アンジェ!」
溢れる涙が止まらない。
主の声掛けにも応えられない。
アンジェは、再び主が名前を呼んでくれた喜び、主に捨てられたかもしれないと不安になった怒り、これまでの長い長い哀しい時間、主を初めて抱き締める楽しさ――全部絡まった気持ちを抱えて泣き縋るのだった。
「――本当にごめんね、アンジェ。それと、見つけてくれてありがとう。他のサポーターも見つけ出さなきゃね」
「――っ、はい!」
数百年振りに会った主は、少し変わったように思えた。
なんというか、昔に比べて『主人と従者』という関係よりも、『仲間』という意識を強く感じた。
実際のところ『主人と従者』なので、アンジェとしてはまったく問題ないが、ソーコをより近く感じれる気がして嬉しかった。
「それじゃあ、まずは街まで行こっか!」
アンジェは笑顔で頷き、思い出の森をソーコと一緒に歩き出した。
◆◇◆
「――む、このギルド証は期限が切れているぞ?」
「え? あっ!」
ハイドニアの街に入る際、門番に指摘されたアンジェが慌てて確認すると、たしかに期限が切れていた。
しかも、2年以上前にだった。
「も、申し訳ありません、ソーコ様――」
主に迷惑を掛けるなど、アンジェの中で言語道断の行為である。
アンジェは、恥ずかしさと申し訳なさでいっぱいになった。
その後は、滞在証を受け取るために通行税をソーコに納めてもらい、ますますアンジェの罪悪感は募っていった。
――もう、これ以上の失態は許されませんね。
アンジェはそう心に決めるのだった。
◆◇◆
商人ギルドを出たあたりから、ソーコの様子がおかしいことにアンジェは気付いた。
はっきりと声には出さないものの、頭を抱えたり深刻そうな顔をしたり明らかに普段と違う主に、アンジェは自分がどうするべきか頭を悩ませる。
「はぁ……」
ソーコのため息が聞こえた。
「ソーコ様、どうかしましたか? 先ほどから、急に頭を抱え込んだり元気がないように見えますが……」
出過ぎたマネかもしれないとは思うものの、あまりにも辛そうにしているソーコを見て、なにか力になれればと声を掛けた。
「あぁー……いや、なんでもないよ。冒険者ギルドにも登録しようと思ってたけど、遅くなっちゃったし、疲れちゃったし……今日はもう宿を探そうか」
どう見ても大丈夫そうには思えないが、主が従者にそれを隠そうとするのなら、少しでも気が晴れるようにアンジェは努めて明るく返した。
「はい! 宿でしたら、先ほどアリーさんにおすすめの宿を教えていただきました。ご案内します」
「おー、さすがアンジェ。助かるよ」
――宿屋の評判はいいようですし、ご飯だけを食べに来るような人もいるそうなので、ソーコ様も元気になるといいのですが……。
「ここですね。ご飯も美味しくて、お店の雰囲気もいいそうですよ」
「へぇー、なかなかいい感じじゃん」
宿屋は、外からでも繁盛している様子がわかるくらいに賑わっている声が聞こえてきた。
扉を開けて中に入ると、
「いらっしゃいませー!」
まさに『看板娘』といった娘が出迎えてくれた。
看板娘の名前はリーリといい、ソーコの容姿に見惚れていた。
――うふふ、そうでしょうそうでしょう。ソーコ様は誰もが目を奪われるほどに神々しいのです!
サポーターにとって神に等しい存在であるソーコを褒められ、表には出さないが、アンジェは心の中でドヤッていた。
「――お嬢ちゃん達は泊まりかい? それとも食事?」
「はい、泊まりです。部屋は――」
ソーコからアイコンタクトがアンジェに送られる。
「同じ部屋でお願いします!」
即答だった。
「いえ、部屋代もより多くかかりますし、私はソーコ様と同じ部屋の方が安心できます。それに、私はソーコ様の従者ですから、いついかなる時でもそばにいるべきだと思います。ですから、同じ部屋でお願いします! 是非!」
アンジェは捲し立てるように理由を説明したが、『いついかなる時でもそばにいるべき』――これがすべてだった。
これまで何百年も離れ離れだったのだ。
――もう、片時も離れたくありません。
「そ、そっか。それじゃあ、同じ部屋でお願いします」
アンジェの思いは伝わったようで、無事、同部屋になった。
若干、ソーコが気圧されていたように見えたが。
部屋に案内された後、夕食をとった。
「ん、美味しい! これだけ人がいるだけのことはあるね、アンジェ」
「はい! とっても美味しいです。アリーさんおすすめの宿なだけありますね」
――ふふ、ご飯を食べて元気がでてきたようですね。それと、リーリにも感謝しなければいけませんね。
この宿に来てから、ソーコは少しずつ元気を取り戻しているようだった。
リーリ、美味しい料理、あとは十分な休息を得られれば、明日にはこれまでの主に戻るだろうとアンジェは思った。
部屋に戻ると、ソーコが《
――私がお身体をきれいにしますのに……。
アンジェは内心そう思ったが、ソーコ的にはそれがNGだと考えていたのだった。
「それじゃあ今日は疲れたし、そろそろ寝ようか」
2つある内の1つのベッドで、ソーコは横になりながらそう言った。
アンジェが「ゆっくり休んでください」と返すと、すぐに寝息を立てて寝てしまった。
「よっぽどお疲れになっていたのですね、ソーコ様……」
もう1つのベッドに腰掛け、アンジェは主の寝姿を暫し見つめる。
「ん……んん……」
ソーコが少し寝苦しそうな表情を浮かべた。
――私にできること……。
アンジェはそっと立ち上がると、ソーコのベッド脇に腰掛け、頭を優しく撫でた。
「ん……」
先程よりは幾分顔色が良くなったように思えたが、
「…………失礼します、ソーコ様」
少しでも癒せればと、アンジェは小さな声とともにベッドに入り、今までに経験のないほどの間近で主を見つめた。
――こ、これはマズいです……!
あまりに強い多幸感から、アンジェは理性が吹っ飛びそうになるのを堪え、優しくソーコを抱き締めた。
「はぅ……ッ!」
心臓がはち切れんばかりに弾んでいるのを感じつつ、抱き締めたまま優しく頭を撫で続ける。
――こ、これはソーコ様を癒やすためです。決して自分の欲を満たすためではありません……!
心の中でそう必死に言い訳しつつも、手を止めることはなかった。
ソーコの寝息はすでに落ち着いていたが、アンジェは飽きることなく寝姿を見続けた。
――少しは癒やされたでしょうか。これからはずっとお側でお守りしますね、ソーコ様。
それからどれほどの時間が経ったか、
――そろそろベッドから出たほうがいいですかね……残念ですけど。
一晩中そうしていたアンジェだったが、疲れとは対照的な満足そうな顔で自分のベッドに戻る。
「んん……んー……」
どうやら、間一髪だったようだ。
ソーコが伸びをする様は、十分な休息を得られたように見えた。
よかったとほっとため息をつき、素早く身だしなみを整えて主を迎える準備をし、
「おはようございます、ソーコ様」
アンジェは微笑んだ。
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