番外編2.リリスの愉しみ
「はぁ……見つからないわね……」
リリスは、セバスの用意した城にある自室で、もう何度目かわからないため息をついた。
「本当にどこに行ってしまったのかしら……主様」
主のいない1日がまた始まる――。
どれだけの時が経とうと、リリスにとってその事実は慣れるものではなかった。
時刻はもう昼近く。
眷属を使い24時間体制で情報収集しており、リリスも明け方近くまで外にいることが多いので、どうしても起きるのが遅くなってしまう。
「やっぱり主様がいないとダメね。そういえば、しばらく会っていないけど、アンジェは大丈夫なのかしら」
ソーコに対する愛情は深いとリリス自身感じているが、最初期からソーコと共にするアンジェは、正直リリスから見ても更に深い愛情を持っていると思った。
そんな仲間であり、ライバルでもあるアンジェのことを思い出し、懐かしい気持ちになる。
「あの頃は楽しかったわね……またいずれ、あの時のように――」
リリスは今日も主を探しに行く。
それは、これまで何百年と繰り返してきた彼女の使命なのだ。
「留守はレノに任せて、そろそろ――あら?」
リリスが出掛けようと立ち上がると、ほんの少し、部屋が揺れた。
「また侵入者かしら? レノに任せておけば問題ないとは思うけど……少し気になるわね」
普段であれば、レノが少々痛めつけるくらいで冒険者達を追い返しているのだが、リリスには部屋が揺れるほどの衝撃が起きたことが気になった。
部屋を出て、大広間に向かう。
眷属を総動員してソーコを捜索しているため、すれ違うのは配下の魔物のみだ。
大広間に近付くにつれ、中から激しい戦闘音が聞こえる。
――まさか、レノが押されてる?
リリスは一抹の不安を抱えながら扉を開け、
「レノ、なんだかすごい音が聞こえて――っ!?」
目に入った光景に目を見開いた。
まず、レノが蹲る姿が飛び込んでくる。
これだけで只事ではないことが起きていると瞬時に悟ったが、リリスはレノには悪いと思いつつも、それ以上にその奥から目を離せない。
同じサポーター仲間であるアンジェがそこにおり、その後ろに少女が2人。
1人は初めて見る獣人種、もう1人は――、
「リリス!」
待ち焦がれて、でも会えなくて、それでも求め続けた愛しい人。
「――」
なのに、声が出ない。
この時をどれだけ待ち望んでいたのか、最愛の人が名前を呼んでいるというのに、声が出ないのだ。
「ん? リリス?」
不思議そうに首を傾げる主。
リリスは、なんとか声を絞り出そうとする。
「ぁ――」
「ん?」
「あああぁぁぁああ――!! 主様あああぁぁ――――っ!! ずっとお会いしたかったですわぁぁ――っ!!」
やっと出た声と同時に駆け出し、その勢いのまま主に飛びつき、抱き締め――泣いた。
眷属がいようと、かつての仲間がいようと、自分より幼い少女がいようと関係なく、子供のように泣き続けた。
「僕も会えて嬉しいよ、リリス。いっぱい待たせたみたいで……ごめんね」
「うぅ……ようやく会えましたわ……。主様と再会するこの時をどれほど待ちわびていたか……もう、離れたくないですわ――!」
もう逃がさないとばかりに、リリスはソーコをホールドするかのように抱き締めた。
「リ、リリス、苦しい……」
「あぁ、主様の匂い……! 温もり……! たまりませんわ――」
主は若干苦しがっているように見えたが、これぐらいはこれまで我慢したご褒美だろうと堪能していると、
「リリス、いい加減にしなさい」
「――あぅ!?」
冷めた目をしたアンジェにどつかれた。
「まったく、あなたときたら……」
「しょうがないじゃない……主様とやっと出会えたんですもの。それにしてもあなた、久し振りだというのに随分じゃないの」
「自業自得です」
数十年前振りに出会った仲間は、相変わらず冗談が通じないようだった。
聞けばソーコとアンジェ、そしてフェルと逃げた仲間達は、冒険者ギルドの依頼で調査に来たらしい。
そのせいで侵入者が増えていて困っていたが、今にすれば、リリスはむしろ冒険者ギルドに感謝したい気持ちだった。
――これからは我慢なんてしないわ。またいついなくなるかわからないもの。積極的にいかせてもらうわ!
ソーコに会えない時間が増していくごとに、リリスはこれまでの主に対する態度を後悔していた。
主従の関係としては最適解なのだが、本心ではもっとその温もりを感じたいと思っていた。
今後はそんな後悔が訪れないよう、リリスは強く決心したのだった。
「……あなた、何を考えてるの?」
そんなリリスの心の中を見透かしたかのように、アンジェが訝しげな瞳でリリスを見つめる。
「な、なんでもないわよ!」
咄嗟に否定はしたが、アンジェには何か良からぬことを考えているというのはバレバレだろうと思いつつ、リリスは妄想を膨らませていった。
◆◇◆
――ここが主様との愛の巣なのね!
新しく住む家に移動したリリスは心を弾ませた。
当然、住むのはソーコとリリスだけではなく、アンジェやフェルといった他の仲間もいたのだが、リリスの頭の中では
家に着くと、アンジェとフェルが率先して夕食を作るというので、必然的にその間リリスはソーコとの時間ができた。
――うふふ、これからも主様との時間を作るために、2人を料理担当にするしかないわね。
夕食はお世辞なく美味しかったが、2人を料理担当にするべく、リリスは2人を褒め称えた。
食事を終えるとソーコから『これからのこと』について話があり、その際にもしっかりと2人を料理担当に推し、リリスの目論見通りとなった。
その後はソーコと一緒に風呂を用意し、リリスは我先にとソーコの身体を流すと言ったが、断られてしまった。
「諦めないわ。『突入あるのみ』よ!」
「あっ! リリス、待ちなさい!」
欲にまみれたリリスが駆け出すと、アンジェも慌ててそれを追いかける。
そんな2人を見ていたフェルは、どうしたらいいものかと逡巡するが、一足遅れて風呂場を目指した。
「主様! お背中流しますわ!」
「――わわっ!」
アンジェの制止を強引に振り切り、リリスは脱いだ勢いそのままで風呂場へ飛び込んだ。
それに釣られる形でアンジェとフェルも飛び込むと、ソーコの一糸纏わぬ姿が――、
「はぅ!?」
アンジェは頭に血が上って卒倒しそうになるが、千載一遇のチャンスを逃すものかと、歯を食いしばって踏ん張る。
ソーコは目線が定まらず落ち着かない様子だったが、なんだかんだ楽しいひと時となった。
リリスの突撃で裸の付き合いとなったおかげか、フェルも恥ずかしながらも最初の頃よりは打ち解けたようだった。
しっかり風呂を堪能したリリスの次の目標は、主と同じ寝室だ。
「主様、一緒に寝て欲しいですわ」
「へ? 1人部屋のほうがいいんじゃないの?」
「ちょ、ちょっとリリス! あなたさっきから――そ、それなら私もソーコ様と同じベッドで……」
顔を赤らめモゴモゴと最後のほうは消え入ってしまった。
「あら、あなたも主様に甘えたいんじゃない。主様? 私達はそれはもう長い間、主様と離れて過ごしてましたの。この寂しかった気持ちを埋めて欲しいですわ。フェルもきっとそうよね?」
「ふぇ!? フ、フェルは、あの、みなさんと仲良くできるのが1番嬉しいですので……フェルもご一緒したいです!」
「決まりですわね、主様?」
リリスの押しの強さに、ソーコは「う、うん」と返事せざるをえない。
今までは、一歩下がって主従の関係を全うしていた彼女。
しかし、自身が積極的に動くことによって、これまでとは違った主の一面が見られるようになった。
リリスは新たな愉しみに妖艶な笑みを浮かべ、
――うふふ、かわいらしい主様。
止まっていた時間がようやく動き出した。
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