11.テンプレ

「わかりました、頑張ってみます!」


 僕は力強くエリーさんに返事をした。

 ミストなら余裕だろうけど、ソーコはまだレベル19だ。

 相手がどの程度強いかわからないし、油断しないようにしなきゃ。


「本当に大丈夫? 無理はしちゃだめだよ? ソーコちゃんが怪我したら、私がお姉ちゃんに怒られちゃうからね。はい、これが申し込み用紙だよ」


 エリーさんはそう言って、用紙を差し出した。


「ありがとうございます。怪我しないように気をつけますね」


 用紙の内容は簡単なもので、名前やどんな武器を使うかとかを記入するものだった。

 一応何でもできるけど、とりあえず無難な剣術にし、アンジェは得意な格闘術にしたみたいだ。


「書けました」


「はい、それじゃあ試験官は――」


「俺が相手するぜ」


 エリーさんがギルド内を見回すと、急に男が話し掛けてきた。

 ちょっとガラの悪い感じの男は、僕とアンジェを見定めるようにジロジロと見てくる。

 ……なんか不快だ。


「ダンさん、あなたはCランクでしょ? ダメですよ。試験官はDランクまでの人が担当するんですから」


「エリーちゃんよぉ、堅っ苦しいこと言うなよ。むしろ、Cランクの俺様が可愛がってあげるんだぜ? 感謝して欲しいくらいだぜ」


 親切心――じゃないだろうなあ、あの顔からして。

 Cランクがどれくらいの実力か僕にはわかんないけど、口振りからすると結構高ランクの扱いなのかな。


「ダメです。試験官も教える立場として経験を積むために、新人の相手をする規則なんですから」


 なるほど、そういった目的があるから試験官のランクを定めてるのか。


「おいおいおい! エリーちゃんさあ……誰に物言ってんの? 俺はCランクだぞ? あんま舐めたこと言ってっと、もうここでは依頼受けねぇぞ?」


「――っ!」


 おいおいおいはお前だよ!? 

 この男、ギルドの受付嬢を脅し始めたぞ……正気か?

 でも、エリーさんの苦虫を噛み潰したような表情を見るに、Cランク冒険者に依頼をこなしてもらえなくなるのもギルドとしては困るってところなのかな。


「チッ、ダンの野郎……」


「若い女見つけるといつもこうだ」


 ヒソヒソと話す他の冒険者の声が耳に入る。

 なるほど、そういうことか。

 このダンとかいう奴はこうやって若い女の子が登録に来ると、実技試験と称して虐めを愉しんでる変態ってことか。

 そんなのをCランクにしとく冒険者ギルドもどうなんだろうなあって気はするけど……人格とかあんまり関係ないのかね。


「あぁん!? この俺様に文句言ってる奴はどいつだ? 口ばっかりの腰抜け共が。なぁ、お嬢ちゃん達はどうだ? これから冒険者になるんだろう? それなのに、この腰抜け共みたいに逃げたら一生負け犬だぞ。なーに、ただの試験さ。もしダメだったとしても、俺様が優しく面倒見てやるよ。2人まとめてな!」


「ソーコ様、この不届き者を排除してもよろしいですか? 今すぐに視界から消し去ってみせます」


 よろしくないに決まってるでしょうが!

 アンジェが凍りつきそうな程の冷めた目でダンを見ながら、これまた感情の籠もってない声で恐ろしい事を言う。

 本当にやりそうでマズイと思い、「大丈夫だから」と、アンジェを止める。


「えーと、ダンさんですっけ? 面倒は見なくていいですよ。どうせ僕達が勝つだろうし」


「はっ! テメェ等言うじゃねぇか。――お、よく見たらまだちっこいけどなかなか上玉だな。お前は俺様が教育してやるよ。後ろの女もいい女だし、一気に2人も手に入るなんて最高の日だぜ!」


「顔だけじゃなくて、耳も悪いの? それとも頭かな。面倒は見なくていい、って僕は言ったんだよ?」


「ガキが――ッ! フンッ、その減らず口が利けなくなるまで躾けてやるよ。訓練場は裏だ、来い」


 典型的テンプレな男だなあ。

 ラノベなら僕がコテンパンにする展開だぞ? 

 彼のフラグがバンバン立ってる気がする。


「ちょ、ちょっと3人とも、ダメですってば! 勝手に決めないでください! ダンさん、相手は子供ですよ!? それに規則は規則なんだからっ!」


 おっと、いけない。

 あんな風に言われたせいで、つい言い返してしまった。

 エリーさんが必死に止めようとする姿を見て、安い挑発に乗ってしまった自分が少し恥ずかしい。

 反省。


「エリーちゃんさ、俺こんだけ煽られてんだぞ? それに、このガキもやる気じゃねえか。当人達が問題ないってんだからいいだろーが。おいガキ、お前も今さらやめるとか言わねーよなぁ?」


「んー僕としてはいいといえばいいんだけど、それだとエリーさんが困っちゃうでしょ? 後で上司の人に怒られるかもしれないし……ということで、やっぱなしにしようよ。ごめんね?」


 そう言って、僕はダンに頭を下げた。

 こうなっちゃったのは、僕のせいでもあるしね。

 これで彼の溜飲も下がるだろう。


「――ふ、ふざけてんのか、このクソガキャァァーッ!!」


 ……ダメみたいだ。


「散々バカにしやがって、今更ごめんで済むわきゃねぇだろうがッ!! 2度とナメた口利けねえように、身体に刻み込んでやる!」


 ダンが、今にも掴み掛からんといった様子で叫ぶ。

 溜飲が下がるどころか、むしろ怒りのボルテージMAXって感じだ。

 おかしいな、ちゃんと謝ったのに。


「おい、うるさいぞ! なんの騒ぎだ!」


「マ、マスター」


「げっ、ウォーカー……」


 カウンターの奥にある扉から、体の大きな男が出てきて一喝した。

 いやー、ほんとでかい、熊みたいなサイズだぞ。

 エリーさんが「マスター」って呼ぶってことは、これがハイドニア冒険者ギルドのギルドマスターか。

 たしかに、荒くれ者の冒険者をまとめ上げるのにちょうど良さそうな厳つさだ。


「エリー、何があった?」


「は、はい。こちらの2人が、登録に来られたのですが……」


 エリーさんが事の顛末を話し始めた。

 最初は腕を組んで大人しく聞いていたギルマスだったけど、ダンの脅し文句辺りから額に青筋が浮かんでる。

 まあ、そりゃブチ切れだよね。

 ギルドの顔になる受付嬢を脅したんだもん。


「――というわけなんです」


「なるほど。話はわかった。色々と言いたいことはあるが――」


 鋭い眼光でダンを睨み付けてる。

 ダンもさっきまでの僕達への態度はどこへやら、目を逸らして冷や汗をかいている。

 このギルマス、相当に恐れられてるんだな。

 むしろ、よくそんなのがいる所でダンはあんな事ができたもんだよ。


「あー、ソーコとアンジェ、だったか。2人はコイツと手を合わせることに問題はないのか? こんななりでもCランクだ。実力は相応にあるぞ?」


「んー、そうですね。たぶん大丈夫だとは思います」


「私も問題ありません」


「マ、マスター!」


「まあ待て、エリー。ダン、お前はどうなんだ?」


「ウォーカー、お前まで俺をバカにする気か? こんなガキども、俺様の相手になるわけねーだろ」


「ふむ……」


 腕を組んで思案顔をするギルマス。

 何を考えてるか、ここまできたらなんとなくもう予想はつくんだけどね。


「ではこうしよう。ソーコとアンジェ、それぞれダンと手合わせしてもらおう」


 うん、やっぱ予想通りだった。

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