9.宿屋『笑福亭』
「いらっしゃいませー! お二人――」
宿に入ると、元気いっぱいって感じの少女が出迎えてくれた。
この宿屋の看板娘ってところかな?
だけど、なぜか僕と目が合うと固まっちゃった。
あれ、デジャブ?
なんか商人ギルドでもあったような気がするんだが?
「あの、どうかし――」
「うわぁ、可愛いーっ!」
「へ!?」
少女が急に大きな声を上げたので、思わず肩がびくりと跳ねて変な声が出てしまった。
可愛いって、僕の
フッフッフッ、こんな小さな女の子も虜にしてしまうとは……まったくもって罪深いね。
「何大きな声出してるんだい? おや、お嬢ちゃん達は泊まりかい? それとも食事?」
僕がニマニマしていると、女将さんらしき人が奥から顔を出した。
だけど、少女に女将さんの声はどうやら届いてなさそう。
キラキラした目でずっとこっちを見てるし。
「はい、泊まりです。部屋は――」
ちらりと横目でアンジェに確認すると、
「同じ部屋でお願いします!」
即答だった。
でも、別の部屋のほうがアンジェもゆっくりできるんじゃないかなあ?
いやまあ、アンジェがいいなら全然いいんだけど。
「いえ、部屋代もより多くかかりますし、私はソーコ様と同じ部屋の方が安心できます。それに、私はソーコ様の従者ですから、いついかなる時でもそばにいるべきだと思います。ですから、同じ部屋でお願いします! 是非!」
なんかやけにアンジェが力強く熱弁を振るってたので、少し気圧されつつも女将さんに伝える。
「そ、そっか。それじゃあ、同じ部屋でお願いします」
「はいよ。料金は朝食付きで、一泊一人4000ストだよ。夕食も付けるなら、5000ストだね。あ、料金は先払いになるよ。もし外で食べるなら返金するから言っとくれ」
「では、夕食付きで。とりあえず、三泊でお願いします」
大銀貨3枚を女将さんに渡す。
3万ストかぁ。
ストレージにほとんどのお金を入れてたから、インベントリに入ってた分と今日売ったポーション分くらいしか持ってないんだよね。
しばらくは困らないと思うけど、継続的なお金稼ぎは必須だなあ。
「はいよ、ちょうどだね。リーリ、お客さんを部屋に案内しておくれ」
「うん、わかった! 部屋は上の階だよ!」
リーリちゃんか。
僕より幼いと思うけど、ちゃんとお手伝いしてて偉いなあ。
「ここだよ!」
階段を上がると、3階の一番奥の部屋に案内された。
部屋自体はいたって普通の部屋で、広過ぎず狭過ぎずといった感じ。
ただ、しっかり掃除をしていて清潔感があるのが良さ気だ。
「ありがとう」
「ねえ、あなたの名前はなんていうの?」
「僕? ソーコだよ。こっちがアンジェ」
「ソーコちゃんって言うんだ! アンジェお姉ちゃんもすっごく可愛いねっ。わたしはリーリ、よろしくね!」
「うん、よろしくね。リーリちゃん」
「よろしくお願いします。リーリ」
リーリちゃんは、まさに天真爛漫といった感じな子だ。
子供らしく元気があって、こっちまで明るい気持ちになれる。
こうやって話してたら、今日の悲しい出来事で傷付いた心も癒やされそうだよ。
「ソーコちゃんはいくつ? わたしと同じくらいだよね?」
「え? そうかなあ。僕、15歳だよ?」
「へ?」
「ん?」
リーリちゃんがまた固まった。
あれ、なんかデジャヴ。
「あれ? てっきり、わたしと同じくらいかなって……」
「リーリちゃんはいくつなの?」
「11歳だよ。ソーコちゃん、4つも上だったの? 小さいから一緒くらいかなーって……」
がーん。
僕の見た目は、11歳の女の子に同い年と間違われる見た目かー……。
そこまで幼い見た目にしたつもりはなかったんだけどなあ。
僕が遠い目をしていると、リーリちゃんはちょっと困った顔を浮かべている。
そうか、やけに初めから懐いてるなあって思ってたけど、そういうことだったのね。
まあ、確かにサイズ感というか黒髪なところとか、そこら辺は近いものを感じるけども。
――あー、なるほど。そりゃ商人ギルドで僕が登録したとき、アリーさんも驚くわけだ。
僕の見た目、幼すぎたんだろうなあ。
だって僕からすると、リーリちゃんはすごく幼く見える。
そんな彼女が商人になるって登録に来たら、僕だって驚くし。
きっと他の人からすると、僕もリーリちゃんも同じようなものなんだろうな。
「じゃあソーコちゃんは、ソーコお姉ちゃんだね!」
天使か君は!
屈託ない笑顔は、まさしく天使のそれだ。
なんて優しくていい子なんだろう。
願わくば、このまま汚れることなく成長して欲しいね。
「それじゃあ僕はリーリって呼ばせてもらうね」
「うん! ソーコお姉ちゃん!」
そう言って、花が咲いたような笑顔を見せるリーリに、僕は癒やされるのだった。
リーリから一通り簡単に宿の説明を受けた後、1階の食堂に夕飯を食べに行った。
こっちに来てから色々あって何も食べてなかったから、もうお腹がペコペコだ。
この世界はもうゲームの世界じゃなくて現実世界だから、当然お腹が空くんだよね。
「――ふぅ、美味しかったぁ」
何も食べてなかったし味も美味しかったから、出されたもの全部食べちゃった。
ボリューム満点で大満足だ。
「ご飯も食べたことだし、次はお風呂だね」
今日一日の疲れを、汚れと一緒に洗い流したい。
「お風呂なんてないよ? 湯桶なら1杯目は無料だよ!」
そう思っていたのに、リーリにあっさりと否定されてしまった。
いくら商人ギルドおすすめの宿屋とはいえ、浴場なんてものは設置されていないみたいだ。
そもそもこの世界では、お風呂に入るのは貴族くらいのようで、庶民は水浴びか湯桶を用意して拭う程度らしい。
――うむむ、これは由々しき事態だ。
僕が日本人だからお風呂に入りたいっていうのももちろんあるんだけど、理由はそれだけじゃないんだ。
水浴びは問題外として、湯桶を持ってきてもらって身体を拭うっていうのもねえ……。
だって、アンジェと2人部屋なんだもん。
見た目は美少女だとしても、中身男だし、さすがにこれは色々とマズイ……よね?
だけど、AOLに体を綺麗にする生活魔法のようなものはなかったしなあ。
――ん、待てよ。あれはどうだろう。聖属性の
本来は対アンデッドに使える魔法でお馴染みだけど、AOLでは別の用途にも使ったことがあるぞ。
とあるクエストで、『汚染された泉を浄化して、元の綺麗な泉に戻す』といったものがあった。
それは
ということは、『汚れたものを綺麗にすることができた』って解釈もできるんじゃ?
「試してみる価値はあるかも……えーと、《
自分に向けて発動してみると、なんだかすごい身体がスッキリした感じになった。
髪もサラサラだし、服まで綺麗になってる!
こりゃいいぞ。
お風呂にはそのうち入りたいけど、それまでの繋ぎとしては上出来だ。
「アンジェもお風呂代わりにどう?」
「お願いします」
「はいよ、《
聖属性魔法を使えないアンジェの代わりに僕が魔法を掛けると、キラキラとした光がアンジェを包んだ。
「おお、僕もさっきはこうなってたんだ。なんか神秘的」
「ふぅ……ありがとうございます、ソーコ様。とてもさっぱりしました」
ため息が漏れるくらいには、アンジェも良かったようだ。
今日は結構歩いたし、色々あったしね。
「どういたしまして。これくらいならお安い御用だよ。さっぱりしたくなったら、いつでも言ってね」
「お気遣いありがとうございます。また、お願いします」
アンジェがニコリと微笑んで頭を下げる。
「うん。それじゃあ今日は疲れたし、そろそろ寝ようか。それで、明日は冒険者ギルドに行こう。明日はアンジェも再登録しようね」
「はい、わかりました。ゆっくり休んでくださいね」
「うん、おやすみー……アンジェも、ゆっくり休……ん……」
ベッドに横になると、正直限界だった僕の意識はなんの抵抗もなく、すぐに枕へ吸い込まれていったのだった。
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