8.失ったもの

 ソーコとアンジェの2人が出て行き、室内にはグステンとアリーだけが残された。

 アリーは扉が閉まることを確認してから、それまで黙っていた口を開けた。


「よろしかったのでしょうか……」


「なにがだ?」


「あれ程のポーションです。もっと上のランクでも良かったのでは?」


「あまり上位ランクに据えて、他との軋轢があってもまずいしな。薬師となれば商人ギルド――いや、国としても必要な人材だ。宝といってもいい。細心の注意を払わなければならない」


 グステンはアリーに指示し、ギルド規定によりソーコを最低ランクのFとした。

 そして、中級ヒールポーションの納品ということで、2ランク上げてすぐにDランクとした。

 ソーコとしてはFランクのままでも良かったのだが、ギルドとしては薬師を低ランクにしておくわけにもいかない事情があった。


「それにしても15で薬師か。が反応しなかったということは、彼女の言うことは嘘ではないということか。中級を作成出来る逸材がハイドニアに来たとあれば、なんとしてでもここに留まってもらわねばな」


 とは、テーブルの裏に仕掛けられた真偽を確かめる魔道具だ。

 質問者の問いに嘘を付くと淡く光って教えて、非常に高価だが商人ギルドや冒険者ギルドでは1つは所持しているものだ。

 その魔道具がソーコの答えに全く反応しなかったため、グステンはソーコが嘘偽りなく話していると判断したのだ。


「それにとっても可愛いですしね! 従者のお方もとても美人でしたが、あの子を受付で見たとき、私思わず言葉を失っちゃいましたもん!」


「お、おう……そうだな?」


 急にスイッチが入ったアリーの勢いに、グステンは思わず一歩引いてしまった。

 が、すぐに冷静に分析する。


「まあでも、そっちの面でも不安があるのは確かだな。あれだけの容姿の2人だ、変なのに目を付けられる可能性は高い。そういった意味でも注意してくれ」


「承知しました! 専属担当としてお任せください!」


「お、おう、頼んだぞ。何かあったらすぐに報告してくれ」


 グステンはアリーに一抹の不安を感じながらも、強い意志が宿った瞳に負けて了承した。

 テーブルにあるポーションを手に取る。

 透き通った青い液体、これだけで白金貨1枚――100万ストという大金になる。

 ソーコの取り分は、金貨7枚なので70万ストとなった。

 しかも、それを定期的に納品できるという。

 たった1本で庶民の3ヶ月分以上の収入になるのにだ。

 それほどポーションとは需要に供給が追いついていないもので、当然、様々な者が薬師を欲して止まない。


 無論、他国も含めて――。


 グステンは、ハイドニアに突如現れた少女に喜ぶ反面、今後のことを考え頭を悩ませた。



 ◆◇◆



「ふう、思ったよりも時間が掛かっちゃったなあ」


 さっくり登録済ませて、冒険者ギルドでも登録。

 その後は、宿屋を探して美味しいものでも食べる!

 そう思っていたのに、あれから今後のこととかギルド長と話してて遅くなってしまった。


 ――でも、その分上手いこと話はついたかな?


 ポーションの買取金額なんて、すっごく良くてびっくりしたくらいだ。

 それに、また今度あの美人なアリーさんが家探しを手伝ってくれるみたいだ。

 なんだか至れり尽くせりで、裏がある気がしないでもないけど。

 まあ、いつまでも宿屋っていうわけにもいかないし、家探しについてはとりあえずお願いすることにした。


 ――自分で探すよりプロに任せたほうが安心安心。


 思い返してみると、僕が突然この世界に来てまだ1日も経ってないことに驚く。

 僕のこれまでの人生経験からすると、今日だけでかな〜り濃い1日を送っていると思う。

 失ったものもあったけど、無事に商人ギルドに登録できたし、これからの基盤もなんとか確保できたんじゃないかな。

 だから、状況としてはそんなに悪くないんじゃないかなと思っていた。


 ――でもね、とってもショックなことが判明したんだ。


 AOLの『ストレージ』という収納システム。

 これはハウスに紐付けられてるので、同じホームにさえ入っていれば、メインでもサブでも使うことができる便利なものだ。

 インベントリはキャラ毎の持ち運び用に対して、ストレージはハウスに


 ――そう、紐付けられていたのだ。


 僕には、色んなものをソーコに送ったりストレージに保管しちゃう癖があった。

 アイテムや素材はソーコ、装備やお金その他はストレージにって感じで。

 インベントリはあるけど、ストレージより容量が小さくて持ち運び用だから、普段使わないものはとりあえずストレージに入れとけーって感覚で保管してたのだ。


 ――これが災いした。


 この世界に錬金術師ギルドはなく、その場所には商人ギルドが建っていたと。

 ……もうお分かりだろう。

 というか、僕はなぜアンジェに錬金術師がいないと聞いた時に思い至らなかったのか? 

 だって……目の前のことで精一杯だったんだもん!

 錬金術師ギルドがないということは、僕のホーム――『エレメント』も消滅したということ確定だ。

 つまり、僕のストレージはこの世界に存在しないということになる。

 当然だよね、だって錬金術ギルドがないんだもん。


 …………

 ……

 うわああああああぁぁぁあぁああ――――っっ!!!!


 ストレージには、もう二度と手に入らないものやコスプレ服なんかもあったのにいぃ――っ!!

 それにそれに、『エレメント』には苦労して造ったハウスもあったのにッ!!

 ふぅぐぐぐぐっ……! 

 仲間、家、お金、装備、素材、魔道具、課金したもの全部……その全部失っちゃったかぁ……あはは……。

 もちろんインベントリに入っていて、無事だったものはあるし、この世界で生きるのに困るかと聞かれれば、そういうわけでもない。

 ただ、二度と手に入らないだろうなっていうものを失ったりするのは、精神的ダメージがハンパない。


「はぁ……」


「ソーコ様、どうかしましたか? 先ほどから、急に頭を抱え込んだり元気がないように見えますが……」


 アンジェが心配そうな目で聞いてくる。


「あぁー……いや、なんでもないよ。冒険者ギルドにも登録しようと思ってたけど、遅くなっちゃったし、疲れちゃったし……今日はもう宿を探そうか……」


「はい! 宿でしたら、先ほどアリーさんにおすすめの宿を教えていただきました。ご案内しますね」


「おー、さすがアンジェ。助かるよ」


 しっかり者のアンジェがいてくれて良かった。

 今の僕の精神状態的に、これから宿探しっていうのはちょっとキツいものがあったしね。

 もう、さっさと毛布にくるまりたい気分だよ。


「ここですね。ご飯も美味しくて、お店の雰囲気もいいそうですよ」


「へぇー、なかなかいい感じの店構えじゃん」


 宿屋は、商人ギルドから5分ほど歩いたところにあった。

 外観は綺麗で、看板には『笑福亭』と書いてある。

「なんだかお笑いみたいな名前だな」と、僕は思いながら扉を開けた。

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