3.ゲームとリアルは違うもの

「アンジェ、今いる場所ってどこなのかな? ウルフがいる森ってことは、『ハイドニアの森』っぽいんたけど」


 AOLにはマッピング機能があり、一度行ったところは記憶される仕組みになっている。

 だけど、さっきからマップを開いてみても、初めて訪れる場所のようにマップがスカスカで埋まっていない。

 このゲームで僕が行ってない場所なんて、『オガネ大森林』の奥深くくらいなはずなのに。


「はい、そうです。なんとなく予感がして、ハイドニア近郊を探して見ようかなと思ったんです。……たまたまなんですけどね」


 くすりと口に手を当てて微笑むアンジェ。

 彼女なりに和ませようと冗談を言ったみたいだ。

 うん、少しホッとした……かわいいし。

 ハイドニアというのは、プレイヤーがAOLで初めて訪れる街だ。

 いわゆる『始まりの街』ってところかな。

 その外れにある森かなって予想したけど、どうやら当たってたみたいだ。


「はは、お陰で助かったよ。そっか、ハイドニアかぁ……そういえば、このキャラで最後にログアウトしたのもハイドニアの森だったかも。まずは、ハイドニアに行って情報収集だね」


「はい。ハイドニア方面に向かったのは私だけではないと思うので、きっとそのうち会えるかと」


 マップを開いて確認するけど、やっぱりスカスカのままだ。

 あっ、でもハイドニアの森という名前が表示されている。

 アンジェに場所を確認したからかな?

 でも、さすがに街までの道のりは覚えてないなあ……アンジェならわかるかな?


「アンジェはハイドニアまでの道わかる? 案内してもらえると助かるんだけど」


「もちろんです! ソーコ様のことは、このアンジェにすべてお任せください!」


 自信たっぷりにそう言うアンジェは、実に頼もしい限りだ。

 僕とアンジェは始まりの街へと向かって歩き出した。


「そういえば、『移動呪文書スクロール』は使わないんですか?」


 ハイドニアへ向かって歩き始めてすぐに、アンジェが不思議そうに聞いてきた。


 AOLには、『移動呪文書スクロール』と呼ばれるものがある。

 これは、街や特定の場所に直接移動できる消耗アイテムで、すべてのプレイヤーがインベントリに入れてると言っても過言ではない。

 ちなみに、僕もインベントリには常に複数の移動呪文書スクロールを入れていた。


「ああ、移動呪文書スクロールね。んー、数に限りもあるしね。試したいこともあるし歩こうかな」


「試したいこと、ですか?」


「そ。今の状況を歩きながらしっかりと確認して、に慣れないとね」


 ゲームじゃないのなら、攻撃を喰らえば当然痛みもあるはずだ。

 ミストならまだしも、ソーコでは命の危険も十分に考えられる。

 だから、今は現状を知ることが大事だと思う。

 ウルフなんかに怯えてたら、この世界で生きてくなんて絶対無理ゲーだし、まずはこの世界の『リアル』に慣れなきゃね。

 街まで呪文書スクロールを使えばひとっ飛びだけど、今ならアンジェもいるからいざとなっても安全だしね。


「そういえば、セラフィ、リリス、チヨメの3人はどこ行ったかわかる?」


 他のサポーターも心配だけど、やっぱりアンジェと同じEXRエクストラレアである彼女たちのことが特に気になる。


「すみません、場所までは把握していないです。ただ、その3人は今もミスト様……いえ、ソーコ様のことを探しているはずです」


「あー、そっか。ミストのほうを探してるよね、きっと。何か連絡取れる手段があればいいんだけどなあ」


「あ、いえ、ソーコ様でいらっしゃる可能性も考えていたので、どちらも探してると思います。連絡方法は……特に決めてないですね。すみません」


「いいよいいよ」


 見つけてもらうか、あるいは僕たちも探したほうがいいだろうな。

 僕のサポーターの数は全部で15人、これが所持できる最大数だ。

 世界中に散らばってるなら、それを目標に旅をするのもいいかも――。



 ◆◇◆



 街へ向かって数時間経過、アンジェの案内で順調に進んではいるけど、森はまだ抜けない。

 道中はゲームとは違うアンジェとの自由な会話を楽しんだり、途中ウルフに何度か遭遇したけど、アンジェがいる安心感もあってなんとか冷静に対処することが出来た。


 ――あんなビビって何もできないなんて、自称トッププレイヤーの名が廃れちゃうからね!


 アンジェには手を出さないように伝え、率先して僕が戦う。

 スキルも問題なく使えたので、危なげなく魔物を倒すことができた。

 これならなんとかなりそうだ。

 レベルも少し上がって、ようやく戦闘にも慣れてきた頃に大きな蛇のような魔物に出会った。


「わーお。これって『森蛇』だよね?」


「そうですね。『森蛇』シルウァサーペントに間違いないです」


「やった、ラッキー!」


 AOLには、希少種ネームドと呼ばれる通常の魔物より強い魔物がいるんだけど、それらは素材とかお金になる部分で通常の魔物より多くてお得だ。

 そして魔物にはランクがあり、S、A、B、C、D、E、Fの7段階で分けられる。

 そんでもって、この『森蛇』はDランク。

 

――ああ、悲しいかな……あんだけビビってたウルフが実はFランクなのだ。


 この始まりの街に近い森でのDランクということで、当然初心者はわけも分からずよくアイツにやられてたよ。


 ――まあ僕もなんですけどね。


 ま、今となっては遠い昔の話さ。

 僕は『森蛇』の攻撃を巧みに躱しながらちまちまと攻撃し、


「――《双一閃そういっせん》」


 黒々としたコブラの様な形をした蛇の頭に向けて、トドメのスキルを放った。

 《双一閃そういっせん》は超速で斬る初歩的な双剣術スキルだ。

 横一文字に刈り取られて胴体とお別れした頭は、その大きな身体とともにズシンと地面に音を立てた。

 まー、初期の頃なら今のレベルだとフルボッコにされてたけど、今の僕の腕を考えると当然の結果かな?

 ちなみにだけど、双剣術は剣術クラスの覚醒型のようなものなので、剣術クラスには《一閃いっせん》というスキルもあるのだ。


「お見事です!」


「ふふ、まあ、このくらいはね」


 『森蛇』の大きさにはちょっと驚いたけど、ウルフで戦いに慣れたおかげで気圧されるほどではなかった。

 もう、アンジェにあんな情けない姿も見せたくないしね。


「ほい、 収納っと」


 僕は、倒れた『森蛇』をインベントリに収納した。

 思考を読み取ってるのか、口に出さなくても収納できるんだけど、ゲームとは大きく違う点があった。

 AOLでは、魔物を倒すと素材がドロップするのだ。


 ――だけど、この世界は倒してもそのままなんだよなぁ。


 倒したウルフもそのままの状態でインベントリに入っている。

 ということは、自分で解体して素材をゲットするか、どこかで解体してもらう必要があるということだ。

 当然、そんなことやったことのない僕には無理な話だ。


 ――っていうか、典型的な現代っ子の僕にそんなこと出来るわけがないじゃないの。


 なので、錬金術師ギルドで解体して買い取りをしてくれるか聞いてみるしかないかなぁ。

 あと、インベントリの収納力にも驚きだった。

 ゲームでは、素材となったドロップアイテムとかを収納していたから、こんな大きな魔物をそのまま収納するなんてなかった。

 魔物をどうやって運ぼうかと少し悩んだけど、試しにウルフをインベントリに入れてみようとしたら、なんと出来ちゃったのだ。


――あの時は「え、入っちゃうんだこれ?」って思ったけど……うん、深く考えちゃダメだね。

 

 なにはともあれ、希少種ネームドも手に入ったし、森を抜ける頃には魔物や双剣術スキルにも十分慣れてきていた。


「ソーコ様、見えてきました」


「お、ほんとだ。ようやく見えてきたね!」


 森を抜けると、街の形がやっと見えた。

 ステータスが高いとはいえ、やっぱりゲームと違ってちゃんと疲れが溜まるね。

 なんだかんだ数時間は歩いたし。

 今日はよく寝ることができそうだ。

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