2.それぞれの判断

「大丈夫ですか?」


「あ、ありがとうございま――って、アンジェ!」


「え……? ――あ、あぁ……あぁっ! ソーコ様っ!!」


 アンジェは僕のことに気付かなかったようで、一瞬の間があってから目を見開いた。


「あぁ、ソーコ様……再びお会いできるのを心待ちにしていました――!」


「ア、アンジェ!?」


 え、泣いてる!?

 確かにこのキャラでログインすることはあんまり多くないけど、そんな感涙するほど長い間会ってなかったわけじゃないはずだ。


「なんか心配かけてごめんね? とにかく助かったよ、アンジェ。ほんとにもうダメかと思ったし、ナイスタイミングだったよ。ありがとう」


「もうお会いできないかと……ソーコ様のお役に立てたのなら良かったです。ですが程度、ソーコ様なら特に問題ないかと」


 涙を拭いたアンジェは、蹴り飛ばされ、木に激突してグチャッと肉塊になった2匹のウルフをチラリと見て、可愛らしく小首を傾げた。

 そりゃあアンジェは今の僕の状況をわかっていないもんね。

 ゲームの中の僕と比べれば当然の反応か。

 いつもならアンジェの言うように、簡単に倒せるはずだろうし。

 それにしてもアンジェを見ていると、ここがAOLの中のだと認識させられるなあ。

 ゲームとは違う本物の質感が彼女にはある。

 サラサラな髪、透き通るような肌、声も息遣いも、まさしくこの世界で「生きている」んだ。


「言葉通りの意味なんだけどね。……ねえ、アンジェ。君は――僕のサポーターだよね?」


「はい、もちろんです! これからは、今まで以上に全力でサポートさせていただきます!」


 ほっ、良かった。

 サポーターはアカウントに紐付いているから、その点はサブキャラでも問題なさそうで安心だ。

 そうだ、ステータスも一度確認しておこう。

 えーと……うん、僕のステータスはこっちへ来る前と称号以外は変わってないね。

 アンジェのステータスは……ん?


「あれ?」


 僕の声にアンジェが不思議そうな顔を浮かべる。

 だけど、僕はそんなのお構いなしに、アンジェのステータスを食い入るように見る。

 ――おかしい。

 彼女のステータスに、あるべきものが見当たらないのだ。


「あれえ!?」


 彼女の所属するホーム名――つまり、僕が作り上げた『エレメント』というホームの表記がないのだった。


「えぇ!? ななな、なんで!? ス、『ストレージ』は!? 『ハウス』は!?」 


「ソ、ソーコ様!?」


 おろおろとアンジェが不安そうな顔をしているのもお構いなしに、僕はステータスを大慌てで高速タップしていく。

 彼女には悪いけど、今はそれどころじゃない。

 なんたって、僕がこれまで時間とお金を使って積み上げたものが崩れ去ってしまうかもしれないのだ!


「そんなことあってたまるかっ……! どれ程の苦難を乗り越えてきたと思ってるんだ。冗談じゃない!」


 だけど、現実は非情だった。

 間違いなくアンジェの所属ホーム名は消えて『未所属』となっており、『ハウス』も登録されていない。

 ハウスというのは、ホームを結成した者達の拠点となる場所だ。

『エレメント』を結成したときに結構奮発して建てたので、思い入れがある。

『ストレージ』と呼ばれるハウスと繋がっている倉庫は、ホームとハウスが消えたのなら、最悪、『なくなった』ということも考えられる……考えたくはないけど。

 錬金術師ギルドでホームの確認をするしかないけど、なにかの間違いであってくれと願うくらいしか今はできないのが辛い。

 というか、間違えじゃないと困るよ、ほんとに!

 携帯収納インベントリの中身を確認してみる。

 よしよし、こっちは特に問題はなさそうかな。

 ちゃんと装備もお金もあるし、少なくとも生きてはいけそうだ。

 いや、まずはそれよりも――、


「アンジェは他のサポーターがどこにいるか知ってる?」


 何よりも一番大事なことを聞かなければ。

 サポーターは僕にとって家族のようなものだし。

 一応、僕のステータス画面ではサポーターの登録数が表示されてるからいるとは思うんだけど。


「い、いえ……実は――」


 アンジェはミストがいなくなってからのことを話してくれた。

 まず、今はあの最後にログアウトした日から――なんと数百年経っているらしい!

 僕からすると、寝て起きただけくらいの感覚なんだけど。

 ミストがいなくなってソーコで目が覚めるまでの間に数百年……当時のアンジェ達サポーターは、それはもう阿鼻叫喚だったみたいだ。

 サポーターは歳を取らないので、最初は連絡を取りつつ僕を探してたみたいだけど、年数を重ねるごとにバラバラになってしまったようだ。

 僕を探す旅に出る者、諦め一つの都市に留まる者、新しい人生へ踏み出す者……と、それぞれの判断を下したようだ。


「私と同様に、まだ探している者がほとんどかと思います。ですが、オガネ大森林でミスト様がいなくなってしまったので、その地にいる者も多いと思います。私は各地を探していたので、こうしてソーコ様に出会えて幸運でしたね」


「アンジェ……」


 心底嬉しそうにしている彼女を見ていると、本当に申し訳なってくる。

 数百年――僕ならそんなに途方もない時間、いるかわからない主を探すなんて無理だ。

 心配させちゃったなぁ。


「本当にごめんね、アンジェ。それと、見つけてくれてありがとう。他のサポーターも見つけ出さなきゃね」


「――っ、はい!」


 アンジェは少し驚いたような顔をしたが、すぐに嬉しそうな笑顔で返事した。


「それじゃあ、まずは街まで行こっか!」

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