4.始まりの街『ハイドニア』
ハイドニアは高い防御壁にぐるっと囲われているため、ここから中までは見えない。
AOLを始めた頃にはよく見た景色なはずのに、リアルだとこんなに圧倒されるもんなんだなあ。
僕は今、猛烈に感動していた。
ゲームでしか見られなかった光景をこうして見られたんだ。
この世界には、もっともっと綺麗な場所があるのを僕は知っている。
旅に出れば、そういった所をこの目で見ることができそうだ。
「ソーコ様」
「ん、なに?」
「街に入るには身分証明書が必要です。ソーコ様は持っていないと思うので、通行税を払うことになるかと」
証明書か……ゲームではそんなのなかったけど、この世界では街に入るのに必要なのか。
ゲームで使ってた錬金術師のギルド証なら持ってるから、それでどうにかなるかな?
インベントリからギルド証を取り出してアンジェに見せる。
「これならどうかな? 一応身分証になると思うけど」
「えと、ソーコ様……まだお伝えしていないことがありました」
「ん?」
「あの、その……」
なんだかアンジェが、少し困ったような顔つきで言いにくそうに口籠る。
珍しいな、どうしたんだろう。
「どうかした?」
「大変言いづらいのですが……実は、錬金術師ギルドはもうないのです」
「…………は?」
ぽかんとする僕を見たアンジェが、申し訳無さそうにゆっくりと教えてくれた。
どうやら錬金術師ギルドは何百年も前になくなったらしい。
なぜなくなったのかというと――、
「錬金術師が1人もいない!?」
「はい。ミスト様がいなくなった時から数年ほどで大勢いた錬金術師はいなくなってしまいました。恐らく、世界には現在ソーコ様以外の錬金術師は存在していないと思われます」
衝撃の事実だ。
AOLでは、プレイヤー全員が錬金術師だったというのに。
「ん? プレイヤー全員?」
――あ、そっか!
「逆に言うと、プレイヤー
そのプレイヤーが、今この世界に僕1人だけってことか。
ということは、僕がいなくなって数年でサービス終了しちゃったってこと?
それも含めて衝撃だ……。
「あれ? でも、確か――」
錬金術師のNPCもいたはずだ。
ゲームを始めた頃、錬金術師となるチュートリアルで色々教えてくれて、結構面倒なクエストなんかも依頼してくるNPCが1人。
それが確かここ、ハイドニアだったはず。
「その錬金術師も既に亡くなってるのですが、多くの弟子を輩出したという功績を称えて、各地に銅像が建てられてるみたいですよ」
「弟子って……」
まさか、それ僕も含まれるの?
確かにプレイヤーは全員チュートリアルで教えてもらったりはしたけど……それで師弟関係は解せぬ。
ぐぬぬ。
「まあ、それは置いとくとして、そうしたら通行税を払うしかなさそうだね。今後の事も考えて身分証が欲しいなあ……って、そういえばアンジェはどうしてるの?」
「私は過去に冒険者ギルドで登録しているので、それが身分証となります」
「冒険者ギルド? 今はそんなのがあるの?」
ゲームの中では出てこなかったものだ。
それもこの長い間に新しく出来たものかな。
「はい。仕組みとしては錬金術師ギルドとも似ているかと思います。役所や他にも商人ギルドというのがあるので、登録すればそちらも身分証を発行してもらえるかと」
「へー、そうなんだ。とりあえず街に入ったら登録しにいこっか」
「はい!」
街の入口には列ができていた。
これから街へ入る人達か、思ったより多いな。
とりあえず、最後尾にアンジェと並んで順番待ちだ。
それなりに並んでる人はいたけど、すいすい列は進んでいき、思ったよりも早く僕達の番になった。
「よし、次の者。2人組だな。なにか身分証となるものを出してくれ」
「あのーすみません、僕は身分証を持っていなくて……」
「む、そうか。ではあそこで滞在証を受け取ってくれ。ではそちらの者――む、このギルド証は期限が切れているぞ?」
「え? あっ!」
門番に指摘されてアンジェが慌てて確認する。
「も、申し訳ありません、ソーコ様。冒険者ギルドでは一定期間内に定められた数の依頼を達成して期限を伸ばすのですが、しばらく受けてなかったようで期限切れになってました……」
「しばらくってどのくらい?」
「……2年ほどです」
そりゃ切れるわ!
意外にもアンジェはうっかりさんだったようだ。
まあ、きっと僕のことを探す方を優先してたんだろうし、咎めるようなことはしないけど。
門番は少し呆れ気味に発行所を指差し、次の人達に話し掛けた。
「すみませーん。こちらで滞在証を受け取るように言われたんですけど」
「2人ともかい?」
「はい、そうです」
「1人1万ストだから、2万ストだね」
えーと、ゲームと同じ貨幣制度でいいのかな。
AOLでは通貨の単位を『スト』という。
貨幣の種類は白金貨、金貨、大銀貨、銀貨、大銅貨、銅貨の6種類だ。
それぞれ順に、100万、10万、1万、1000、100、10ストとなる。
つまり、2万ストは大銀貨2枚ということになるんだけど、合ってるかな?
「これでいいですか?」
「ああ、それではこの札を。ギルドか役所で身分証を発行したら、この札を渡せば返金されるよ。なくしても再発行はしないから、気を付けてくれよ」
貨幣の価値は同じで問題ないみたいだね。
いつも大きなお金はストレージに預けているから、インベントリには30万ストもないんだよね。
そう考えると、2万はそれなりに大きい金額だなあ。
身分証は必須だね、これは。
まあもっとも、ストレージに億単位で貯め込んでいる大金持ちの僕からすると大したことないんだけどね。
ふふん。
「ありがとうございます。先に登録を済ませます」
「ああ、それがいいだろう。ようこそ、『ハイドニア』へ」
これでようやく街の中へと入ることができる。
まずは、ゲームで錬金術師ギルドのあった場所へ行ってみよう。
実際に見てみないとね。
あぁ、宿屋も探さないといけないな。
忙しくなりそうなこれからの予定を考え、どこかワクワクした気持ちで僕は門を通り抜けた。
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