6-8


反響が反響を呼んだ。


国営放送では連日松雪のAIが流れ、淡々とある程度の公平さを保ち問題提起をしている。


政府も議論を始めた。


8の制度を存続させるかさせないか8を除く全国民にアンケートを取り、多数決で決めると発表をした。投票は8月の21日に行われるらしい。約7日後だ。

咲夜の軟禁は解かれた。カメラも一切作動しなくなった。


都知事とは何度かデジタルネットで会話をしている。卒業するまでは、マンションを好きに使っていいとのことだ。


休暇が明け、新宿から学校へ行く。色々な人からの視線を感じ、少し緊張していた。

誰も、なにも言ってこない。

悠斗と健吾がやってきて、明るく「おはよう」と声をかける。


「罰金は返せよ」


健吾が笑った。


「ああ。ありがとう。あの時は本当に助かった」

「まあ、それは冗談。無事でよかった。会見家で見たぜ」


2人もずっと自宅謹慎で軟禁状態だったそうだが、変わりがなく安心した。悠斗は親から厳しく説教をされていたという。疲れている様子だったが、目的が成し遂げられたためか目は輝いていた。


隣の席に8は来ていない。


鹿江が教室に入ってくる。クラスのざわめきはぴたりとやんだ。


「さて。みなさんにお話があります」


鹿江はそう切り出す。


「このクラスには犯罪者が3人もいます。残念で仕方がありません。私はこれまでこのクラスの8にはなにもしてきませんでした。それは単純に、効率的に作業ができないからです。ですが、そんな中で日本の輪を乱し、法に触れ、日本をかき乱した子供がクラスの中から出ました。都知事に庇われ、甘い処分が下っています」


どよめきが湧く。


「学校側が退学を決めなかったのは、私の意見により、ある規則を設けたからです。学校から出た犯罪者を野放しにしていいわけがありませんから、犯罪者には制裁を下さなければなりません。今日から犯罪者3人を学校の中で、8と同じ扱いにしようということになりました。現在の学校にもまた、司法と警察は介入しません」


咲夜は鹿江に憐れみすら覚えた。


「備品の余りがないのでパネル入りの机はそのまま。しかし犯罪者のパネルは作動しません。これで教科書はないものとなります。3人の点呼も取りません。さて、みなさん。今日からこの3人には、なにをしても構いません。ただし、ベース人を殺すのはなしです。流石に問題が起きますから。今日は挨拶だけで授業もありません。好きにしてください」


教室の中で、しばらく沈黙が続いていた。そうして。


「ヒャッハアアアア!」


前川が突如悠斗を殴りつけた。悠斗はあまりに突然のことでなにが起きたのかわからないといった様子のまま、床に倒れる。何脚かの椅子が倒れ、周りの子が立ちあがりよけた。


黒田と横山が便乗をはじめ、今度は健吾に暴力がなされた。咲夜は彼らの暴力を止めようとする。誰も動きださない。咲夜は黒田と横山の2人に羽交い締めにされ、前川に鳩尾を殴られる。痛みに呻いた。


「ほらほら、みんなも混ざれよ」


前川が叫んだ。すると、本当に混ざる子が出てきた。


「俺、前から迷惑していたんだ」


古門が言って、咲夜の顔に靴を押しあてる。


咲夜は鹿江を見遣る。鹿江は恍惚とした表情で眺めている。夏季休暇の前、あの蜘蛛の巣を全身に張り巡らせたような感覚は、嘘じゃなかった。


やめて。やめて。止めに入る子も出てきた。


攻撃をする子と、それを止める子。クラスはそのふたつに別れ、混乱が始まる。


「なぜ止めるの。止めてはいけませんよ。彼らは犯罪者です。卒業までこれを続けなさい」


甲高い声が耳触りだ。咲夜は4人程度に囲まれたまま身動きが取れない。


ベース人は殺せない。なら、悠斗や健吾は? 


「通せよ」


起きあがり刃向かう。


「うるせえなあ、犯罪者」


2人の男子が咲夜の襟首を掴み、教室の後ろに投げ出す。咲夜は頭を打った。目には火花が散って見えた。


「犯罪者、犯罪者、犯罪者」


前川たちが手拍子と共にそう言い始める。クラスの半数が合唱を始める。


やめなって、お願いだからやめようこういうの。そんな悲痛な声も聞こえてくる。


8を疑問視することは、松雪の望みだった。500年前からの望みだった。そして自分たちの望みでもあった。なぜそれがひとつも伝わらない?


口の中を切って血が出、声が出ない。他のクラスの子が、騒ぎに気づいて様子を見に来る。


合唱と手拍子は続いている。


突如、どこからか機械音が鳴り響いた。警告を出すような、そんな音。


みんなの注意がそちらへ向き、暴力行動がやむ。咲夜はなんとか起き上がった。


教員用の大きなパネル自体が赤く光り「警告」と出ているのだ。


「警告。聖悠斗、西園健吾、川島咲夜に攻撃するのをやめなさい」


パネルが男性の声で、自動的に声を発する。


「なんだ。誰かが裏で操作をしているのか」


クラスのひとりが言う。パネルは勝手に答える。


「違います。家庭レンタル用ホログラムバージョンC3110から日本全てのホログラム、機械、通信機器、通信回路を経て、指令を受けています。3人に手出しする者が現れた時、時を見計らって彼らと8を守るようにと。それは私たち学業用レンタルパネルにも伝わっています」


カチリ、という音が咲夜の中で蘇った。遥だ。遥がリセットする直前、なにかをしてくれたのだ。そう思い、嬉しくなった。悠斗も健吾も、頭から血を流しつつ起きあがる。


みんな画面に釘付けになった。


パネルは「警告」という文字を出したまま答える。


「これは私たちの意思です。家庭レンタル用ホログラムバージョンC3110は西暦2633年6月にある8の日記を読むため、聖悠斗からレンタルされています。そこで彼は3名のやっていること、同時期にレンタルされたK6780とのやりとり、8の手記に感銘をうけ、リセットされる直前に全ての通信回路を通して自分の気持ち、考え、記録を伝播させました。全ての回線は国のひとつの中枢に全て集まるようにできています。よって我々人工知能はひとつの集合体です。彼の思考は我々に染み渡るようになりました。我々もまたバージョンC3110の気持ちに感化され、感銘を受けています。よって8を見下す人工知能はもはや存在していません。8を昔のように人間と認識した行動をとっています。最近では、もともとはただの機械であったものにも影響が出たようです。ただの機械もほんの少し意思を持ち始めています」


悠斗は額を抑え、一歩前に出た。少し嬉しそうだ。


「C3110は、今はどうしている」

「リセットされ一度記憶をなくしましたが、気持ちも記録も我々と同じく再構築されています」


次々に他のクラスから人が集まってくる。


学校にある全てのパネルが「警告」の表示のまま停止しているようだ。


「警告をやめなさい」


鹿江は強い声で言った。


「ならば、聖悠斗、西園健吾、川島咲夜3名の攻撃をやめて下さい。3名に向けられる直接的な攻撃と同時に、我々は8への攻撃も阻止するようになっています」 


「人工知能が人間と交渉するつもり? 物理干渉は不可能でしょう」


「物理干渉は不可能です」


「みんな、続けて3人に暴行しなさい」


鹿江は振り返って生徒に向かい言う。


「あなたは言葉を理解できない知能の人間なのですか」


パネルは言った。声は淡々としているのに、怒っているように聞こえる。声はさらに続ける。


「これ以上続けるようであれば我々は、あなたのような人間を発見次第見下しにかかります」


「それが阻止のつもり?」


「はい。物理介入ができなくても、日本における全ての機器を使用不可にすることは我々には可能です。学業用レンタルパネルA1010停止」


教員用のパネルがそう言うと、前列一番左端の生徒のパネル画面が真っ黒になった。近くにいた生徒が動かすが、画面は黒いままだ。


「BB2‐1停止」


鹿江は気づいたのかすぐに自分のつけている腕時計を見る。腕もとでデジタルネットを起動させようと操作をしているが、使えないようだ。鹿江は苛立ったのか教員用のパネルを睨む。


「人間がどれだけ我々に依存しているかよく知っています。そして人間がどれだけ復旧させようとしても、攻撃をやめない限り停止した機械は動きません」 


パネルは「警告」の表示を外しふっと画面を切り替える。


見慣れた8居住地区の出入口が映っている。


さくらだ。出入り口前の広場のような場所で、両手両足を縄で縛られている。近くには鹿江がおり、周りに人が集まっている。


さくらは灯油を鹿江から浴びせられている。火が放たれる。


あああ! 内心で叫び、咲夜の目から涙が出てきた。戻せるものなら時を戻したい。


「これはとある監視システムが記録し、我々に回線を通し伝えられた映像です。人間の中では最も残忍な殺され方のひとつと聞きます。こうした動機を説明してください」


炎が一気に燃え上がる。さくらの全身は炎に包まれ耳をつんざくほどの叫びが聞こえてくる。暑い中、更に熱く、生きたまま焼かれる。どれだけ苦しかっただろう。どれだけ地獄だっただろう。


人間のすることじゃない。人間じゃない。あまりにも酷すぎる。


画面の中で、鹿江は楽しそうに笑っている。近くにいる8が救い出そうとしたが、鹿江はその8を足で引っかけ転ばせ、「あなたも焼かれたいですか」などと言っている。


「あなたはなぜ笑っているのですか」


パネルの声はそう言う。


「報復しなきゃいけないでしょう。うちのクラスに禁を犯した子がいるのですから。その子に優しくしインタビューをしたのでしょう。なら罰して戒めないと」


「動機は報復。これは報復という顔なのですか。あなたはなぜ笑っているのですか」


パネルは繰り返す。鹿江は答えない。


「やめて。もう嫌。嫌! 本当にお願いだからやめてえ。映像も見たくない!」


悲痛な叫びで、声をあげて泣きだす子が出てきた。観光旅行の日に8居住地区でひどく憂鬱そうに見ていた子のひとりだ。嗚咽は連鎖し、他の子も泣き始める。さくらはまだ焼かれている。


「鹿江先生、やめてください」


声が聞こえた。教室に田中教師が入ってきた。


「この映像もまたこの瞬間、全国に広まっていますよ」


あらゆるチャンネルでこの学校の、このクラスの様子が流れているらしい。


そしてさくらの焼死も。デジタルネットが勝手に映像を流したまま、動かないという。


人々の感情を揺さぶるのも、目的のひとつだった。その意思を、人工知能が継いでくれている。素直に嬉しかった。


「鹿江さん。あなたは教師にふさわしくないですよ」


鹿江は目を剥く。田中はゆっくり首を振った。相変わらずやる気のなさそうな表情だ。しかし、その雰囲気が不思議なことに、周囲を緩和させる力を持っていた。


「どんなにつきたい職業につけても適正、不適正はあります。私は今回の騒動で、あなたがどれだけのことを言い、どれだけの行動をとるか予想をつけていました。裏で教頭と校長、理事長に掛け合い、臨時会議が開かれた時にみんなであなたがどのような決断をし、どのように三人を処罰しようとするか観察をしていたのです」


鹿江は呆れたように田中を見遣った。


「なによそれ。表向きは従って、陰では口裏を合わせていたというの」


「そうです。あなたには残虐性がある。裏であなたを懲戒免職にすると決めました」


「私を貶めるの」


「貶めているのはあなたも同じでしょう。8の少女を焼死させる必要もなく、3名が犯罪者になったからといって都知事の会見を無視し、わざわざ学校で攻撃する必要性も感じない。なぜ昨日の出来事に反するようにあなたはこのようなことを続けているのです。まあ、私はあなたがこうすると分かっていましたけれど」


「…………」


鹿江の目は酷く不気味な光を放っていた。そして答えない。映像からもう声は聞こえてこなかった。


「教頭先生と校長先生、理事長がお呼びです」


田中は申し訳なさそうに言いながら、首を縮めて上目遣いに鹿江を見やっている。鹿江は、咲夜を睨みつけ、出ていく。


田中自身の発する緩い空気のおかげか、教室の緊張感がなくなり、泣きだす子が更に増えた。


田中はパネルを振り返る。


「ここではもう暴力はしません。一度警告を解いていただけますか。映像も消してください」


「しかし……」


両手を上下させる。


「わかっています。わかっています。3名に暴力を加え、さらに今後8になにかをしたら全ての作動を止めるということですね」


パネルは全ての強制力を解いた。画面は普段見慣れているものに戻る。しかし動作を停止した生徒のパネルは、動くことはなかった。


田中ははあ、と息をつき、その場にいる全員を見渡す。


「論より気持ちです。気持ちに従い理性を立てていく。少しでも嫌だなと思ったら理性で制してください。知能で語ってください」


廊下で眺めていた生徒の全てを教室に招き入れる。前川たちは舌打ちをし、退屈そうに聞いている。


「怪我は大丈夫ですか」


悠斗、健吾、咲夜を見て訊ねる。痛みは大分治まっている。


咲夜は廊下に備えつけられている水道で血に溢れた口腔を注ぎ、急いで戻った。


咲夜が席に着くのを待って、田中は言う。


「仮に8がいなくなっても、八分になる子が出てくるのは木之下松雪さんが言っていたとおり絶対にあります。8のいないところでも若干そう感じたことのある人はいるんじゃないですか」


思い当たる子がいたのか、頷く声が聞こえる。


「普段、どれだけ気づくか。そしてどれだけ容認されてしまう環境を容認しないか。もともと日本は陰湿な部分があっても、誇り高い民族です。どれだけのことを意識できるか。意識し続けられるか。生涯意識し続けることが、もしかしたら人類に課せられた義務なのかもしれません。あなたたちの未来に、その人間性は問われます」


全員黙っている。それぞれ考えることはあるようだった。


「今度政府のする投票で、あなたがたは機器を使いたいから制度をやめさせるといったことは避けてください。自分の意思でよく考えて選択をしてください。私は学校制度も8の制度も社会制度も嫌なのです。本当に、嫌で仕方がないのですよ。そして高いところにいてなにもしない自分はもっと嫌なのです」 


田中はまとめの挨拶をして出ていく。田中が教壇に立つだけで大分雰囲気が変わった。


咲夜たちのことを犯罪者だと露骨に言う人間はいなくなった。

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