6-6
「まさか……」
自分の目が極限まで開いていくのがわかる。
「僕の両親は8だったのですか」
「そうだ。ベースで結ばれ君を生んだ。8とされたイグチ姓を辿っていけば簡単にわかる」
歯を食いしばる。本当の親のことなんか、これまで興味がなかった。
興味のないふりをしてきた。
「彼らは生きているのですか」
なぜ捨てた。
これまで抑えていた感情の蓋が開いた。言葉にならない怨嗟が湧きでてくる。
「2人とも死んだ。自殺だよ」
死んだ・・・・・・? 僕を置いて、2人とも? 体から一気に力が抜けていく。
「推測だが。彼らは子供を作ったけれど、8として散々虐げられてきた。だから君を愛せる自信がなかった。きっと大好き以上の大好きがなにかさえわからなかった。そして君を虐げる自信ならあった。でもそれは嫌だったのだろう。だから街にゆりかごを置いて、未来を子供の『運』に任せたんじゃないか」
「両親の生命力は、あなたが言うように美しかったのですか」
「君はそれほど両親のことを気にかけていなかったようだが」
「捨てた親より育ててくれた親のほうが大事だと思って来ました。でもなぜ・・・・・・なぜ自由の身になれたのに自殺したのでしょうか」
「考えてみるといい。ああ、移住が決まれば名前も元に戻るよ」
境遇を考える。ベースへ行けたところで、心身はもう癒されることなく疲弊していたのかもしれない。そして咲夜が唯一本当の親からもらったものが名前だ。
夜に咲く花。それとも闇に咲く花・・・・・・?
解釈が正しければ、うっすらとした愛を感じる。だが、2人は長いこと名前を取り上げられていた。本物の親は、どんな気持ちで自分に名前をつけたのだろう。
都知事は置き台の前に立ち、デジタルネットを起動させた。
そこには、今のこの状況がそのまま映されている。咲夜は驚き、室内を見回した。
「私がここへ来てからこの瞬間まで、ずっとこの会話を、この風景を国営放送で流し続けていた。全国に。全世界に。そして、ベースにも同時に」
デジタルネットの画面はすぐ切り替わり、見やすいと思われる角度から映し出される。あらゆる角度からとりつけられている監視カメラが切り替えを働かせ、デジタルネットに中継を繋いでいるのだ。
都知事は自分の顔の正面を映し出すカメラに向かい、弾力のある大きな声で言った。
「全ての人に問いかけてみよう。こんな末の世で、いつまで八分症候群を続ける気かね? 日本は気づきを待った。500年以上もだ。だが気づきは多くの圧力に流され、埋没してしまった。国民は今も望み続けている。だがこれは日本だけの問題じゃない。世界にも、ベースにもこの問題はあるはずだ。今は問題になっていない地域でも、これから問題になるかもしれない。世界が沈むまで続けるか。滅びるその日まで疎外され攻撃される人がいることを、いるものとして諦めるか。人類の誇りにかかわることだ。そして、地球人類最後の課題だ。さあ、どうする? 松雪の言葉を今の時代にてらしてよく考えるといい。これが会見の内容だ」
画面はぷっつりと切れ、通常のトップページが映されていた。
都知事は溜息をつく。これからどう変わるか。そんな表情だ。
「海外の人々との攻防戦は今も続いているのですか」
「まだ、8居住地区の外で寝泊まりしているよ。さて。私は疲れた。近々総理から説教を受けるかもしれないね。ほら、一介の知事が総理より目立っちゃったから」
都知事は大きく伸びをし、冗談っぽく言って笑う。
「じゃ、今日は隣の703で寝ることにするよ」
時刻は0時を過ぎていた。部屋を去っていく。
咲夜もさすがに疲れていた。疲労と衝撃と混乱が体を駆け巡り、横になった。
「ごめんね」
寒い空の下で、黒いふたつの影がそんなふうに呟いた。
目を覚ます。ベッドから立ちあがると、少しよろけた。随分久しぶりに寝ぼけていた。
リビングの椅子に腰をかけ、しばらく惚ける。意識がはっきりしてくるごとに昨日のことを思い返し、泣きたい気持ちが襲ってくる。
必死にこらえた。自分は本当の親に育ててほしかったと思っていない。ただ親に求めていることがひとつだけあった。自分はずっと、意識していないところで謝ってほしいという気持ちを抱えていたのだ。
でも、両親はどれほどの苦しみを抱えて生きていたのだろう。責める気にすらなれない。ただ、ありがとうと言った。
僕を生んでくれてありがとう。
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