6-3
汗が額から滲み出てきた。カルの印象は酷く薄い。
「仲のいい子供たちで固まって、その子は普段ちょっと外れたところにいたのではいかね。疎外されていたのではないのか。君が疎外していたと思っていなくても」
確かにカルは、いつもみんなとは外れたところにいた。気がする。
自分からそうしていたのか、咲夜たちが無意識に壁を作っていたのかは定かではなかった。
ただ、なにかを話し合うときは6人だった。輪を作った時の人数は6人。それは覚えている。
疎外しているつもりはなくてもなんとなくこちらからも離れていた。ずっと、どんな気持ちだっただろう。一人残され他の子が引き取られていった時も。
「ですが、攻撃したことはない……」
「まあそうだろう。でも誰もが疎外することはあるんだ。チャムで周りを見渡して、他にもいなかったか。集団の時、ちょっとはみ出ているのが」
チャムでの記憶を辿る。集団より単独で活動している人のほうが多いからあまり気にとめていなかった。曖昧だ。中にはいるのかもしれない。いないのかもしれない。
「人間社会は集団を作ると必ず出るんだ。疎外される人間が」
咲夜は息をつき、椅子に深く腰をかける。
「認めます。僕の仲間のうちひとりがいつもひとりでいたことは。そして、意図していなくても寂しい思いをさせてしまったことも。それに気づかず飄々と生きてきたことも。でも、集団を作れば疎外される人間が出るからといって、強制的に8を作る必要もないでしょう。人間は理性も言葉もある。理論や科学が優先される社会じゃないですか」
「疎外されるひとりはいつも、いつの間にか悪にされる。日本はそれがとても顕著だ」
「悪って……なにも悪いことはしてないでしょう」
「そうさ。集団がそのひとりに悪いことをしている。そのひとりはなにも悪いことをしていない。だが集団の中ではそのひとりが『悪』にされるという逆転現象が起こりやすくなる。理由はなんでもいい。外見が悪い、汚い、貧乏、気に入らない。するとどうなる。容認は社会の中でどんどん広がっていくんだ」
はっとする。スラム街という場所への偏見や差別と似た理屈が、個人レベルで常に起こっているのだ。
都知事は低い声を出した。
「民衆は絶えず望む。500年以上も前から、旧時代から大勢の人々が集団の中で加害者になったり被害者になったりしながら誰もが8の存在を望んでいたんだよ。今もそうさ」
鹿江の目を、古門の笑いを、前川たちの卑劣さを思い出す。
「なら、人間は進化していないということですか」
「しようとしないのさ。文明の利器だけ進化させても、根本的なところはなにも進化しない。君だって、見えていなかったろう」
確かに見えていなかった。自分は自分自身を誤魔化していた。世界を美しいものと思い込みたかった。人は基本、善であると思い込みたかった。
「海外の人々にも共通してそういうのはある。今8攻防を繰り広げている海外の人々にだって。ベースにも」
「……正之さんが言っていたことは本当ですか。あなたは8を発案した人の子孫というのは」
「君は8がなぜ作られたかを知りたいんだってね」
「ええ」
都知事は鞄から12インチ程度のタッチパネルを取り出した。型は随分古い。
スイッチを押すと、パネル画面から立体映像が飛び出て来た。
人間の脳の形をしている。
「私は木之下松雪の記憶を保持している人工知能です」
脳は機械をとおして声を発する。少し気持ちが悪かった。
「なに、本物の脳が保存されているわけじゃない。松雪の記憶をデータ化しているにすぎない。見た目は悪趣味だが、ここに彼の言いたいことの全てが残されている。今ではこれだけが8が作られた本当の理由を語る。普段は厳重に保管されているよ」
「焚書扱いにならないのですか」
「焚書なんて国は定めていないよ」
「法律にないのですか?」
都知事は頷く。健吾も悠斗もあれだけ焚書焚書と言っていたのに。
「まあ、その話はあとだ。続きをこのAIから聞こう」
脳の形をした立体映像は赤い光を放ちゆっくりと回っている。脳は語り始める。
「法案が採決されたのは、西暦2101年4月22日。正式に適用されることになったのは9月1日です。私は2040年生まれ。現在61歳。こうして誰かが聞いているのは、この法を疑問視しているからでしょう。私は敢えて8の法律を発案しました」
野太く、暗く、抑揚のない声。聞いていると、闇の中に吸い込まれていきそうだ。
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