6-1
無駄に広い室内でひとりになった。
15畳ほどのダイニングに、他3部屋あり、至るところに監視カメラが設置されている。好きに使っていいが、今回の件でこの702号室に監視カメラをとりつけた、と小野村から説明を受けた。
しばらくは下手に出歩かないようにとも言われた。夜には都知事がやってくるそうだ。
本来なら心地よさそうに使えそうな部屋ではあるが、居心地は悪い。
備え付けのダイニング用テーブルにベースのパソコンを置くと、チェックする。遥のノートの内容も動画も、別枠のソフトで作った字幕も消去されている。通信状況をチェックする。
警察に拘束されていた間、川島夫婦からメッセージが届いていた。これまで川島夫婦のやりとりは読まれている形跡はあったものの、削除はされていない。
咲夜君。返事が遅くなりました。真也です。まず始めに、地球は滅びるということは知っていました。これは裏事情なので大人になれば誰もが知らされることです。だから行かせたくなかった。でもあなたは期限付きで留学したので安心しています。それで、この前のメールでなにをしたのかと探して探して、動画に行きあたり拝見しました。ベースでもちょっと話題になっています。君の声を久しぶりに聞けて嬉しさが込みあげてきたのと同時に、日本でこんな問題があるのだということを知りました。地球でも、君が正しいと思う道を進みなさい。周囲が正しいと言っていることではなく、君が正しいと思う道。私たちは全面的に君を信頼し、応援します。縁を切ることはあり得ません。遠く離れたところから見守っています。
愛しています。川島真也・水穂
気が緩んで涙ぐんだ。
返信をしようと綴る文章を考えていると、不意に、部屋から妙に高い音が鳴った。
なにかの警告音のような音。コンピューターを使ったらいけなかったのか、と思いながら視線をやると、室内でデジタルネットが勝手に起動していた。咲夜が座っている真正面の、ガラスの置き台にデジタルネットの装置がある。
「緊急速報により起動」
機械じみた音声が流れる。画面には音声と同時に、大きな黒い文字でテロップが流れた。
「動画の件で日本への批判、国際機関からやまず。制度を崩壊させなければ、強制的に全ての8を受け入れると、アメリカ、カナダ、ドイツ、ベトナム、タイの5ヵ国が発表。これに対し日本は、会見ののち8の制度は保つとの姿勢を崩していません」
デジタルネットは自動的に電源が切れた。触ろうと近づくと、監視カメラが音を立てて動く。
大人しくしておいたほうがいい。しかし、外の様子をまるで知ることができない。8居住地区にはまだ、海外の人たちがいるのだろうか。今、どんな様子なのだろう。
閉じられたブラウンのブラインドから窓の外を見る。
7階なので、民家の屋根が目に入り遠くまでよく見える。特に今すぐなにかが起きるといった気配はない。静かだ。
時刻は午後4時半を過ぎたところだ。お腹が空いてきた。朝食を食べたきりなのだ。
また無駄に大きい冷蔵庫の中を見る。咲夜が来る前に誰かがこの部屋に入り、買い物をして入れてくれたのだろう。パン、新鮮な野菜、水があった。とりあえず新品と思える鍋がおいてあったので調理する。調理ぐらいはしてもいいだろう。
大根の煮物を作った。弘子の料理を真似たのだ。こんなところで助けられるのが少し悔しい。
飢えて死んでいく人はどれだけいるのか。箸で掴んだ大根の煮物を見つめ思う。このひと口で助かる人はどれだけいるのか。ベースでも日本でも、海外でも。考えてもキリがないのに、躊躇いながら口にする。かなり臭うので、数日ぶりにシャワーを浴びさせてもらうことにした。
脱衣所まで監視カメラがある。一応犯罪者なので仕方がない。
なぜか待遇のよい犯罪者。自分はつくづく運がいい。そしてその運の良さが情けない。
風呂から出る頃にはすっかり日が暮れており、静けさが増していた。
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