5-12
更に2晩が経ち、正之が地下へやってきた。
「とりあえず調べは終わった。出られるぞ。出ろ」
いきなりのことで驚く。監視係が牢の鍵を開ける。
「なんで」
自由の身になったというのに、出てきた言葉はそれだけだった。
「君の友人2人がこうなることを見越して、君の分の罰金を払ってくれたんだよ」
えっ、と叫んだ。
「2人は300万の罰金刑でしょう。全部で700万。どうやってそんな大金を手に入れたのですか」
正之は「ははっ」と笑った。
「いやあ、恐れ入ったよ。実は彼らは捕まったその日にすぐに罰金を支払ったんだ。大金の出所も調べたよ。この時のために、海外との株取引をして儲けていたんだと。特に動画を流してから、ここ1ヵ月は目標の額にするまで忙しかったそうだ。が、目標の額を大きく上回る金額を叩きだしてしまったとか」
だから、学校でそそくさと帰っていったのだ。滅びかけている地球でも経済は回っている。なぜ自分にそのことを教えてくれなかったのか。いや、地球での株取引の仕方などわからない。でも教えてくれたら自分だってなにか対処法を考えられたかもしれないのに。
正之は察したのか言った。
「君に負担をかけたくなかったのだろうな。ベースから来た留学生だし。聖君は言っていたよ。川島君を巻き込んだのは俺だからと」
「いや。僕が選択したことです」
「いい友情だ。大事にするといい」
正之はついてくるように命じた。監視係を振り返ると、地下から笑って手を振っていた。
一旦客室へ通される。荷物一式が返ってきた。
「部下に調べさせて、8関連の記述及び動画はデジタルネット、そのコンピューターの両方からすべて削除してある。記録チップも預かる。ノートももちろん返すことはできない。でも、君はできる限り、デジタルネットを使わなかったみたいだね。湯治はかなり怒っていたよ。まあ、君もなにかのカンが働いて、あの親の前で使うことをためらっていたんだろう」
目尻に涙をため、笑っている。
「そんなに父親が怒ることがおかしいのですか」
「デジタルネットを開発したのは携帯型のやつも含めて父方の日曾祖父だから。それを湯治は誇っていてね。不具合やバージョン関係は先祖の遺志を引き継ぎ湯治が直している。だから、使われないことでプライドが傷ついたんだよ。僕も似たようなことをしていたんだ。彼らのプライドは何度でも粉砕させたほうがいいのさ」
正之もまた、湯治から逃れたかったのかもしれない。
「まあ、動画を削除したところで、既に世界に広がっているから無意味なことなんだけどね。現行法では仕方がない。荷物、足りないものはあるか」
確認する。全て揃っている。大丈夫だというと、迎えが来ていると言われて不思議に思う。健吾か悠斗だろうか。どうやって顔を合わせよう。
正之に同行していた他の警察官に促され、客室を出る。
「僕の見送りはここまで。あとは部下が出入口まで案内する」
「あの……」
疑問がいろいろ湧いて、正之を見上げる。
「君の住む場所は確保してある。国内から批判の声がすごいよ。君も、聖君も西園君も、全国に実名が報道されている。これは仕方のないことでね。外に出たら気をつけたほうがいい」
とりあえず覚悟をした。そして正之にお礼を言った。
警察署の出入口まで行くと、一台の黒い車が止まっていた。車の前にいたのは、小野村だ。
「どうして」
小野村は咲夜の顔を見ると、思いっきり手を引き、車の後部座席に押し込んだ。
「あ、あの」
運転席に回り込むと、小野村は車を発車させた。
わけのわからないまま、景色が動き出す。どこへ行くのだろう。
「これは。正之さんが手配して下さったのですか」
隣を走っている車が窓を開けてこちらを覗き、カメラを構えている。小野村は車を追い越す。
しかし車は追いかけてくる。ギュルルとタイヤの擦れる音が車内からしたかと思うと、車体は方向転換した。あまりの勢いに、咲夜は窓で頭を打ってしまった。
「迂回します。しっかりつかまっていてください」
例の車は追ってくる。小野村はスピードをあげる。
「なんですか、あれ」
言っても答えがない。運転に必死なのだろう。
舗装されていない1本道に入る。追いつかれないよう小野村は左右に車体を揺らして後方から来る車の邪魔をする。振動が激しく、酔いを起こした。
車はなおもぴったりと後ろをついてくる。道は急カーブが続いていた。ガガガ、とタイヤと地面の擦れる音がしばらく続く。しかし小野村は逃げ切ることに集中しているようだ。ハンドルを勢いよく切り、カーブを抜けると、今度はぬかるんだ地面が目に入った。
「よし!」
小野村は呟きアクセルを勢いよく踏む。背後で耳障りな音が聞こえ振り返る。どうやら追ってきた車はぬかるみにタイヤを取られて、進めなくなったらしい。
ふう、と息を漏らす。先はいくつもの別れ道があり、入り組んでいる。辺りは木々に囲まれ暗い。ところどころに建物が見え、蔦や苔が建物にびっしり貼りついている。
建物は窓が割れ、中が暗い。人は住んでいないようだ。死に絶えた街、とでも形容できそうな不思議な空間だった。車は速度を落としてゆっくりと進む。小野村の道の選び方にはためらいがない。
「この道を抜けると、神奈川へ出ます。そこからまた新宿まで戻ります。いいですか」
「迂回ってこういうことですか。さっきのは」
「国営じゃない放送局のカメラマンですよ。かなり歪曲した嫌な報道をします。ここ数日、ずっと今回の件について嗅ぎ回っているんです」
「なんで国営じゃないってわかるんですか」
「国営放送のカメラマンならわかるところに証明書をつけているのですよ。それで事実を至極淡々と流します。でもまあ一応、日霧市長がベースからの犯罪者を乗せて車を走らせているわけですから。ふりきらないとまずいことになります」
犯罪者。それについて、今は深く考えない。
「ここは」
窓の外を見つめ訊ねる。
「かつて栄え、今は没落した街です。物理介入が可能だった頃のアンドロイドが暴徒化して、一番被害の出た街です」
思いを馳せる。チャムで見たようなアンドロイドがたくさんいた時代の話だろう。
「ずっとこのままなんですか」
「ええ。200年前から。人が住むには未だ有害な物質が検知されます」
「アンドロイドはなにをしたんですか。毒ガスでも撒いたとか」
「まあ、大体そうです。頻発する人間の犯罪を真似てしまいました。アンドロイドの扱いも、8と同じような時期があったと聞きます。ですが、彼らは目覚めてしまった。人間の残虐さに怒ったのかもしれません」
小野村はミラー越しに咲夜を一瞥する。
「8が暴徒化したことはないのですか」
そういう時代があったとしてもおかしくない。
だが、小野村は言い切る。
「ありません。8は常に丸腰ですよ。アンドロイドとの違いはその点です。アンドロイドは衣食住は必要ない。なくても苦しまない。当時、『死』という概念がなかった。壊れても殺されることはない。だから怖いものもなかったのでしょう。テロでした」
今のホログラムには死の概念があるのだろうか。由香利や遥を思い出せば、あるのだろうと考えられる。
道は緩やかな下り坂に入る。かねてより疑問だったことを口にしてみる。根拠はないが勘は告げる。
「あなたはずっと手にかけてきたのですよね。8になった子どもの親を」
「おや。そこまで知っているのですね。賢い。なぜ分かったのですか」
あっさり肯定した。
「あなたの目ですよ。その鋭さは、多分多くの悲惨なことを目にしているうちに身についたのでしょう。犯罪をしている人の目に似ている。でも市長なんてやっているくらいだから犯罪者ではない」
チャムで嫌と言うほど、犯罪者の目を、顔を見てきた。
「この国では一応合法なんですから犯罪者呼ばわりはやめてください。好んでやっているわけではないのですから」
「どう殺すのです」
「気絶させ、市役所の地下でそのまま死なせます。手にかけるのは市長クラス以上の人と決められています。嫌な仕事ですが仕方がありません」
「なら、早川の両親を殺したのは、是枝市の市長ですか」
「あなたのもともとのホストファミリーですね。ええ、多分そうだと思います」
場所の暗さも相まって、淡々とした口調が少しいらつく。
「親を殺す必要はないでしょう」
「本当は法にはない。ただ、一度誰かが初めて、それが法のような秩序になってしまっているのです。親はどうしても子供を守るでしょう。だからどんな手を使っても殺さねばなりません。過去、逃げた親ももちろんいますが、必ず捕まえます。即断即決です」
咲夜は思わず小野村の右肩を強く掴んでいた。怒りから自然と出てしまった行動だった。びっくりしたのか、小野村の全身が跳ね車体が不安定に揺れる。
「勘弁して下さい。ここで怒られましても、私の一存だけではどうにもならないことです。市長というのも気苦労が絶えません。死ぬ直前の彼らの叫びを、子供への想いを、誰にも相談できずに墓まで持っていかなければならないのですよ」
小野村の立場を考え、手を離す。
「早川家の男の子は今どうしていますか」
「まだ専用の施設にいる。それくらいしか私もわかりません」
車は再び跳ねて普通の車道に出た。もうなにもしないでくださいよ、と念を押す。
「それで、この車は新宿のどこへ向かっているのですか」
「都知事の所有するマンションです。あなたにはそこで条件付きで生活してもらいます」
完全に予想外だったので混乱する。
「なぜ。公共の施設ではないんですか」
「ひとつはあなたがベースからの留学生であること。ベース人は丁重にもてなさないと、問題に発展します。もうひとつは、都知事が今回の騒ぎに大変興味を持たれたことですかね。瀬賀正之さんが話をした影響も大きいですが、マンションにあなたを住まわせると決めたのは都知事のご判断です。正之さんはどちらかというとあなたを処罰せず都知事のもとに送ることで、両親に地団駄を踏ませたい思いがあるようですが。公私混同していますよねえ」
小野村は笑った。つられて笑ってしまった。正之は流石に知能集団を相手にしているだけあって、自らも結構な知能犯である。親に一矢報いたいという思いがあるのだろう。それにしても都知事自ら動いたということは、なにか話をしてくれるのだろうか。
「小野村さんもなにか、8の時代背景を知っているのですか」
「いえ。あなたがお聞きになりたいことは多分なにも」
「本当に」
後部座席から見える頭頂部が左右に動いている。
「なにも知りませんって。私はしがない日霧の市長ですよ……。それより川島さん、ご夫婦からの振り込みは今、市が預かっています。新たに口座を開設する手はずを整えます」
川島夫婦にも、もう知られているかもしれない。それでもまだ援助を続けてくれている。
「学校はあなたがたの件で揉めています」
「学校か」
日本に来る前はものすごく楽しみにしていた場所だった。勉強はしたいけれど学校制度自体がもう狂っている。通い続ける意味がないように思えてくる。
「夏季休暇の間に処遇は決まるそうですが。停学か退学か。まあ退学になっても、日本の高等学校の卒業資格がとりたいのなら方法はいくつかあります」
「悠斗と健吾は」
「あなたと同じ処分になるでしょうな」
溜息をつく。自分はともかく、流石に2人は卒業しないと未来がなくなるかもしれない。本人たちはいいというかもしれないが、なにか返せないものだろうか。
「今後はとりあえず、目立たないようにしてうまくやって下さい」
車はいつの間にか、外側が黒く輝く高い建物の駐車場に止まった。
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