5-9


独房みたいなところに入れられるのだろうかと考えていたが、案内された場所は意外なことに「客室」と書かれた場所だった。指紋と頭髪を2人の警察官に採取さる。


「ちょっと待って」


制服を着た警察官が見張りを置いたまま去っていく。中は広く、黒いソファーとテーブル、灰皿、呼び鈴が置かれている。

 

10分ほどして、グレーのスーツを着た背の高い男性が制服を着た女性と一緒に入ってきた。 


年齢は30前後といったところだろうか。


「やあ」


とても爽やかに笑うので拍子抜けした。もっと強面の人がやってきて、激しい拷問をされることを想像していた。男性は咲夜の正面に座り足を組む。


「なんかいろいろやったんだって。いいね、若いっていうのは」


心底楽しそうに笑っていた。戸惑いつつ立ち上がると、座ったままでいいと言われる。


「僕は瀬賀正之。一応警察の、普段あまり表には出ない人間だ。警察は旧時代の捜査手法を基本にしているけど、組織の体制はなにもかも変わっている。警察庁という呼び名も警察本庁になってね。僕はそこの人間だったんだけど、今年から階級をひとつ落としてこっちに派遣してもらった。菊三巳(きくさんみ)という階級だ」


警察の中で菊がつく階級は、知能犯を相手にしているという。警察本庁で指揮官を務めていたが、籍を日霧の署に移してのんびり暮らしたくなったのだと言った。「三巳」というのは警察の中でわりと上位らしい。


女性は室内の隅に座り、一切口を挟まずレコーダーと旧式のコンピューターを取り出している。書記官だろう。


「瀬賀って」


「そう。瀬賀湯治、弘子のひとり息子。湯治が通報してきたからびっくりしたよ。バッカじゃないの」


そう言って声を出して笑っている。


「湯治さんからの電話を受けたのは、あなたなのですか」


「通報してきた人の声は、この署内の全員が聞ける仕組みになっているんだよ。なんだか激怒しているモンスターみたいな人が電話をかけてきたなあと思っていたら、湯治じゃん? あ、ベースから来た留学生が湯治の気に障ることをしたんだなって思って僕がちょっと声をかけて、この件は担当させてもらうことにしたわけ」


「なぜ僕のことを……」


咲夜の情報は4月の段階で湯治からもしもの時に、ひとり暮らしの正之のもとへ、個人的な情報として通信で送られていたらしい。悪さをしたらすぐ捕まえろという意味で。


「向こうは警察の中に息子がいるんだ、くらいの勢いで電話をしてきたんだろうな。灸を据えろみたいな感じで。可哀想に。あの家、不愉快で居心地が悪かっただろう」


「それはそうなんですけれど。でも、出生を知られる前はよくしてくださいました」


「先に詫びておく。両親はたいそう失礼なことをしたのだと思う。すまなかった」


正之は立ち上がり、深々と頭をさげた。


「いえ……僕は別に」


まさか謝られるとは。頭をさげてほしい人は別にいたが、それは正之がすることじゃないので黙っていた。ママナも性格からして謝罪は望んでいないだろう。頭を上げてくださいと言うと、正之は座る。


「あの両親は一周回ってバカなんだと思えるほどプライドが高い。あの2人が留学生を受け入れたのは、まあ世間体のためだろうな。滅多に来ないベースからの留学生、しかも、優秀でいい生活をしてきたような感じの子を迎え、こちらでもいい生活をさせてやれば人生に箔がつくとでも思ったんだろう。彼らの生活のモチベーションもあがるし、近所にもよい顔ができるって。狭量な楽しみかただよねえ。彼らの生きる楽しみはプライドだけで成り立っている」


よく喋る人だ。実の親を呼び捨てにする点で、親子関係は良好なものではないのだと察する。


少し2人で話したいと、書記と見張りを退室するように命じる。


2人が出て行き静かになると、緊張感が出てきた。正之は両手を組み姿勢をかがめた。


「さて。動画は既に見ている。君がなにをしたかというのは大体把握していたよ。今は君のデジタルネットと、君がベースから持ってきたコンピューターを裏で調べさせている」


「把握していた」なんて、まるで最初から行動を知っていたみたいではないか。


「動画はいつ見たのですか」


「海外のサーバーにアップされてすぐだよ。国家はそこまでバカじゃない。デジタルネットとは全く異なるシステムを国は運用していてね。一度目もつけられている。ほら、8居住地区のあたりですれ違わなかったかい。誰かと」


遥のノートを手に入れた時だ。「なにも貰ってないよね?」と訊ねてきた人を思い出した。


「彼の報告に軽度注意人物、とあった。もちろん証拠はないからこっちは放置。でもさらに小学生とのやりとり。すぐに保護者が通報してきた。そして今回の動画。監視システムに引っかかったんだ。すぐに発信元を調べた。そうしたら君らの名前が出てきた。名前を今度は警察が使っている特別なコンピューターで検索する。この国は全てに監視システムが蜘蛛の巣のように働いている。君も見たことがあるだろう。地中から放たれる青い光。あれで全部人々の行動を監視できる仕組みになっている。8が矢面に立たされてばかりいるけれど、一般人も監視されているんだよ」


腰を浮かせ、座り直す。


「それをみんな知っているんですか」


「みんな知らないよ。知らずに8だけが監視されているんだと思い込んで好きに生きている。デジタルネットもホログラムも、普段使っている授業でのパネルも、国家の中枢に回線がつながるようになっていてね。名前を国家と連携しているコンピューターで検索すれば、すぐに誰がなにをしているか記録として出てくる」


「そこまで。監視社会じゃないですか」


自由が聞いて呆れる。


「そうなんだよねえ。治安維持と人類の歴史を記録に残すというのが建前だけれど、まあ人間の根本っていうのは監視が大好きなのかもしれない。監視、干渉欲求みたいなのがあるのかもしれないよ。権威や権力を持てば持つほど、監視、管理の規模も大きくなるものさ。だから君たちの行動は筒抜け」


言って、スーツの内ポケットから直径五センチほどの円形の懐中時計のようなものを取り出した。


しかし形はそうであるものの時計ではない。スイッチを押すと白黒の立方体パズルのようなものが映し出される。そしてちょっと触っただけでブロックが自動的に動き、凹凸を作る。

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