5-10

正之が声をかけると、凹凸の隙間から空間に光が射し、直後大量のファイルがでてくる。


「これは警察だけが使っているものさ。君の数秒ごとのファイルがここにある。まあ適当に開いてみよう。これなんかどうだろう」


正之は適当にタッチする。すると凹凸がまた自動的に動き形を変え、別の画像が流れる。


駅から続く道を、悠斗と健吾、吾妻の4人で歩いているところが遠くから映し出されている。


吾妻にインタビューをした時のものだ。


会話も聞こえる。日時と日付も書かれてあった。別のファイルを開く。


8居住地区での行動も見られていたのだ。こうやって実際に映像を見せられると、やはり監視の目があったのだと実感できて気分が悪くなった。 


「8を助けるのは犯罪になるほど悪いことなんですか」


正之はなぜか少年のように目を輝かせた。


「悪いことだね」


「でも僕は……いや。悠斗も健吾も監視されていてもすぐに捕まらなかった。そうだ、あの2人は。あの2人はどうしていますか」


動画を流すことを発案したのは自分だ。一時の激情に駆られて巻き込んでしまっただろうか。


「今、捜査の手が伸びているよ。じき、拘留されるだろう。まあ、1度や2度くらいは人情で8を助ける一般人もたくさんいるから、いちいち全員を逮捕していてもキリがない。通常は黙認している状態さ。8が一般人に手をあげたという深刻な問題が発生した場合のみ、我々は動くことにしている。システムに引っかかったところで、瑣末なことであれば動かない。その辺は正直、我々は結構甘いんだな。甘くないのは市民のほうだよ。8を助ければその人に鬼の首を取ったかのような反応をする人が多い。君たちのしたことは、市民からどういう感情を持たれるだろうね」


「そう思って国内では流さず、海外とベースに流したんです。あなたも、多くの人々と同じ感覚を持っているのですか」


「あの両親と同じにしてもらっては困る。先程8を助けるのは悪いことだときっぱり言ったけれど、立場上そう言っているだけでね」


正之は白い歯を見せて笑い、流した動画を空中に映し出す。


「見てみろ。海外で再生数がどんどん伸びている」


思いがけない数字が叩きだされている。すでに300万ほど。


どうしてこの人は警察の人間でありながら、こんなに喜んでいるのだろうか。


「この件は一応、深刻なことですよね?」


「もちろん深刻さ。でも僕個人としては面白い。歴史がわずかでも変わるかもしれない。君に拍手を送りたいよ」


少年のような瞳になる。警察としての意見ではなく、個人の意見を言っているのだ。だから他の書記官と見張りに退出してもらったのだろうと考えられた。純粋に正之に興味を持つ。


「ではあなたは、8の制度をどう思っているんですか。個人的な意見を聞かせて下さい」


正之は背もたれに上半身を傾ける。


「警察官を目指した最初の理由は8だった」


顔をあげ、咲夜の頭上辺りに目線をやると、思い出すように言った。


「小学校の入学式後、クラスから8が決められたときのあのぽかんとした感じは忘れられない。学年があがるたびに知識は増え、恐怖を感じ、違和感を無意識の中に仕舞いこむ。でも僕の場合、まあ早い話が、10代の時にたまたま恋をした子が8だった。それが人から見て奇異だといえば奇異ではあったんだけれど」


「その人は、今は」


「とっくに殺されたよ。庇ったらリンチで僕も殺されかけた。8に恋をしたと知った湯治と弘子からも酷い仕打ちを受けたもんだよ。僕はその時水面下で、合法的に8を助けるすべはないかと考え始めた。ちょうど君と同じ年齢くらいの時だ。色々、本当に色々調べた。でもなにもなかった。なにもできなかった。だったら警察という国家権力を使ってなんとかできないか。そう思って警察に入った。しかしとんでもない。警察にとって8は敵だ。まあ今から思えば、警察というのは国に従うものだから当然なんだな」


しばし黙り、続ける。


「湯治たちも息子が警察のエリートだと鼻高々だ。頭だけは優秀になるよう産んでくれたからね。でも、それはちょっと僕には屈辱でね。あいつらは息子をただの家畜としか見ていない。そして8のことを深く考えず、本当に残酷なことをしている。僕は8が酷い目にあうたびウンザリしていた。でも立場上、8やそれにかかわった人を取り締まらなければならない。そんなジレンマを抱えて限界を迎えていたとき君が来た」


警察の上位の人でも変えられない社会なのか。


「……500年前、なにがあったのですか。あなたなら知っているのではないですか」


残念ながら。と首を振る。


「ああ、君は制度に疑問を持つだけではなく、なぜ法ができたのかも知りたいのか」


「はい」


正之の黒目が左右する。なにかを思案しているようだ。


思わず身を乗り出した。


「心当たりが」


「あの法律を発案した人の、直々の子孫が都知事だと言われている。嘘か本当かは知らない。そんな口伝を、仕事の成り行き上ちょっと偉い人から耳に挟んだだけだ。積極的に聞こうとする人もいない。資料も存在しない。でももしかしたら、なにか知っているんじゃないか。都知事は色々な考えかたのできる人だよ」


「会うことはできますか」


「僕が取り持っておく。と言いたいところだけれど」


これまでとは打って変わってしっかりとした顔つきになった。


「その前に君、自分の状況はわかっているかな。追いだされて住むところもなくどうする」


「野宿でも平気です」


溌剌と答えてみたものの、確かに足元を見なければいけない状況である。


「元気だねえ。でも、一般人の野宿は禁止されているよ」


正之は呼び鈴を鳴らす。書記官と見張りが戻ってくる。書記官は隅にある席に着き、仕事体制に入る。


「まずは現行法にてらして、君の処遇を決めなければならない。もうすべて認めているのだから、諸々の質問は省こう。で、知っているかね。法律」


湯治に口調が似ていた。


「はい。確か1年以上10年以下の懲役、300万の罰金……」


「よく知っているね。旧時代の頃は未成年の罪は軽かったと聞くけれど、今は年齢関係なく誰でも等しく同じ刑罰がある。でもそれは一般人に課せられた刑罰なんだな。君の場合はまだ一般人ですらない。そのためベース人用の法が適用されてしまう」


「実はベース人用の8のことは書類にはなにも書かれていなくて」


「たった1年しか適用されない法だからね。国も8を隠したがっている部分は正直あるし」


書記官が正之を見遣った。言ってはいけないというような目をしている。


「それで、僕に適用されるのは」


「大体、1年未満の懲役刑。それか、100万の罰金。どちらか」


8にかかわる罪の場合は、裁判にかけられることもないのだという。警察に拘束された時点で、懲役刑か罰金になる。これは日本の一般人も同じだそうだ。


「罰金を払えるなら、すぐに出ることもできる。そうした場合、僕が公共施設の家を探してあげよう」 


100万という金額は、払えそうにない。すると懲役刑か。となれば住む場所に困らないかもしれないとちらっと思ってしまったが、気は重くなる。


「まあ、こちらとしてもすぐに結果は伝えられないんだ。調べがまだ終わっていないし、君が日本へ来てからどのようなことをしてきたか、逐一ファイルから洗い出さないといけない。それが仕事ってものでね。検証が終わり次第いろいろな警察の人間と検討しつつ、君の処遇が決まる。それをベースにも伝えなければならない。それまでは、留置所にいてもらう。いいね」


最後の「いいね」には圧力があった。


頷く以外に道はなさそうだ。

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