5-4
翌日は休日で、豪雨となった。
どこかへ行きたがっていた湯治も、流石に諦め家でくつろいでいた。
咲夜は傘をさしてずっと近所の図書館へ行き、課題を片付けていた。
月曜も豪雨だった。学校に吾妻の姿はない。傘なんて持てないのかもしれない。
日霧市や是枝市の8にインタビューを続けてみたが、どの8も一様に苦しい、辛い、地獄だと同じことを言うので、これ以上続ける必要はないと判断し編集作業に取りかかる。
休日の間に悠斗が作曲したといういくつかの音楽のコピーを持ってきた。悠斗は祖母の影響で音楽が好きなのだという。コピーのデバイスは旧型のものだ。編集作業はほぼすべて、ベースのコンピューターで行うことにする。
由香利と遥が興味深そうに見ている。2人がいるだけで、なんとなく心強さを感じる。話し合い、見やすいように画像をカットしたり繋げたりしていく。
咲夜は分かり辛そうな個所に補足説明をするためのテロップと、字幕をタイプする。ナレーションとしての声も当てることになった。英語で話すことになるのと、声紋が知られた時、悠斗と健吾では日本の法律が適用されてしまうためだ。
作業に没頭している間に雨期が明け、容赦のない太陽の光が照りつけるようになった。うるさく鳴く昆虫の声に、時々頭がどうにかなりそうだった。日本ではこの昆虫の鳴き声を「風情」というらしい。旧時代に比べ、雨期と蝉の鳴く時期が早くなっているという。
吾妻はまだ学校に来ない。
気になって作業を中断し、3人で是枝市の8居住地区を訪れる。
吾妻の住んでいる薄い扉をノックすると、中からは全く見覚えのない15歳くらいの女の子が様子をうかがっている。吾妻の身になにかあったのだろうか。不安がよぎる。
「君は」
咲夜は訊ねる。女の子は答えない。
「君の前に住んでいた人はどこへ行ったか知っている」
「えっと。その。私の家、壊されて。その人が私にここをゆずって、どこかへ行っちゃった」
咲夜が口を開こうとすると女の子は目を閉じ怯む。
「大丈夫。なにもしないから。その人、どこへ行ったかわかるかな」
「わからない。でも夜、怖そうな人が複数来ていた。多分、役所の人だと思う。着ているものと、バッジでそう思った」
3人で顔を見合わせる。
「その怖そうな人たちは普段、ここに配給をしに来ている人」
「ううん。見たことない」
是枝の市長だろうか。
「いなくなったのはその怖そうな人たちが来たあと?」
「うん」
なんの用件があって、どこへ連れていかれたのだろう。
「あの、消されちゃったのかも……」
「消された?」
是枝市の8居住地区が日霧市に比べ若干安全である程度助けあっていると言っても、境遇や性格に差が出るのかもしれない。
「そういう話を聞いたことがあるの。時々消されちゃう8がいるんだって」
吾妻は消されたのだろうか。この女の子の話を鵜呑みにするには信憑性がない。噂程度に聞いておいたほうがいい。
女の子は泣きそうになりながら扉を閉めていいかと訊ねる。これ以上かかわりたくないようで、頷くとすぐに扉を閉めてしまった。
仕方なく居住地区を出て、駅へと続く道を歩く。
「前聞いた行方不明者と関係するのかな。あながち抹消されるというのも嘘じゃないのかも」
咲夜は青空を見て言った。
「でもなんで吾妻が?」
前を歩いていた健吾が振り返る。
「一般人に助けられた……。それが仇となったのかも」
悠斗は呟く。健吾と咲夜は黙り込んだ。
「これまでのことを考えてみれば吾妻が目をつけられた要素というのは確実にある。自分たちは人道上当たり前のことをしただけだけど、社会制度上は罪になってしまうから。だって俺たち、吾妻にどれだけのことをした?」
「弁当を分けたか。そんなことで8も目をつけられるのか」
健吾が言った。
「いや。他にも前川たちから庇ったな」
咲夜は思い出しながら言った。
「子供たちからもなんだかんだで守ったな。いずれも周囲の目がある場所だった。誰かが見ていて密告した、ということも考えられる」
「でも、じゃあ、その全てを見ていた人間がいるっていうのか」
悠斗は額に汗をにじませている。
「監視されているのかもしれない」
咲夜たちにも見えない追手が迫っているのかもしれない。
「どうする? 吾妻を探すか、編集をするか・・・・・・」
気が急く。反対に悠斗は落ち着いていた。
「吾妻を助けたくても手がかりがない。市に言ったところで捕まる。今は編集が先決だ」
悠斗の判断で一軒家に戻る。周囲では特に誰かが見ていたり監視していたりといった様子はないように思えたが、気づかないところで誰かが、なにかが見ているのかもしれない。
悪寒が走るが、一人でも多くの人に知ってもらうために動画作成を早く終わらせたかった。
字幕を今まで以上のスピードでタイプする。遥と由香利の会話部分、インタビューの部分。
そして、ナレーションのためのシナリオ。
数日、普段より一層帰りが遅くなった。瀬賀夫妻には紙の書籍を読みたいので、最近はよく図書館をはしごしていると言って、昼休みに町の図書館に繰り出しては色々な本を借りて部屋に適当な個所を開いて置いておいた。
こうすることで、ひっそりと咲夜の借りている部屋に湯治か弘子が入ってきたとき勉強をしているのだと誤解させることができる。
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