5-2


「それ、きけんしこうってやつだ」


艶っぽい女の子が言った。一斉に危険思考だと声があがる。咲夜は内心でうんざりする。


「危険思考って? この国は一般人にはわりと自由を尊重されている国だぜ」


健吾がフォローする。


「自由だからこそ、8にはなにをやってもいいんでしょ」


0+0=8 0×0=8 1+1=8 1×1=8 0+0=∞


ふと、咲夜の中で、南本の数式が思い起こされた。


「なら親やみんなを真似して、ゲーム感覚で8を追い詰め殺すことを面白がる君たちは危険思考じゃないのかい」


子どもたちはなんと反論していいのかわからない様子で口ごもり、ある子が健吾のカメラに目を向けた。


「それ、なにしているの」

「日々の出来事を撮っている」

「人の顔を撮影しないで。気持ち悪いよ。警察に言うよ」


わかったごめんと、健吾はまるで気持ちのこもっていない口調で言い、カメラを止める。


「ああ、なんかもういいや。しらけちゃった。行こう」


女の子たちは咲夜を振り返りつつ集団で歩きだす。男の子たちは「待ってよ」網をずるずると引っ張りながら追いかけ走っていく。


「大丈夫?」


静けさが戻って咲夜が言うと、吾妻は平然と立ち上がる。

顔にも膝にも腕にも、至るところに切り傷ができていた。健吾が切り傷をガードする小さな貼り薬を渡そうとしたが、吾妻は受け取らない。


「慣れているから大丈夫……ありがとう」


言って吾妻はうつむき先を歩く。切り傷さえ痛々しく思うのに、8という数字を無条件に顔に刻まれることはどれだけ苦しいだろうか。


自分が初めて学校へ授業を受けていた日、南本はどんな気持ちであの数式を書いていたのだろう。想像できないほどの嫌なことを受けとめながら綴った数式。あの解は……。


「無限。無限に生み出される。そういう意味だ」


悠斗と健吾がなんだというふうに振り返った。


8は人という種が存在する限り無限に作り出される。際限なく恐ろしい行為が繰り返される。 


その残虐さに果てはない。


咲夜は南本の書いていた数式のことを話した。吾妻はそれを聞いて言う。


「内心ではこの理不尽な制度が悔しくて悔しくて仕方がなかったんだと思う」


南本の憎悪のこもった筆の走らせ方を思い出す。


「吾妻も南本と同じ気持ち?」


咲夜は訊ねる。


「気持ちはとてもわかるよ。でも、殺されるなら殺されるでそれも私の人生なのかなって。きっとなにか、こういう人生にも意味があるんだって思う」


命には意味がないと言った遙と、意味はあるという吾妻。どちらも8という環境下の中では正しい意見なのだろう。ただ、24時間365日生命の危機にさらされているのにもかかわらずそう言える吾妻には芯の強さを感じる。


吾妻の住んでいる居住地区は日霧の8居住地区より落ち着いているように思えた。家は簡素ながらも高さがわりと統一されており、人々は家と家の間の通路を歩いている。その表情はわりと穏やかだ。



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