5-1
デジタルネットで検索してみると、8居住地区の地図はしっかり載せられていた。
全国の各市に1か所から5か所程度、8居住地区がある。一般人はいつでもどうぞ。
そう言っているのと何ら変わらない気がして、咲夜は歯を食いしばる。そんなに8で憂さを晴らしているのならば、一般人同士の犯罪はどうしているのかと気になり、検索をしてみる。
年間15件程度は起きている。チャムより断然件数は少ないけれど、殺人や窃盗、傷害致死もある。ただ、8がいるだけでこれだけ少ない。
突如、猛烈な疲れを感じた。慣れていると思いこんでいても地球にまだ体が慣れていないのか、それとも暑さにやられているのか、あるいは秘密の活動をしていることで知らないうちにエネルギーを消耗しているのか、体力が極端に落ちている。
「あれ」
手首を見ると、日本へ来た頃よりも一回り細くなっていた。
翌日、授業中に吾妻に手紙を回した。
「放課後、俺たちと10分遅れで教室を出て。駅で待っている」
吾妻はただぼんやりと手紙を眺めている。
時間差を作ったのは、周囲の生徒たちに怪しまれないようにするためだ。
放課後になり、3人で学校を出る。
外には生暖かい風が吹いている。何気ない会話をしているうちに駅に着き、吾妻はぴったり10分遅れてやって来た。
場所を変え、人の気配の少ない路地で話をすることにした。3人で取り囲む。こうしていれば、周囲からは8をいじめていると思われる、と考えてのことだ。吾妻は抵抗もしない。
自分たちの目的を話し、これからしようとしていることを伝えると吾妻は顔をしかめた。
「そんなことをしたら……私は従うしかないけど」
「君の居住地区へ行って、君の住処を見せてもらって、そこで話を聞いてもいい?」
「私、列車は使えないよ。すぐなにかされると思うから……」
「いいよ、歩こう」
悠斗が歩き始めると、吾妻も従って歩き出す。
「南本も、君と同じ地区にいたの」
咲夜は訊ねる。
「いた。話をしたこともある。私は別の学校へ行く予定だったけれど、人が集まらなくて廃校になったの。それで待機をしている間に南本さんが亡くなって今の学校へ行くことになった」
やりたいことはなんでもできる社会と銘打っていても、上手く立ち行かなくなる場合もあるらしい。
小崎町の駅前を通り、日ノ本児童公園を横切る。
不意に血の臭いが蘇った。
「ここだ。ここで南本が殺されていた」
「ここでか・・・・・・」
健吾が呟く。咲夜は児童公園の中に入った。
突如、背後からせわしない足音が聞こえた。次に嬌声。
咲夜は振り返る。吾妻が大きな網をかけられ転んでいた。男女が入り混じった10歳
程度と思える児童が8人程吾妻を囲んで「捕えた!」と叫んでいる。
「そんなことをするな」
悠斗は怒った。児童達は8が通りかかるのをどこかで待ち伏せしていたのだろう。
「なんで」
男の子のひとりが悠斗に疑問を投げかける。
あらゆる目が、咲夜たちを8であるか否か確かめている。
「そんな網をこんな細い道で使ったら危ないだろう。どこで手に入れたの」
悠斗は児童達に歩み寄った。咲夜と健吾も続く。
「海に行った時に。漁業をしている人が使わないっていうからもらった」
漁業用の網なのだろう。健吾はすかさずカメラにスイッチを入れる。
「なんでこの8に網をかけた」
悠斗は怒った口調で言い、咲夜は慌ててかけられた網から吾妻を救い出す。あー、いけないんだ。そんな声が一斉に聞こえる。吾妻は苦しそうに呻いている。
「もう一度聞く。なんでこの8に網をかけた」
「捕えてからじゃないと殺しにくいじゃん。この8がここを通り過ぎるのを毎日見ていて」
別の児童が平然と言った。
「じゃあ、前から狙っていたの。なんで殺したい?」
咲夜は訊ねる。
「クラスの8をみんなで3匹殺したから、今度はもう少し大きな8をねらいうち」
自慢げにそう言った子がピストルを悠斗に向ける真似ごとをしてバーン、と叫んだ。
末恐ろしさを感じる。
「クラスの8は君たちみんなで殺したの」
「クラスのだんけつりょくってやつをつけるために、計画を立てて、8を追い詰めたんだ」
一匹は海に呼び寄せて溺死させたんだ。その時見かけた網をもらって、二匹目はその網をかぶせて死ぬまでリンチ。3匹目もねえ、森に行って網で吊して放置したら死んだ」
色々な子が瞳をキラキラと輝かせながら口々に自慢げに語る。
「同じクラスの8を3人も殺したんだから、もう団結力はついているはずだろ」
悠斗が屈み込んで児童の一人と目を合わせる。
「そうだね。でもスッキリするよ」
女の子が答えた。妙に艶っぽく、大人っぽく、生意気そうな顔をしている。
「3人殺してスッキリしたの。で、今もスッキリしたいの」
「うん」
「それは団結力という目的が、スッキリしたいという君たちの欲に変わっているだけだよ」
悠斗は諭す。
「でも8は殺すものでしょ」
ピストルを持つ真似をした男の子が言った。
「どうして殺すものなの」
「え。法律で決められているし」
「法律書に書かれていることは『8は殺すもの』じゃない」
男の子は言い淀む。
「じゃあ、法律書にはなんて書かれてあるの」
「よく読んでおきなよ。それに法律が絶対とは限らないよ」
悠斗はほんの少しだけ嘲笑う。
「どっちみち8は殺してもいいんでしょ? 人間じゃないんだし」
艶っぽい女の子が潤んだ唇を上下に動かした。
「本当に殺してもいいの。いつからそう思った。君の中には、いつから8の知識があった」
咲夜は敢えてそう言った。女の子は空を見上げた。
「いつからだろ……生まれた時から?」
「そんなわけはないよ。入学式の前は、8に対してどんなふうに思っていた」
「なにをしてもいいよって教わっていたよ」
「君自身はどう思っていたの」
「みんな殺している。お母さんも前、殺していたよ。この公園にいた8を刺したんだって。なんだかストレスが溜まったから、思い切って包丁で刺したんだって。血は臭かったけれど、ぱあっと広がる赤は鮮やかで、見ていてストレスもなくなっていったって。私も一度、それを見てみたい」
咲夜は一歩踏み出る。怒鳴りつけ殴りたい思いに駆られる。
「それっていつ」
「5月」
確証はない。証拠もない。だが、被害者は南本なのだろうと推察ができる。
「みんながやっているから、お母さんがやっているからと言って、君もやっていいの」
「いいに決まっているじゃん」
「どうして。その動機は。蛙の子は蛙っていうけど、君は蛙になりたいの」
艶っぽい女の子も、周囲の女の子たちも咲夜達の言っていることが気に入らないといった表情で顔を見合わせ、みんな同時に腕をさする。
子供たちの、とりわけ女の子の集団のそういうやりかたに苛立ちを覚える。
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