4-3


放課後になり、咲夜は自ら健吾と悠斗に集まろうと声をかける。


前と同じ悠斗が借りている一軒家へ行き、今朝の事情を話すと、悠斗は大きく息をつく。


「やっぱりこうなるのか」


「こうなる。が読めていて昨日吾妻と一緒に弁当食べたの」


「だって嫌だろ。クラスに変な空気が流れたまま日々を過ごしているのって」


悠斗が言った。


「でも、益々変な空気になっちまったな」


健吾が肩を回す。


「この国の人々は相手の立場になって考えるっていうことはしないの。瀬賀夫婦はチャムで犯罪になることを笑ってやっていたんだ」


感情がまた溢れそうになるのをこらえる。2人はしばらく黙り、悠斗が静かに言った。


「傷つくことを知らない人が多いんだよ。咲夜が殴った時の前川たちの反応だっけ。見たらわかるだろ。誰かを傷つけても、罪悪感が生まれるっていう人はあまりいない」


「そんな人ばかりだとまずいよ。一般人の子供はちゃんと可愛がられて育てられているの」


これには健吾が答えた。


「それな。今、二極化しているらしいんだ。子供を可愛がっている夫婦と、一切の無駄を省き合理化して育てる夫婦がいるって」


「合理化って?」


悠斗はちょっと考える仕草をする。


「理詰め、ってことになるのかな。俺がそう。紅葉はなぜ紅くなるか。そんな幼児の問いに、想像する隙を与えず、科学的な、理論的な回答をよしとする。葉を落とす樹木の分類を教え、緑の色素であるクロロフィルが秋になると光合成がうまくできずに分解されてアントシアニンやカロチノイドの色素が浮かんできて云々、っていう答えを幼児が納得するまで、親が答え続ける。極端な話、1+1は2以外の答えなんかあり得ないのが親の常識であり子の常識となる。そんな親のもとで育った子供は頭はいいけど冷酷になると言われているよ」


初めから正解を与えられた中で育っているのだ。これでは正解のない疑問が出てきた時に、打破できない。なにも広がらない。


「でもさ、悠斗は冷酷じゃないよね」


「親は冷酷だよ。子を育てるのはあくまで優秀な子孫を残すための義務と考える人。だから親が笑ったことなんてあまりない」


瀬賀夫婦と似たような意識の人々なのだろうと想像をする。


「まあ、でも祖母が優しいからその影響が大きいかな。あと健吾の両親も優しくて感受性が豊か。なぜ紅葉は紅いのか、という問いに様々な想像力を駆使した答えをよしとする人たちだ。だから色々な人の刺激を受けて感情を捨てきれない人間になったのだと思う。でも両親からは俺は突然変異みたいに思われている」


悠斗は悠斗で両親との確執を感じているのだろう。それなら咲夜もそうだ。瀬賀夫婦と確執ができた。だからこそ言う。


「僕は君たちに協力しようと思う」


おっ、と2人は嬉しそうな表情になる。 


火事の、ママナの無念を晴らすという、ちっぽけな復讐心がきっかけとなった。


しかしそんな復讐心よりもずっと、制度に対する怒りの炎が心のうちで燃え続けている。なんとかしたいという思いに駆られている。


そうであるなら、2人に自分の出生を話さなければならなかった。話さず協力するのはなんとなく騙しているようで誠意もないと感じられる。そしてちょっと偽善的だ。


「2人に極秘にしてほしいことがある」


打ち明けることにした。生い立ちについては自分で消化している部分もあるので淡々と客観的に話す。


ベースでのことをひととおり話したうえで、ホストファミリーが変更になったことも付け加えた。そして、今朝の件も。


2人は瀬賀夫婦への怒りをあらわにした。共感を示してくれる人がいて、嬉しく思えた。


咲夜は鞄から預かったノートを取り出し、見せる。


「これ、8居住地区へ一人で行ったときに手に入れたものなんだけど」


悠斗も健吾もすぐに見る。そして夢中になる。


2人はしばらくノートと手紙を交換しながら読んでいたので、咲夜は窓の景色を眺めていた。


健吾が不意に目を離し、言った。


「なんだろう。これを読んだ、この感覚。親から子への。そして親から子への気持ち。なんとなくわかるんだけど表現が難しいな」


「その語彙はベースには残っている。日本語で『愛』って言うものなんだよ」


「アイ……」


2人は繰り返し呟いている。健吾は目に涙をためている。


悠斗は無表情だ。両親から「愛されて」育ったのは健吾だろう。


「日本から消えた言葉みたいだ。親が子に、子が親に持っていて本当は当たり前の感情。大きくなったら異性にもそういった感情を持つことができるはずのものだ。瀬賀夫婦はそれを科学的な裏付けをもって証明しろって」


「今の時代は科学に狂信的になっている人間が多いからな。漢字はあるのか」


健吾が訊ねる。咲夜は久しぶりに、紙に鉛筆で字を書いた。


2人は覚えようとしているのか真似して書いている。


「このノートと手紙を利用しよう」


咲夜は昨晩読んでいるときに思ったことを口にした。


「利用って」


悠斗が眉をひそめ訊ねる。


「多くの人に揺さぶりをかけるんだ。感情があるからこそ人は動く。これを読んで、君たちも感情が動いただろう?」


悠斗も健吾も頷く。


「なら、まず、僕たちがその内容を徹底的に覚えておこう。暗記するんだ、全て。これは見つかった時のための保険。そして、コンピューターに打ち込み内容を全て記録しておく。さらに男性と女性のホログラムに読んでもらう。レンタルできるんだろ」


「ホログラムに読んでもらって、それでどうするんだ」


健吾は身を乗り出す。策を伝える。


「ビデオカメラやそれに準ずるものでホログラムがノートを読んでいる場面を撮影する。8の実情も同時に撮影する。見やすいように編集して、ネットワークに流すんだ。500年前も問題があると動画で拡散してたって。それを真似する。日本の一般人にはなるべく知られない形で海外、それからベースに流す。海外やベースで少しくらいは気にかけてくれる人は出てくるだろう。すぐでなくても、そんな『ちょっと』が少しずつ集まったら」


2人は声をあげた。


「そうか。最初からそうすればよかったのかも。日本に知られない形で、制度を知らせていく。でも、それならこのノートはホログラムより人間に読ませたほうがいいかな。動画を見てくれる人は人間だろ。となると人工知能より人間のほうが情が湧きやすくならないか」


健吾がノートの表紙を見て「いや」と否定をする。いつになく真剣な表情だった。


「これを読ませるのは咲夜の案のとおり、ホログラムのほうがいい。そうすることで人工知能にも人間の残酷さを伝えられる。人工知能が8を嘲笑するなんて真似もなくなるかもしれない。おまえ、その辺もなんとかしたいんだろう」


健吾は悠斗を見た。


「うーん。人工知能も制御できるのならそれでもいいのかもしれない……。でも、人工知能に愛の感情なりはあるのか。人々に感情が伝わらなければ意味がないんじゃないのか」


「見てくれる人が飽きない工夫をするためにも、ホログラムはいたほうがいいぜ。アクセントにはなる。それに女性で協力を頼める人っていないだろ。読ませるのはホログラムにして、ナマの8の声を見せたほうがいいんじゃないかな。8の気持ちをカメラの前で言ってもらうのはどうだ。8に対する一般人の考えも撮影したいけど……」


「一般人か……注意が必要になりそうだね」


咲夜は呟く。悠斗がふと、姿勢を正した。


「今日この時から、俺たちは目立たないようにしよう。このことを知られてしまえば最後、逮捕される。吾妻に弁当をあげた時点でもうクロなんだけど、なぜか今のところ見逃されている。この目的はなにがなんでも完遂させよう。慎重になるんだ」


「ノートのタイプ。誰がやる?」


健吾が声を小さくして言った。咲夜は手をあげた。


「僕がベースのコンピューターに打ち込むよ。日本の機器に残すことは、今はまだやらないほうがいいと思う。湯治さんは通信業界に身を置いているから」


湯治がいる限り懸念が残る。日本の機器を使えば、すぐに知られてしまいそうな気がする。


誰がどういうことをするかと話し合っているうちに、かなりの時間が経過していた。


ノートはまず悠斗に貸して、帰ることにした。

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