3-3
「お兄さんは、なにしにここへ来たの」
「最近、日本に来て8という存在を知った。食事はどうしているの。怪我や病気の時は」
「怪我も病気も自然回復を待つだけ。治してくれる人なんかいない。治らなければ死ぬだけ。食事は、配給車が日に何回か来る。お風呂も月に1回外に簡易的なのを作ってくれる」
「学校は? 誰かに行けと言われるの」
「市役所の偉い人が月に数回様子を見に来て、どこどこへ行くようにと。僕は今霧市の中学校に行っている」
「行かないとどうなる」
「拷問を受けるよ。でも拷問を受けたら怪我でそれどころじゃなくなる。だからみんな大人しくしたがっているんだ」
「学校に行かないとばれるの」
「僕たちにはあらかじめ番号をふられて追跡機能も体に埋め込まれているから。ここは息苦しいし日が当たらない。空も見えない。だから外を見たくなる。みんな、必然的に外へ出るんだ」
45日間、恒星の光のないところにいて我慢できないくらいしんどい、という気持ちに駆られたことはあった。やはり自然の光というのは生きる上で大事なのだ。
こんなところに生涯住めと言われて、耐えられるはずがない。
「衣服の調達は? お金は支払われているみたいだけど」
「どこかの店に買いに行くしかないよ……お金は少しだけここにいる人全員に均等に支給されるけど、本当にわずか。時々騙されて巻き上げられることもある」
「誰に」
「一般人や、他の強い8……」
この制度は巧妙に造られている。そう思った。8を地下に住まわせ、地上へ出なくてはとてもやっていけないような心理状況に陥らせる。そして外へ出れば8は一般人の標的になる。
「いつも、必ず誰か帰ってこない。きっとみんな殺されているんだ」
女の子がふと咲夜を見て言った。
「ねえ。一生こんなことが続くのはなんでなの」
これまでの我慢を吐きだす口調に思えた。なるべく誠実に答えるようにする。
「僕はその理由を探そうと思っている」
「お兄さんが理由を探してくれたら私たちは楽になれるの」
返事に迷った。だが、敢えて言った。
「いや、そう簡単には楽になれないと思う」
女の子は大きな黒目に涙をためている。
「日に干したふかふかのお布団で眠りたい。毎日怯えながら過ごしたくない。体もかゆい」
女の子はぽろぽろと涙をこぼしている。誰も見ていない。
ママナがそうしてくれたように咲夜は女の子をそっと抱き締めた。8が希望を持てるなにかはないのだろうか。必死に考える。
「施設のほうがまだよかった。寝床も布団もあった。大人は僕たちを人間扱いしなかったけれど、それでもまだ、ちゃんとした生活を送れたよ……」
「施設ではどんなことをして過ごすの」
「8としての自覚、みたいなものを徹底的に教え込まれる」
男の子が言った。まだ腹を撫でている。額に妙な汗も出ていた。致命傷を負っているのではないか。咲夜は女の子をそっと離し、言った。
「ねえ、本当に大丈夫なの」
「なんだか、痛みが強くなっている。横になってもいい」
機嫌をうかがうように訊ねる。
「構わないよ」
男の子は横になった。ついでに腹部を見せてもらった。胴の広範囲にわたり紫色のあざがある。内出血しているのではないか? 内臓がどういう状態なのか、判断ができない。
「診てくれそうな人を探してくる。待っていて」
出ようとすると、男の子は咲夜の腰に飛びついた。
「だめ」
「どうして」
男の子は女の子を見遣った。
「一般人が8をひとり助けるだけで、8は下手すれば死罪となる」
腰に回している手に力がない。引き離して見ると、顔が青白く、呼吸も荒くなっている。
「でも、そんなこと言っている場合じゃないだろう。痛いんだろ?」
男の子は力尽きたように寝転がり、鼻で笑った。
「……お兄さんは僕の命を助けようとしてくれているの? 無駄なことだよ。命って、なんだろうね。誰かに診てもらって治ったとしても、さっきの3人がまた襲ってきたら同じことだ。お兄さんは僕たちを守ってくれるの。この制度からも人々からも」
「それは……」
答えられない。そんな自分を悔しく思った。男の子は自嘲する。
「俺たちの命なんてないも同然だよ。5歳の時までは、みんな僕たちに優しかった。でも8になった瞬間、人々の目は変わった。命は急に軽くなった」
目は遠くを見つめ、苦しそうにしている。女の子が不安げな表情を咲夜に向ける。なんとかしなければ。焦りが湧いてくる。
「僕たちは全てが無意味なんだ、全て。8の命はいつだって長くない。放っておいて。無駄に苦しみながら生きるより、このままなにもなくなったほうが幸せだ・・・・・・」
男の子は笑いながら涙を流して、指で2度床を叩いた。
女の子が咲夜の袖をクイクイッと引っ張る。
「お兄ちゃんはどうして優しくしてくれるの。8は人間じゃないんだよ」
「8は同じ人間だよ」
「本当にそう思ってくれるの。どうして」
「だってそう思うから」
「じゃあ、もう一回私を抱きしめて。お願い」
応えた。しばらくじっとしていると、ふと咲夜の足元に空の小瓶が転がってきた。
女の子から離れ、瓶をゆっくり拾い、振り返る。
男の子は口から血を流し、絶命していた。叫び出したくなるのをこらえ、女の子を見た。
女の子は変わらず涙を流しながら、俯いている。
「あの指トントンは合図? 抱きしめさせたのはわざと? 注意を惹きつけて、僕が見ていない隙に、この子の自殺を促したの」
女の子は嗚咽をかみ殺し、震える声で言う。
「ごめんね。彼は私を拾ってくれた時から言っていた。なにかあったときはどのみち助からないから死なせてくれって。助かったって、地獄でしょ。彼の言うとおり、自分で死ぬ選択肢くらいあったっていいよね? そのくらいの選択肢は残されていてもいいよね? ね?」
同意を求めてくる目に胸が締め付けられる。
女の子は木箱の下の空間からノートを取り出す。大事なものは木箱の下に隠しているようだ。
「死んだら持ち物、全部処分されちゃうからこれ、あげる」
「これは?」
女の子は、死んだ男の子に目をやる。
「そっちのお兄ちゃんがずっと書いていた。日記みたいなもの。読んだことはないんだけど……私たちの存在をふしぎに思っているのなら、なにかヒントがあるかもしれないよ。これあげるから許して。こういうメモ書きや日記が8の存在した意味。もう帰って。死体はそのままでいいから」
女の子は頭をさげてノートを差し出す。床に涙が滴っている。
無理になにかすることもできない。なにもできない。立ち去る他ないようだ。
「わかった……君はどうするの」
咲夜は静かにノートを受け取る。女の子は顔をあげて言った。
「もう、守ってくれる人はいなくなっちゃった。だから、守られないで生きていくしかないよ」
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