2-5


八(エイト)に係る法律  

施行 二一○一年 九・一

 

(目的)

第一条  この法律は、八(エイト)を全国に配布するとともに、国民の健全な発展を目的とする。  


(定義)

第二条  この法律において「八」とは、人間と同じ遺伝子をもつ生物のことをいう。学校

制度に於ける六歳になる児童の中から各クラス一人決める。その中で運が悪かった一名を八とし、八に選ばれなかったものを一般人と定義する。

 

第三条  

①八に選定されたものは、生涯あらゆる人権、保障の規約から外れるものとし、存在証明のために刻印を顔、腕に入れるものとする。②即時死亡の恐れもあるため、発育が未熟な十二歳までの八は専門の施設の保護下で学校に通うものとする。尚、登下校中に一般人からあらゆる行為を受けた場合は放置しておくものとする。八が選出された家庭は、財産をすべて没収する。③八は十二歳を過ぎたのちに、施設から強制的に出るものとし、各中等学校に割り当てられる。成長し十九を超えた八は各労働機関内に配置される。死亡すれば代替を用意する。


第四条  ①一般人は八に対しあらゆる行為を認められるが、売買して引き取ることは不可とする。尚、一般人が一般人に八と同じ行為をすれば刑法が適用される。一般人が一般人に抱くあらゆる感情は全て八に代替するものとする。②十二歳を過ぎた八にも居住権は与えられる。なお、各都道府県、市町村に指定された地域に居住するための土地は用意するが、居住するための材料は各自用意する。必要最低限の紙幣、硬貨、食事、風呂は市が支給する。③八のための土地は用意するが、地下以外の場所で生きてはならない。④一般人は好きに出入りできるものとする。


第五条  ①八が生存するための費用は、一般人の税金により賄われる。これを八税とする。②一般人は成人後、八のための税金を支払うものとする。


(罰則)

第六条  ①一般人は八をいかなる理由でも助ける行為をしてはならない。これに該当したものは、一年以上十年以下の懲役、及び三百万の罰金とする。②一般人は八の存在の是非について話してはならない。これに該当したものは一年以上十年以下の懲役刑とする。③一般人が八を売買し引き取った場合は無期懲役とする。④八は一般人からのあらゆる行為に抵抗してはならない。一般人に侵害、傷害を与えた場合死罪となる。⑤八はデジタル機器を持ってはならない。これに該当する場合、死罪となる。⑥八は……



咲夜はページから目を離し、一点を見つめる。


国民の健全な発展になんで8が必要となるのだ。その目的がもう意味不明だ。


細かい罰則は5ページに及び続いている。


「時代遅れだよ、こんなの」 


咲夜はページを指で叩いた。


「もう、500年続いているんだぜ・・・・・」


悠斗は狂っている、と呟く。


「『運が悪かった一名』ってなに? 8はどう決まるの」

「くじびきだ。小学校の入学式当日にくじをする。それで全てが決まる」

「くじ? バカなの」

声が裏返った。馬鹿げている、じゃなくてバカだ。

「本当にな。一度8に決まったらもう、それきり一生8。変えることはできないらしいぜ」


まさか、と思う。ホストファミリーが急遽変更になった理由というのは、もしかしたら。


変更になる前のホストファミリーの名字は早川。写真や情報はいろいろと拝見していた。通信で何度か文章も交わしている。それが急にぷっつりと途絶えて変更の通知が来たのだ。ファミリーの写真の中に5、6歳程度の男の子がいたはずだ。写真で見た。


その子は「8」になったのではないか? なら親はどうなるのだ。もう一度ページに目を落とす。


しかしどこにも「8」に選定された場合の親や家族については書かれていない。 


「8の親や兄弟姉妹はどうなる」


変更前のホストファミリーのことを伝える。すると、健吾が目を伏せ答えた。 


「……法律書には書かれていないけど親は大抵殺されてしまう。学力や知恵のある大人が集まったら、厄介だとみなされるんだろう。8にならなかった幼い兄弟や姉妹だけは親戚や8とは異なる施設に預けられて育つ」


咲夜は思わず立ち上がり、座り直した。


「なんで暴動のひとつも起きないんだよ」

「日本は、もともと批判はしても暴動をあまり起こさない。仮に暴動が起きても、変わらない国なんだよ。議論は度々されていたみたいだけど、そんなことを何百年も繰り返して、今はすっかりおとなしくなっている。もう、幼い頃から疑問を持たずそういう存在がいる、という程度にしか認識されていない時代になっている。外国からも問題視されたことがあったらしいけど所詮小さな島国のことだから放置されてる。今は他の国も余裕がないんだ」


悠斗は目を閉じる。健吾が重ねて言う。


「みんなちらっとは考えるさ。自分があの時8になったら。もし8と書かれたくじを引いてしまっていたら。それも、自我が芽生えているかいないかまだわからない5、6歳の時ではなく、大分あとになって8の惨状を目撃してから気づく。でも、目の前にそういう存在がいれば誰もが目の前の感情に流される。例えば親や教師に怒られて面白くない、ちょっと人生がうまくいかない、あるいは大人の中にも仕事でミスをしてしまった、仕事でストレスが溜まっているなんていう一般人がいる。そんなとき目の前に『なにをしてもいい』と法律で定められたなにかが、誰かがいたら……。もし自分が、なんて考えなくなる。忘れてしまうんだ。今このストレスをどうにかしたい、そういう心理状況になる。だからどんどん容認も広まる」


健吾もまた冷静だった。こういう社会制度の雰囲気の中で育って来ているから、一見したところ落ち着いていられるのだろうと考えられる。咲夜はお茶を飲んで落ち着きを取り戻す。


「じゃあ君たち2人はどうして人間のその、当然の心理に流されずに8になにもしないの。しないどころか、今日は一緒に弁当を食べた。罰則を受けると知りながら」


健吾は少し悲しそうな表情をする。


「昔、俺のいとこが8になったんだ。女の子だった。そのときに8の親がどうなるかを知った。いとこは施設を出てすぐ殺されたよ。俺にも悠斗にもなついて、よく笑う可愛い子だったのに」


納得する。2人は健吾のいとこを失ったことを悲しみ、この制度に密かに疑問を持ち続けているのだ。


昨晩8居住地区で憂鬱そうにしていた子たちも、身内や親戚が8になっている可能性が高い。 


逆に古門や前川たちには、身近に8がいないのだろう。鹿江にも。


「もうひとつ訊いてもいい? 8居住地区ではあれだけの暴力を見せたのに、うちのクラスの子たちはクラスにいる8になにもしていないよね。古門もクラスの8には気遣っていた……」


2人は顔を見合わせ頷く。


「健吾と2人でそういうクラスにした。『雰囲気が悪くなるので楽しく最後の高校生活を過ごすために、なにもしないように』というルールを作った。話し巧みに誘導して多数決をとったよ。鹿江はその件については不満そうにしていた。まあ、最後の学生生活を楽しみたい子も多いみたいだから、クラスの8にはなにもしないって感じかな。高1の時は酷いクラスに当たったよ。でも、今は建前だけでも分別のある子がいるから助かる。前川みたいなのもいるけどな」


悠斗は肩をすくめた。


「じゃあ、うちのクラスはマシなほうなのか」

「うん。それにね、今おかしなことも起きつつあるんだ」


悠斗は両手を組む。


「おかしなこと?」

「ホログラムだよ。少し前まで8には基本、なにもしなかった。でも最近は8を嘲笑し始めている。一般人を見習い、勝手に学習し始めている。こんなことがあっていいはずがない」


人間と人工知能――ホログラムの形勢が限定的に逆転しつつあるのだろうか。しかも人間から人間と認められていないために起きている現象。これが続けばやがてホログラムも8への暴走が始まるのかもしれない。


2人を前に考える。彼らは自分が来たことでおそらく、なにかを期待したのだ。そして8にどういった行動をとるか、数日間観察していたのだろう。居住地区で感じた視線は試すためだ。


「僕になにをしてほしい。君たちの目的はなに」

「8の存在そのものの廃止。でもそれには時間がかかる。今の目的は、身近な8への暴力の阻止。8が作られたもう少し具体的な背景を知ることができれば、世の中に広めることだってできる。存在の是非だって社会に問うことができる。多くの人が望めば罪にだってならなくなる」


少しでも協力者が欲しい、ということだ。すぐには答えられない。ここまで来るのに莫大な費用がかかっている。川島夫婦に迷惑をかけることにならないか。葛藤が起きる。


「どうして学校行事で、8居住地区の自由行動なんかがあるのかな」


裸体になって駆け回っていた男子生徒を思い出す。あんなことを公の前でして、恥ずかしくないのだろうか。


「観光の一環に過ぎない……勉強ではなく遊びなんだよ。遊びで、そして教育なんだ」


悠斗は昨日のことを思い出したのか眉間にしわを寄せ、目を閉じる。咲夜は集中し、制度の向こうにある「なにか」を考える。だがそこは霧に包まれていてよく見えない。


「この制度、なにか他に目的があるのかな。うまく言えないけど、学校制度って意図的に残しているんじゃない。まるで8がいるから学校制度があるような・・・うまく言えないけど」

「そうか。8の存在があってこその学校制度っていうことか?」


悠斗が呟く。


「恐らく・・・・・・でも、8の制度ができた背景はなんだろう」


咲夜も続いて呟く。


「500年以上前の話で、8にかかわる文献がないとすると、もうそこで話が詰んでしまうな」


健吾が言い、3人で溜息をついた。


「回答は少し待って。君たちに協力するっていう回答」


2人は黙って頷く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る