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放課後になり案内された場所は、空き地と空き地の間にあるわりと立派な平屋の一戸建てだった。悠斗の祖母が所有しているそうだが、高齢になり実家で一緒に暮らしているので今は悠斗が借りていると言った。


悠斗の祖母は音楽を幅広く嗜んでいたらしく、家全体的に防音機能が施されている。

入口を入って透かしドアを開けるとすぐ10畳ほどのダイニング。


その奥に、2部屋ある。ひと部屋は紙の本がぎっしり並び、もうひと部屋はがらんとしている。以前はピアノが置いてあったようで、床にくっきりとあとが残っている。


ダイニングの茶色い四人がけのテーブルの上にはデジタルネットの装置が置かれていた。


「ここで暮らしているのか」


咲夜は部屋を眺め、訊ねる。


「寝泊まりは基本実家だよ。でも好きに使っている。邪魔も入らない」

邪魔が入らないということは、知りたいことが聞ける環境であるということだ。

窓は閉め切ってあり、少しかび臭い。座るよう促されたので、言われたとおり腰を下ろす。悠斗は冷蔵庫から冷えたお茶を取り出し、グラスに注ぐ。


「8のこと、ずっと気になっているんだろ」


健吾が言った。


「うん。そのために呼んでくれたんだね」


「そうだよ。公共の場では話せないから・・・・・・」


悠斗は溜息をつく。冷えた麦茶を目の前に置き、健吾の隣に座る。


「転校してきた翌日から咲夜の様子がおかしいことに気づいた。ベースからの旅の疲れではなく、明らかにこの日本でなにか悲惨なことを目にしたような感じだった。それで、昨日の観光旅行でもうエイトの状況は把握できていると思うけれど、同時に俺たちは確信を持った。咲夜は暴力を楽しむような奴じゃないと。転校してきてからなにを見た」


2人は信頼して大丈夫だ。そう信じ、咲夜は南本が刺されて死んでいたことから、回収車がやってきて去っていくまでの流れを話した。 


南本が8だったから、死因など誰も気に留めなかったのだろうと今なら理解はできる、と自分の意見も添える。悠斗も健吾も真面目に耳を傾けていた。


「南本が亡くなってしまったことはもう、しかたがないな」


悠斗が言い切る。


「これは、しかたがないで片付けられる問題なのか」


「もう戻ってこないからな……8だと思って下校途中に、誰かが好きに殺しちゃったんだよ。そして法律上、誰も咎められない」


悠斗はちょっとだけ眉をひそめ、悔しそうな表情をした。


「いや、誰も咎められないっておかしいでしょ」


「8が殺される日常がある。これが今の日本では普通なんだ」


「ならやっぱり、南本に話しかけた時、君たちは意図的に遮ったの」


訊ねると、健吾も悠斗も頷く。


「あのまま俺たちと同じような感覚で話をしていれば、咲夜がクラスで孤立してしまう、あるいは法で裁かれる可能性もあったから」


「なんで? 8と話をしていたから」


悠斗は首を縦に振る。


「でも田中先生は南本に普通に接していたよ」


「田中先生は教師の中でも8に優しいほうなんだ。だからあの時、南本の発言も認められた。だけど普通の教師はそうはいかない。徹底無視か、攻撃するかだ」


「なんで8と仲良くしてそれがよくないことになっているの。人間と認められていないからなにをしてもいいと言われたって納得できない。同じものが見えて同じものを聞いているんだ。挙句殺人までしていいわけがない。理想郷とまで謳われている国でこんなことがあるなんて信じられない」


「8がいるから理想郷なんだぜ」


健吾の声にはっとした。そうだ。


ストレスは全部、8に晴らせばいい。みんなそう考えている。戦慄が走る。


「湯治さんが、会社にも8がいるって……」


「会社での8も悲惨だって。仕事を与えられず、給料も貰えず、人間関係や仕事の鬱憤の憂さ晴らしが日常的に行われているらしいから。責任問題は8のなすりつけ、処刑によって容認されたりすることもあるし。そういう社会になって、もう何百年も経過しているんだ。あり得ないだろ? でもこれが事実。ちょっと待っていろ」


悠斗は分厚い本を本棚のある部屋から持ってきた。どうやら法律書のようだ。


「8に関して残されている文献は今この中だけ。8を題材にしたフィクションもノンフィクションもかつてはあったらしいけれど、俺たちが生まれる前に全部焚書となったらしい」


「なんで焚書になるの」


悠斗は首をひねる。健吾もわからない、と言った。


「……詳細はほんと、不明なんだ」


悠斗は法律書を開き、8について書いてある個所でページを止めて、咲夜に見せる。

咲夜は理解できるかと不安になりつつも、ゆっくりと読むことにした。

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