1-10
3人で子供のようにはしゃぎ土産を見ていると、あっという間に集合時間になってしまった。
瀬賀夫婦のためにお菓子を買うことにして、バスに乗る。発車すると、昼食の時間になった。
バスの中で食べることになっている。弁当箱を開けると、ブロッコリーが入っていた。
急に吐き気を催す。南本の死体を見つけた日に手に入れたからだ。
「なんだ。酔ったか」
悠斗が言った。咲夜は弁当箱をちょっとだけ持ち上げた。
「いや。ごく最近苦手になって」
「贅沢だよもったいない。いらないなら俺にちょうだい」
「じゃ、はい」
ブロッコリーを箸で渡す。悠斗の弁当の中身はもやしに人参、卵焼き、白米だ。
ガイドが説明を始める。
「皆さん3時間という短い間でしたが、楽しめたでしょうか。次はまた日霧市に戻ります。日霧市は旧時代からあった複数の市が合併してできた比較的新しい、しかも革新的な街です。新宿に程近く、宇宙開発にも多大な貢献をしてきました。主に宇宙船、天体観測やプラネタリウムなどの部品製造、有名ホテルなどの娯楽設備品など、より品質の高いものが日霧市より生み出され今ではブランドのひとつとなっています」
ガイドの話は続く。テーマパークと異なり、真面目な勉強の時間。みんな退屈そうにしている。咲夜はふと疑問に思って悠斗に訊ねる。
「なあ、マーケットでも見たけどああいうガイドも人工知能なの」
「人の形のアンドロイドが進化したのがあれ」
「へえ。そりゃすごい」
透明ではない人の形をしたアンドロイドは、イッサでも見かけたことがある。
川島夫婦に引き取られたあとだ。地球から来た日本人ではない観光客と一緒にいて、外見は人間とほぼ変わらないから最初は人間だと思っていた。
だが、観光客はその人に絶えず怒り、命令ばかりしていたので、隙を突いて気になって問いかけてみた。すると怒られてばかりいられるのは悲しいけれど自分はアンドロイドだからこれでよい、といったことを答えたのでびっくりした。
その観光客にとって、アンドロイドはペット以下だったのだ。
「いつからあるの。透き通っているのはここに来て初めて見た」
「俺が生まれた時にホログラムはもうあった。ああいうのを作ったのは日本が発端らしいよ。今は様々な用途に合わせてレンタルもできる。恋愛ごっことか、料理のできない人ためのレシピガイドとか、目の不自由な人のためのガイドとか」
「借りたことある?」
「ないなあ」
悠斗は深く椅子にもたれた。200年ほど前に人工知能搭載のアンドロイドが暴走し、街をいくつか滅ぼしたため、ホログラムという個体に変えたという歴史があるようだった。直接的な物理的介入を防ぐために設計し直したらしい。
「そこ、話していないでちゃんと聞きなさい」
鹿江が振り返り前方から注意をする。咲夜は黙った。
工場に到着し、職人が宇宙船のパーツを作っているところを見学する。工場も一種の観光地と化しており、ちゃんと集団が来ることを前提で建てられているようだ。
部品製造なので印象としては地味だったが、知識を身につけるために工場長や担任の話などを聞いておくことにする。見学が終わると、次は近くにある寺院の散策となった。
寺院はチャムにもあるが、大きく、煌びやかで色もはっきりしている。日本独自の建造物は質素で、チャムとは異なる趣と繊細さがあった。周辺の新緑は艶があって美しい。寺院は日霧市ができたと同時に建設されたそうだ。
「お、なんかいい感じの木の枝発見」
視界の隅で誰かが屈みこむ。前川たちだ。周囲に落ちている枝や大きな石をかき集めている。
「なにをしているの」
咲夜は近づき訊ねる。
「見てわかんね?」
「価値でもあるの。記念に持って帰るわけじゃないだろうし……」
「あいつらにかかわるのはやめておけ」
悠斗が隣に来て言った。
なんで、と訊ねたかったが、咲夜もあまり近づきたくないタイプだ。
新緑が風に揺れて、地面には黒く斑な影も動いている。
集合してバスが走行を始める。
次が8居住地区の自由行動。一体なにをするのだろう。ガイドが消えている。
16時を過ぎ日は若干傾きかけているがこの時期は日照時間が長く、まだ断然明るい。ただ、太陽が西の方へと傾くと、様々なものが紅や黄色の透明な光線に包まれる。空の色もだんだん変化していく。
その光の射し方や変化になぜか懐かしくなるのは、先祖が地球人だという証明だろうか。同時に、寂しさにも駆られる。
バスはやがて、人の気配も建物もない場所で止まる。
「はい、ここで降ります。案内はガイドに代わって私が。ついてきてください」
学校からもそんなに遠くない場所に思える。
他のクラスのバスはもう到着している。周囲の景色は殺風景だ。なにもない。担任について緩い坂道を登る。前方に巨大な金網が見えた。網はところどころ破れている。
金網を潜り、金属を繋ぎ合わせた建物の中へ入る。鉄で造られた螺旋階段があり、地下へ入るようだ。すえた臭いがしている。ゆっくりと階段を下り途中であれ、と思う。地下空間は想像以上に広い。
しおりに「居住地区」と書かれていたのだから、誰かが住んでいてもおかしくない。
もしかしたら、人間国宝の働く姿でも見学するのだろうか。
鍛冶職人など伝統を伝える人々は少ないと聞いている。そしてそれが8……。
正しくないことは勘づいているが、なんとかいい方向に解釈し思い込もうとする。
地下空間は鉄やら金属やらで造られた簡素な建物がひしめくように並んでおり、裸の電球がいくつも吊るされている。洗濯物まで見える。
ひとつの街なのだろうか。地下に全員が到着する。そこに住んでいると思える人々は、怯えたように咲夜達を見て、急ぎ簡素な家の中へと入っていく。
「皆さん集まりましたか」
鹿江が言った。他のクラスの子たちも、別の場所に集められている。全員が集まっていることを確認すると、鹿江は一呼吸置き、狂気じみた目で笑いゆっくりと言葉を放った。
「さあ、楽しみにしていた人もいるでしょう。なにをしても構いません。好きにしてください」
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