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誰にも言えずもやついた気分のまま、都市観光の日になった。
生徒は学校に集まり、迎えに来たバスに乗る。走りだすと同時に、マーケットと同じ
ピンク色をしたホログラム仕様の女性ガイドが先頭に立ってにこやかに挨拶をした。
「これから向かうテーマパーク『ワールド・ワイド』には300年の歴史があります。古くは奥多摩と言われた自然の豊かな地域でしたが、ダイナミックな建設がなされ、子供も大人も楽しめるテーマパークとして生まれ変わりました。ミスター・キングというキャラクターがいて、大変な人気となっています。今日はぜひ非日常空間をお楽しみ下さい」
東京の郊外までバスは走る。山に囲まれた、恐ろしく広い敷地が見えてくる。
「ワールド・ワイドの地図、検索した。3時間しかいられないから効率よくまわるのがポイント。なに乗りたい。土産買う時間も欲しいな」
隣に座っていた悠斗が腕時計型のデジタルネットを起動させ地図を見せてくる。
「こういうところは初めてなんだ。おすすめがあればついていくよ」
健吾が後ろの席から顔を出し、あれに乗りたいこれに乗りたいとはしゃいでいる。
「なんかますます疲れてない? 大丈夫か。もうすぐ着くのに」
悠斗が心配そうに顔を見る。
「まだ色々慣れていなくて」
「宇宙空間に長いこといたせいで、栄養が足りてないんじゃねえの」
健吾が茶化す。
「まあなあ……太陽の光は強く感じられて」
なんとなく上の空で窓の外に目をやった。
あれから翌日、学校へ行くと、南本のいた席に見知らぬ女の子が座っていた。
その子の顔と腕にもまた、8という数字が刻まれている。南本と同じように肩までの黒髪をたらし、置物の如くじっとしていたのだ。
教師からは課題をしていなかったことを怒られてしまったが、得意の笑顔と愛嬌で誤魔化した。誰もが南本が死んだことなど知らないか、気にもとめていない様子だ。
名前を知らないその子は今日、この観光旅行に来ていない。
「着きましたよ。みなさん、今日は貸切りです。3時間自由に遊んでください。13時になったら集合ですよ。いいですか時間厳守ですよ」
この担任も、初めて会ったときからなにか冷たい印象を受けている。どこかに残酷さを秘めているような・・・・・・。それは、スラム街でよく人を見ていたから感じられる咲夜独特の嗅覚だった。鹿江も南本には一切触れない。バスは駐車場に4台止まっていた。他のクラスも同じ行動をするのだ。
「目の前見ろ」
健吾が背中を叩く。我に返ると、眼前には人工で作られた山や谷や川があり、不自然にうねったレールのついた建造物がある。
「なんだあれ」
「全部アトラクションだよ」
健吾が「お先」と走り出す。悠斗も駆け出したのであとを追う。今は楽しもう。
チケット売り場を素通りし、入場すると巨大な王冠を被ったオオカミの着ぐるみが不遜な態度で待ち構えていた。
「ようこそ我がパークへ。みなみなども、存分に楽しむといい」
着ぐるみはそう言い、ひとりひとりに握手をしている。多分これがミスター・キングなのだろう。不遜な物言いのわりには態度が可愛い。貸し切りのせいでがらんとしたパーク内には陽気な音楽が流れている。
「あれ乗ろう、あれ」
健吾が指差す。最初に目についた、パーク内で一番高いレールのついた建造物だ。
早速乗ってみると、宇宙船とも異なる特別な浮遊感を覚えて我を忘れた。この短期間に起きた嫌なこと、心に刺さったことを全部吹き飛ばしてくれるほど癖になる面白さがあって、片っ端から似たようなアトラクションに乗れるだけ乗ることにした。
健吾は高いテンションで興奮している。あまりの楽しそうな絶叫に可笑しくなり、咲夜も真似ることにした。
「気持ちがいい! 地球サイコー!」
風を感じるたびにそう叫ぶ。他のアトラクションからも心地の良い悲鳴が聞こえてくる。
「元気でてきたな」
悠斗が言った。
「元気、元気」
3人で子供のようにはしゃぎ土産を見ていると、あっという間に集合時間になってしまった。
瀬賀夫婦のためにお菓子を買うことにして、バスに乗る。発車すると、昼食の時間になった。
バスの中で食べることになっている。弁当箱を開けると、ブロッコリーが入っていた。
急に吐き気を催す。南本の死体を見つけた日に手に入れたからだ。
「なんだ。酔ったか」
悠斗が言った。咲夜は弁当箱をちょっとだけ持ち上げた。
「いや。ごく最近苦手になって」
「贅沢だよもったいない。いらないなら俺にちょうだい」
「じゃ、はい」
ブロッコリーを箸で渡す。悠斗の弁当の中身はもやしに人参、卵焼き、白米だ。
ガイドが説明を始める。
「皆さん3時間という短い間でしたが、楽しめたでしょうか。次はまた日霧市に戻ります。日霧市は旧時代からあった複数の市が合併してできた比較的新しい、しかも革新的な街です。新宿に程近く、宇宙開発にも多大な貢献をしてきました。主に宇宙船、天体観測やプラネタリウムなどの部品製造、有名ホテルなどの娯楽設備品など、より品質の高いものが日霧市より生み出され今ではブランドのひとつとなっています」
ガイドの話は続く。テーマパークと異なり、真面目な勉強の時間。みんな退屈そうにしている。咲夜はふと疑問に思って悠斗に訊ねる。
「なあ、マーケットでも見たけどああいうガイドも人工知能なの」
「人の形のアンドロイドが進化したのがあれ」
「へえ。そりゃすごい」
透明ではない人の形をしたアンドロイドは、イッサでも見かけたことがある。川島夫婦に引き取られたあとだ。地球から来た日本人ではない観光客と一緒にいて、外見は人間とほぼ変わらないから最初は人間だと思っていた。
だが、観光客はその人に絶えず怒り、命令ばかりしていたので、隙を突いて気になって問いかけてみた。すると怒られてばかりいられるのは悲しいけれど自分はアンドロイドだからこれでよい、といったことを答えたのでびっくりした。その観光客にとって、アンドロイドはペット以下だったのだ。
「いつからあるの。透き通っているのはここに来て初めて見た」
「俺が生まれた時にホログラムはもうあった。ああいうのを作ったのは日本が発端らしいよ。今は様々な用途に合わせてレンタルもできる。恋愛ごっことか、料理のできない人のためのレシピガイドとか、目の不自由な人のためのガイドとか」
「借りたことある?」
「ないなあ」
悠斗は深く椅子にもたれた。200年ほど前に人工知能搭載のアンドロイドが暴走し、街をいくつか滅ぼしたため、ホログラムという個体に変えたという歴史があるようだった。直接的な物理的介入を防ぐために設計し直したらしい。
「そこ、話していないでちゃんと聞きなさい」
鹿江が振り返り前方から注意をする。咲夜は黙った。
工場に到着し、職人が宇宙船のパーツを作っているところを見学する。工場も一種の観光地と化しており、ちゃんと集団が来ることを前提で建てられているようだ。
部品製造なので印象としては地味だったが、知識を身につけるために工場長や担任の話などを聞いておくことにする。見学が終わると、次は近くにある寺院の散策となった。寺院はチャムにもあるが、大きく、煌びやかで色もはっきりしている。日本独自の建造物は質素で、チャムとは異なる趣と繊細さがあった。周辺の新緑は艶があって美しい。寺院は日霧市ができたと同時に建設されたそうだ。
「お、なんかいい感じの木の枝発見」
視界の隅で誰かが屈みこむ。前川たちだ。周囲に落ちている枝や大きな石をかき集めている。
「なにをしているの」
咲夜は近づき訊ねる。
「見てわかんね?」
「価値でもあるの。記念に持って帰るわけじゃないだろうし……」
「あいつらにかかわるのはやめておけ」
悠斗が隣に来て言った。なんで、と訊ねたかったが、咲夜もあまり近づきたくないタイプだ。
新緑が風に揺れて、地面には黒く斑な影も動いている。
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