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眠っていたようだ。


いつの間にか、窓の外に建物が多くなっていた。道路の脇に、丸い屋根がちらほらと見られる。商業施設らしい。事前に読んだガイドブックに書かれていた。


「目が覚めたか。疲れているかい」


地球に来るまで45日かかったのだ。精神の消耗は思っていた以上に激しい。


「大丈夫です」


車は車道から脇道にそれ、細く複雑な道をいくつか抜けて住宅街へと入る。鉄筋コンクリートの四角い家々が並んでいた。


「さ、ここよ」


一軒の家の近くで車は止まる。弘子が先に降りた。続いて咲夜が外に出る。周囲には外観の白い家々が並んでおり、夫婦の家もまた白亜の建物だった。家の敷地内の駐車場に車が止められ、湯治も降りる。


瀬賀夫妻の住所は東京の、日霧市柚須町(ひぎりしゆうすちょう)というところだった。長い歴史の中で、市と区と町の名前は変化をしている。


日本では西暦2633年の5月。ベースでは日本の暦でいうところの2月に日本行きが決まったため、4月の入学には間に合わず、5月に転校という形になってしまった。


弘子はカードキーで玄関のロックを開く。ドアは自動で横滑りに開いた。入って、と言われたのでワクワクしながら足を踏み入れる。


玄関を上がった左側にリビング、右側が夫妻の寝室。リビングと寝室を挟んだ真ん中に階段があり、荷物を持って登ると、ドアが等間隔に3つ並んでいた。左が湯治の書斎、中央が弘子の部屋、そして、右が咲夜の部屋となる。右の部屋はもともと夫婦の息子が使っていたが、とっくに成人し、独立しているという。 


湯治が先回りして部屋のドアを開ける。勉強机にベッドが1台、そして机の上に銀色の細長いものが置かれていた。事前に送った荷物も届いている。荷物は別便の人を乗せない宇宙船を使ったために届くのが速いのだ。


「どうだい、気に入ってくれたかね」

「はい。贅沢すぎるほどです。机の上にある定規みたいなのはなんですか」


細長い器具を指さし言った。


「定規じゃないよ。デジタルネット。一般的なネットワーク機器だ。知りたいニュースや映像も全部これで見られる。国営放送、民営放送なんかも。電話もこれでできるんだ。便利だろう。携帯型もあるよ」


言って、湯治は左腕にはめていた金属製のブレスレットを見せる。


どう見てもアクセサリーにしか見えない金具を湯治がちょっと動かすと、空間に画面が迫力を持って映し出された。


「おお、すごいですね」


咲夜は拍手をした。携帯型デジタルネットは、アクセサリーや腕時計、鏡など持ち運びが便利で使い勝手のよいものと融合された形で商品化されているという。


湯治は画面を消す。


「とりあえず、この据え置き型のやつの説明をしよう。ベース間とのやりとりも可能なようにセットしてあるよ。まず平らな位置に固定して……とりあえず床に置くか」


装置を床に置き、スイッチを押した。事前情報によれば、湯治は通信関連の技術系エンジニアとして働いているということだ。


空中に携帯型よりも何倍も臨場感のある大画面が映し出される。


再び叫んだ。まるで、映画のスクリーンでも見ているようだ。目の前に半透明のタッチパネルが現れ指で操作をする。少し動かしエキサイトする。ベースからコンピューターは持って来ているが、地球の比ではない。


「君は若いから、覚えるのも早いだろう。数日で使いこなせるようになるんじゃないかな」


こんなハイテクなものまで貸し出してくれるのだ。お辞儀、お辞儀。礼を言い、頭をさげる。


「君はベースでも裕福な家庭で育ったと聞いている。育ちの良さが滲み出ているね」


湯治は咲夜を見て、満足そうに言う。返す言葉に戸惑う。


「あまり自分ではわかりませんが……」


ママナからは、どんな環境下にあっても、背筋を伸ばし自尊心を持っていること。


そう教え込まれていた。出生を知られたらどうなるのだろう。


「品格があるというのかな。ま、私の勝手な印象だけれどね。ここを我が家だと思って暮らしてくれ。荷解きを終える頃には晩ご飯になるだろう。今日は一緒に食卓を囲もう」


元気に返事をすると、湯治は去っていった。 


部屋の窓を開ける。


日は燦々と照っており、眼前の家の庭には畑があった。土の臭いが風に乗って部屋の中に入ってくる。少し身を乗り出して見える範囲で家々を見渡すと、小規模に自家菜園をしている家が結構ある。


遠くには高い建物がたくさん並んでいるのが見えた。あそこが新宿だろうか。


荷解きをし、ベースから持ってきた組み立て式の勉強机の上に先程の装置を置いて少しためらう。川島夫婦に無事着いたということを連絡したい。使ってみたいという気持ちは強かった。 


しかし湯治は通信業界に身を置いている。使ってもいいのか。少しの気の緩みで、油断で、デジタルネットを使っているうちに出生がばれるかもしれない。


最初は肝心だ。ここは慎重になったほうがいい。


デジタルネットを使わず持ってきたベースのコンピューターで、川島夫妻に無事についたと通信を送ることにした。



夜は弘子の作った質素で温かな食事と共に、ベースの文化を話し、日本の文化を聞いた。


各家庭に畑が多くみられるのは、人工的なものが溢れていた文明のピーク時に自律神経が狂って心身に不調を起こしてしまう人間があまりにも増加したため、自然を身近に取り入れることを政府が積極的に推奨したそうだ。長い年月をかけて、全国の都市部に庭で畑を耕せる土地に整備したという。ただし義務ではないので、瀬賀夫婦は別段なにもしていないという。


弘子がそうだ、というように手を合わせた。


「明日のことを話さないと。まず都知事に会ってから、学校の手続きをして明後日から入学という流れになるわ」


ベースからの留学生は、一応ホストファミリーの住んでいる都道府県の一番偉い長に挨拶をしなければならない。これは惑星ベースと地球の友好的な交流をはかる手段の一つでもある。


「緊張しています。都知事に会うことも、学校へ行くことも」

「ベースには学校はないのだったかしら」

「はい。家庭教師がつくのが一般的です」

「あら、じゃあお友達は」


友達か。スラム街で一緒に過ごした仲間は友達でもあったけれど、みんな遠方に引き取られていったので、会うことはほとんどなくなっていた。


「残念ながら・・・・・・」

「学校で友達、できるといいわね」

「はい」


本当にできるといい。どんな友達ができるだろう。

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